僕の初恋の話
親友の息子視点のお話です。
僕の初恋の人は父の親友。二十歳以上離れた年上の人。
僕が生まれた時からよく家にご飯を食べに来ていて、よく一緒に遊んでくれて、優しくて、面倒見が良くて、小学校低学年くらいまでは親戚のおじさんだと勘違いしていた。
それを知ったのは、お父さんとお母さんが自分たちの結婚式の時のビデオを見せてくれた時、友人代表としてその人がお父さんのいい所を話していたから。
その人の語るお父さんとの思い出はあたたかくて穏やかでやさしくて、真剣に聞いていた僕をほんの少しさみしい気持ちにさせる。
スピーチの内容に心うたれたからか、途中からビデオの映像は主役そっちのけでその人をアップにしてうつし、表情がよみとれた。原稿をみる真剣な眼差しは時折懐かしそうに薄められ、ゆっくりと瞬ぐ。
薄氷を踏むように丁寧に言葉を紡いでいると彼の立ち振る舞いが感じさせた。その人を見て、胸がどきどきした。いつも家に来るあの人とは別人のその人のことが気になるようになった。
けれどそのビデオを見て数日後に来たあの人は、やっぱりビデオの中の人とは別人で、僕はその日から時々、夏休みに育てる朝顔みたいにあの人を観察するようになった。
それから数日、数ヶ月そして数年。あの人がスピーチのときの人と重なる瞬間を見つけ、その二人の境目はなくなり、ビデオの中の人があの人だったのだと認識する。
あのときの胸のどきどきが、その瞬間から決められていたみたいにそのまま父の親友のあの人に向く。長い間自覚のなかった初恋だった。
気づいてすぐに気持ちを伝えた。若くて幼い僕は自覚した恋の熱で身体中いっぱいで、歳の差や父との関係性などのことは考えることすらできない子供だった。
僕は、言う前に気づくべきだった。
ビデオの中の彼とその人が重なるのは、父と話をしている時と、僕が褒められて喜んだ後だったことを。ビデオの中の彼がどんな気持ちで話をしていたのかを。
僕の告白に彼は驚き固まり、やにわに顔を綻ばせてから涙を零した。零しながら、気の迷いだ、やめてくれ、二度と言わないでくれと懇願するように膝をついた。薄氷が割れる音がする。
そこでやっと、自分の犯したあやまちに気づいた。
僕は彼の、父を愛する表情を好きになって告白してしまったのだ。昔の父とそっくりのその顔で。
夏休みに育てた朝顔のことを思い出す。ろくに水もやらない僕の代わりに彼が来る度に世話をしていた、ところどころ枯れていて蕾の開かなかった朝顔。
僕は彼のように世話ができるようにならなければと思う。今度はちゃんと花が咲くように。
読んでいただきありがとうございます。
この話は「終わらない片思いの話」を書いている辺りから書き始めていたのですが、視点が増えてさらにややこしくなりそうなのでとりあえず未完成のままにしていました。
しかし、一応彼らの生涯は書き終えて区切りが良いので投稿しました。
自分の初恋はどうだっただろう等と思い返していただけたらと思います。
お時間いただきありがとうございました。