裏エピローグ ゼロセブンとゼロナインとゼロ
駆け出すコウとミノリ。疲れ切った体を叱咤しながら、他の面々がその背中を追いかける。
若い肉体を持つ約一名の親父少年と少女たちは、ほんの少し前まで死闘を繰り広げていたことも忘れて、無邪気で元気に駆け回っている。
そんな姿を見送りながら、レンレンとソラの二人だけが荷物の傍で佇んでいた。
「ナナ……いいえレンレン。いいのですか、コウや他の人たちに事実を話さなくて」
遠慮がちに話しかけるかつてのゼロナインであったキュー、そして今はソラに、レンレンは感情を感じさせない顔つきのままで緩く首を横に振った。
「知らないほうが幸せなこともある。それでも今必要なことは教えた。コウなら大丈夫、彼の体を構成するゼロは、きちんとコウを守ってくれている。彼の存在そのものがこの世界のユニーク、唯一の奇跡だから」
「だけど貴方は嘘を言いましたね。ゼロツーや他のゼロシリーズからコウを守るためとはいえ、コウはそれで安心してしまわないでしょうか。本当はこの世界に召喚できたのは貴方と彼の二人だけ。戦いは依然私たちのほうが不利です」
「あの子はそんなことで投げ出すほどやわじゃないから。例え残るゼロシリーズが全員でかかってきても、コウとゼロは、ただ一人でその全員を倒すことができると、私は信じている。そのためならどんな協力も惜しまない。私があの子の盾になる。コウの回りには頼りになる仲間もいる。きっと大丈夫」
「ゼロツーはどうなるでしょうか」
「それはわからない。だけどコウはきっと、ゼロツーとも、この時代のコンピュータとも友だちになれると思う」
「え?」
意外そうな顔をするソラに、レンレン、かつてゼロセブンと呼ばれ処刑された肉体に憑依した彼女は、ゼロセブンとも普段のレンレンとも違う表情を見せて笑いかけた。
「ナナの欠けた半身とはコウのことだから。機械から生み出された半端な命である私たちを、コウだけは認めてくれた。コウだけは世界と人間とコンピュータの境界線を冷静に見極めて、その上でゼロツーの心を認めて憐憫の情を示してくれた。私たちは人間を超越しているけれど、それでも完璧な存在じゃない。だから私たちがヒトの社会に溶け込めば、どんなに力を持っていても集団の中の一個のヒト以上の存在にはなり得なくなる。だけどそれでいい。私は一人のヒトとして生きたい、彼のそばでずっと。それが、美鈴が私に教えてくれたことだから」
自分の胸元に触れながら、そこにある心を押し抱くようにレンレンは目を閉じた。
マザーに処分された後、キューによって未来に召喚された鈴木美鈴の心を受け入れたナナは、その時からレンレンとなった。
同じようにゼロは、処刑後に過去からやってきたコウの心を受け入れて、一つの人間となったらしい。
だがコウは今、自分の中に眠るゼロとしての人格を自覚してはいない。
ゼロツーの棒術をしのいだことも、マザーへの嫌悪感も、全てはコウの中に取り込まれたゼロの心が呼び起こしたことなのだ。
「それで美鈴はいいのですか」
それでもソラは、レンレンの心の中で眠る鈴木美鈴に問いかける。
寂しげな笑みを浮かべたレンレンは、いつになく多感だった。
「鈍すぎて今の私を見てもきっと美鈴を思い出しはしないから、あの子は。それに私はもう帰る場所がないけれど、あの子にはまだ帰れる場所がある。だから私は、最後の時までレンレンでいい」
だからこそ美鈴は、元の名前ではなく新たなレンレンという名前でコウの前に姿を現した。
それは彼女の決意の表れだった。
サツたちに連行されて連れ戻されるコウとミノリの姿に、ソラの瞳が丸くなる。
それはとてもこの世界のヒーローにはそぐわない待遇だったが、彼はそれをさほど不快には感じていない。
それがソラには不可解だったようだ。
だがいずれ彼女も、この感情を理解する日が来るかも知れないと、レンレンは思う。
その横顔から目を転じてレンレンが見上げた常夏の空は、どこまでも青く白く澄み渡っていた。