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エピローグ お家に帰ろう

 ゴゴゴゴと響く地響きを耳で聞き、地面に接触する足元から感じながら、俺たちはさらに道を戻って、安全な場所まで待避した。


へろへろになりながら、それでもタマコは二往復する形でバイクを走らせた。

タフな奴だ。やはりこういう時だけは頼りになるな。夜の生活も激しそうで怖いが。

俺もなんとか自転車を漕いだが、今回はミノリが遠慮したので、後ろにはキューを乗せることにした。

二人で坂道をひいこら言いながら上っていく。

疲れ切っていた俺は、もうあまり喋る気にもなれず黙っていたが、その沈黙を破ったのはキューだった。

「ごめんなさいコウ。こんなことに巻き込んでしまって」

「またその話か。もういいよ。やっちまったことは取り返せない、それよりどう挽回するか考えろって、昔先輩にも散々言われたぜ」


俺は自分の言葉で、美鈴さんのことをまた思い出していた。

綺麗な人だったな。性格は決してよくもなかったけど、俺が前世で唯一思い出すいい人は、彼女だけだ。

彼女もこの世界に来られたらよかったのにな。

そうしたらマザーをぶっ壊す戦士として、俺よりずっと頼りになっただろうに。

キューにそれを頼めれば一番よかったが、もう彼女にその力はないだろうから、言っても困らせるだけだな。


そう、俺は思い切って尋ねてみればよかったのだ。

そうすれば今もすぐそばで、美鈴さんが俺を支えてくれていたことに気づけたのに。


「だけど、私は本当はこの世界に関係ないコウやレンレンを巻き込んでしまった……」

俺は懺悔を繰り返すキューの声に、自転車を漕ぐ足を地面に突くと、自転車から降りてスタンドを立てた。


 山の上は適度に涼しくて、いい風が吹いてくる。

基地が破壊されたせいで、若干不穏な地響きもしているが、まあここまで影響はないだろう。多分。

キューは俺が突然自転車から降りたことで戸惑いながら、サドルにしっかり捕まった。

そして俺をじっと見つめる。

「俺はこっちにいるほうがいいから、どうせ帰れると言われても帰んなかったと思うぜ。いやーもう最高だぜこの体。よく動くし元気だし、どこも痛くない。髪もあるし言うことねーよ」

俺はキューの前で、いかにも楽しそうに振る舞った。

いや本当はへろへろなんで、あんまり元気ではないが。

あれだけの戦いのすぐあとでなければ、もうすこし快活に振る舞えたかも知れない。

しかしどちらにしてもキューは、悲しげな顔をしていた。

「そうだ、キューって名字ないんだよな?」

「私たちは普通の人間とは違うから……」

「なら新しい名字と名前をつけようか。これからはキューもただの人として生きていくんだから」

「ええ……?」

俺はまた自転車にまたがると、全力でそれを漕ぎ始めた。

後ろからしがみついてくるキューの体は、小さくて細い。

だがそれは機械じゃない。普通の女の子の温もりを持っていた。


「サッちゃん、白衣にペン挿してたよな。まだあるか?」

山頂でみんなと合流した時、俺の第一声はそれだった。

「ああ、あるのだ。なんに使うのだ?」

俺は自転車の荷台に積んでいた飲料水のラベルの空白部分に、サッちゃんから借りたペンで、大してうまくもない文字で「孝行空」と書き記した。

「これは……?」

全員がその文字を覗き込む。

「これが今日からキューの名前だ。俺の妹ってことで、一つよろしく」

「さすがコウくんだな。いい名前じゃないか。キューにしっかりかかっていて、しかも別の意味が生まれている」

「この漢字はどういう意味なんです?」

ミノリが代表して質問するので、俺は真上の青空を指差した。

ミノリやタマコたちの視線が、一斉に天を向く。俺はサッちゃんと顔を合わせて、一緒に笑みを浮かべていた。

「では私はキューのことをソラと呼ぶのだ。本来なら元の名前になぞらえてクウと読むところかも知れないが、こちらのほうが女の子っぽくて可愛いだろう」

「ソラちゃんか。よかったね」

「ま、よろしく頼むぜ」

サッちゃんやミノリや良太の優しい言葉に、しかしキューはまだ戸惑っていた。

「あの、でも私はあのマザーが作った……」

「子供に親の責任求めっかよ。あほらしい」

タマコがピシャリと言うと、レンレンもぐっと無表情のままで親指を突き出した。

他のメンツも思いは同じようだ。俺もそう思う。

そして彼女たちがみんな同じ思いを抱いて、キューに接してくれたことを嬉しく思う。


思えば彼女たちは、俺以上に選ばれた戦士だったのかも知れない。

ウィノチップがなくなってもたくましく自分の意志で生きていける、かけがえのない仲間だ。

今回のことも、俺一人だけじゃこんなにうまくいかなかったと思う。

彼女たちがいてくれたからこそ今がある。

俺は初めて友だちと呼べる存在に出会えた気がして、それが嬉しくてしょうがない。

まあ、女の子とは友だちの垣根を越えてもっと深い関係になりたいのが本音だけど、それはまたおいおいということで、今は変な欲望は引っ込めることにしておこう、うん。

下手に一人に手を出すと他の面々に袋叩きになるのが怖いからじゃないぞ、決して。


キュー、いやソラは、こうして俺たちの仲間になった。



 やれやれ、ひとまず全て丸く収まったな。

「さあ、とっとと帰るか、俺たちの家に」

「俺の家だろ、お前は居候」

「ガレージしか残ってないだろうが」

俺と良太がやり合うのを見て、ソラもみんなも笑っていた。



「そういや、無事に帰れたら言いたいことがあるって言ってたよな良太。あれはなんだったんだ? 言っちまえよ」

俺が切り出すと、良太は目に見えて動揺を示した。

「え、な、なんでもねえよ。もうそんなこと忘れた。大した話でもねえ。どうせお前はただの浮気者だし……サッちとかミノリのほうがいいんだろ、だから……」

最後のほうを聞き取れなかった俺は、ああ? と良太に聞き返した。

何故か俺の接近を嫌がる良太。

その良太に声をかけたのは、意外なことにレンレンだった。

「ん」

「ん? レンレン、なんだこれ」

「あ、それは……マザーの部屋で捨てたのに!」

良太が慌てたが、俺はそのレンレンが差し出すIDカードをしっかり見た。

そこには髪の長い女の子みたいな良太の写真がプリントされていた。

だが問題はそちらではない。

「飯召……良? 太はどこいったんだ」

「なに? 良太は良太ではなく良だったのか? あ!」

全員が一斉にそのカードを覗き込んだ。

慌ててそれをひったくる良太。


「お前、なんで良太なんて嘘ついたんだよ。登録名は良なんだろ?」

「くそ、基地に捨てて証拠隠滅してやろうと思ったのに……だから、それは、最初男がいると思って警戒して、つい男のフリを……」

ぶつぶつと聞こえないくらい小声で呟く良太に、俺は首を傾げた。

「ま、いいや。良太って呼んで欲しいならこれからも良太って呼んでやるよ。それでいいんだろ?」

俺の声に、がくっと全員が膝を折った。

「お、お前は……どこまで鈍いんだ!! このバカ!!!」

爆発する良太。意味もなく偽名なんて使っておいて、なにを怒っているんだこいつは。

何故かタマコはにやにや笑っていた。

「まあライバルが減るなら別にどうでもいいぜ。俺は最初からわかっていたけどな」

サッちゃんは良太の尻をぽんぽんと叩いていた。

「一緒に風呂に入れなんて言ってすまなかったのだ。だがコウくんがこれだけ鈍いと、良太も苦労するな」

はぁ、とため息を吐いているミノリ。

あれ、俺なんか変なこと言ったか?



「しかしこれで人数がまた増えたが、これからが大変になるぞ。冬を越す準備もしなければいけないし、食料や水の確保も大変だ」

サッちゃんが切り出すと、全員の顔が引き締まった。

「ウィノチップがないとかもう言ってられないからな。なあダーリン、まだ島内に無事な人がいるかも知れない。そんな人を探しにいかないか? もちろんタンデムでよ」

タマコが誘うような目線で俺を見る。

冗談じゃないな、ついていったら毎晩身の危険に晒されそうだぞ。

「それよりも生活環境を整えなくてはならんのだ。風呂、水道、ガス、インフラ整備のためにまず生活拠点を移したい。これだけ大所帯になったら個室も必要になるのだ。そのためにコウくんにはしっかり働いてもらいたい」

サッちゃんの提案はやっぱりそっちだな。

ていうかなにからなにまで、俺を労働力として使おうとしないで欲しいもんだが。

「できれば俺は移動手段確保するために車を復刻したいんだがな。昔ケイトゥーリアーって乗り物があったんだろ? リヤカーより積載量が多くて、凄まじいパワーらしいじゃん」

良太、それはもしかして軽トラのことか? 確かに車は欲しいがな。誰が運転するのか知らないが。

「まだマザーのコピーと危険なニューロヒューマンは世界中に散らばっている。それらを倒して、ネットワークとウィノチップを復活させ、隔離されている人類を救い出し彼らを導く必要もある」

レンレンは中々壮大なことを言い出す。ソラもそれにうんうんと頷いているが、さすがにそんな大仕事、いきなり俺にやれと言われてもちょっと困る。

これじゃどこから手をつけていいか、さっぱりわからんぞ。

「あーもう、私にはどうしたらいいのか、さっぱりわかりません」

一人で頭をパンクさせているミノリ。さすが考えなしのアホの子だ。

だが今の俺は、そのミノリの意見に一番賛成だな。


「ま、その辺はそのうちなんとかしようぜ。今日はとりあえず疲れた、飯食って風呂入って寝る」

ミノリはほっとした顔でそうですよね、と俺についてきたが、他のメンバーはやや不満そうだ。

「キミは少々リーダーとしての資質が足りないのだ」

いや、それリーダーじゃなくて下働きの資質だろ。

「ダーリン、私と昼も夜もタンデムしようぜ」

下ネタはやめろー。

俺は思わずミノリの手を取っていた。

「逃げるぞ、ミノリ! 猛ダッシュだ」

「え? はい!」


俺はミノリの手をしっかり握ると、夕日の方向に向かって逃げ出した。

しっかり働いたんだから、もうしばらくは平穏な日々のままでいさせてくれ。

ま、二人とも体力使い切っていたおかげで、そのあとすぐ捕まったけどな。



  終わり

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