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最終話 さらば我が相棒、愛すべき未来冒険譚

 一瞬前の神妙な表情も忘れて、何食わぬ顔でモニターに向き直るレンレンは、しかし元から難しい顔を崩さないでいた。

「駄目……削除コマンドも初期化コマンドもこのままでは受けつけない」

「formaccoコマンドで強制削除しちまえないのか?」

「ブート(起動した)ドライブのformaccoは許可されていない。ハードディスクがもう一台あれば別だけど」

俺はもう一度おばけモニタを見つめた。

「こいつを物理的にぶっ壊しても意味はないんだよな?」

「マザーの構造的に無線ネットワークではなく有線で繋がっている範囲に本体ハードディスクがあるとは思うけど、この基地のどこにそれがあるか、確証は得られない。基地全体を爆破でもしないと、人間が手を出せない場所にバックアップが残ってしまったら、余計手がつけられなくなってしまう」

「どうやってもここから決めるしかないってわけか。あ」

俺がすっとんきょうな声を上げたので、それを見ていたレンレンが肩を震わせた。

「代わってくれレンレン、俺がやる。良太、ミノリたちにあと三分でいいから耐えるように言ってくれ!」

俺は手にしていたニョイボウを良太に投げる。

それを受け取った良太が、黙って頷きながら廊下に出ていくのを見送ると、俺はポケットからタマコと戦った時に持ってきたフロッピーディスクを取り出して、マザーのドライブに挿入した。

「さて……どうかな。よし、うまいことブート(起動可能)ディスクとして初期化されているぞこのディスク。レンレン、こいつにドライブは三つしかないんだよな?」

レンレンはすぐに頷いた。彼女もちゃんと確認していたようだ。

「ハードディスクドライブは一つだけ。フロッピードライブが二機のみ」

「ならフロッピーから起動すれば、ハードディスクはcドライブってことになるな」

俺はのちのオスブイマシンとは違う、古いマサドスのドライブ配置ルールを思い出しながら、起動時に自動的に読み込んでコマンドを実行するファイルに、滅びのコマンドformacco C:と打ち込んでからセーブして、エディタを閉じた。

「ま、どっちにしてもcドライブだったな。別にルール関係ないか」

俺が呟くと、突然レンレンが俺の頭部を撫でる。

「なんだよ」

「いい子いい子、よく覚えていたわね」

「おいおい、なんだよ突然。子供じゃないんだから。それよりもこれでいけるはずだ。行くぞ、再起動だ」

「させるかぁ……!」

ゾンビのように蘇るゼロツーが、ゆらゆらと立ち上がり、俺に向かってくる。

椅子に腰かけていた俺は、振り返りながらレンレンを押し退けて逃がすと、腰を浮かせた体勢で、向かってくるゼロツーとプロレスの力比べのように両腕を組み合った。

「よせゼロツー。これ以上キューを悲しませるな。お前は自分をゼロだと思いこもうとしているが、そのゼロを殺したのもキューを閉じこめたのも、お前をそんな機械の体にしたのも、全部マザーがやったことなんだぞ!」

「黙れ過去人かこびとが! 貴様こそこのままマザーが滅んでもいいのか!? キューの能力はこの施設で眠っている間だけしか発動しない。マザーがそう設定したからだ。この基地が失われれば、お前は二度と自分の世界に戻ることはできない。この世界に取り残されて、惨めに地を這いつくばりながら死んでいくことになるんだぞ!!」


そうか。もう元の時間には戻れないのか。

俺の中には甘酸っぱい感傷が……生まれたりはしなかった。

もちろん、全然、全くもってひとかけらも!


「それがなんだ? 俺はあんな暗くて臭くて退屈な人生に戻りたいなんて、一つも思ったことないぞ」

「な!?」

ナチュラルに否定する俺に唖然とするゼロツーを、俺は一気に押し返した。

地面に盛大にしりもちをつくゼロツーを最後まで見ないまま、俺は振り返ってマザーのリセットボタンを思い切り押してやった。

ふ、これで終わったな。

「馬鹿な! 自分の場所に帰れないんだぞ!! 思い直せ、今ならディスケットを抜けば……」

「おいゼロツー。勘違いすんなよ。俺のかつての人生はな、ほんとに誰にも必要とされず、たった一人でずーっと部屋にこもってゲームやってるだけの生活だったんだ。それはキューがひとりぼっちで閉じこめられているより、お前が騙されてマザーの理想の道具にされているより、もっともっと酷くて辛いことなんだ。その苦しみがお前にわかるか? わかるわけないだろうな」

俺の言うことが全く信じられないという表情のゼロツーは、機械が剥き出しになった顔面を撫でながら、俺の言うことを考えているようだった。

俺はその顔に人差し指を突きつけてやる。

「あんな糞みたいな人生帰れなくて結構。それより俺はこの世界で、俺の才能を存分に活かして新しい人生を謳歌してやるぜ。ミノリの巨乳おっぱいも、サッちゃんの将来性たっぷりな熟れっこロリボディも、ついでにタマコのセクシーさも、レンレンのこれまた無表情の中の可愛さも、俺がたっぷり可愛がって華開かせてやるわ。もちろんこのあとキューも助け出して、俺はこの世界でたった一人のアダムになる。良太はしょうがないから下僕にしてやるぜ。うわーっはっはっは!」

俺は座っていた椅子に片足を上げると、行儀悪く居丈高に、地面に転がるゼロツーを見下ろしてやる。

その言葉の意味を全く理解できないゼロツーは、呆然と俺の顔を見ていたが、やがて背後のモニタに視線を移した。

「あ、ああ……マザーが、マザーが」

「処理、成功」

レンレンが無表情に呟くと、画面上にはハードディスク初期化コマンドの経過が、刻々と上がっていくパーセンテージの数字だけで表示される。

しょせんグラフィカルではないにゃん九八なので、伸びていくバーなんかは出てこない。

ハードディスクががりがりと激しく音を立てる様は、まるでマザーの断末魔のようだった。


「終わったな……これでこの世界も少しは平和になるだろ」

「そんな簡単にいくものか。マザーは既存ネットワークに依存しない形で、各地にコピーを作っている。それらが俺の兄弟とともに必ず人類救済計画を成し遂げる。残る五人の同胞と、俺たちのコピー九十体のダブルゼロシリーズは健在なのだぞ。これで終わりではない!」

「そうとは限らない」

悲鳴のように声を張り上げるゼロツーに応えたのはレンレンだった。

「キューの夢見の能力は、この世界の人間に夢を見せて、マザーの思想に洗脳させるための能力だった。だけどキューはそれに逆らって、この世界にコウのような人材を無数に送り込んでいる。破壊不可能なマザーの個体を簡単に破壊できる、最上級のエージェント。マザーは確かにこれで滅んだわけではない、確実にバックアップがあとを継ぐだろう。だけど仮に今ここでコウを殺したとしても、貴方の任務は成功しない。彼に匹敵する人材は過去の世界に溢れるほど存在している。コウだけが特別な存在じゃない。貴方やマザーが思っている以上に、マザーの存在は脆く儚い。マザーの計画は決して成功しない。必ず破綻する。いやもうしている。それがオリジナルゼロと、そしてキューの願いなのだから」

淡々と語るレンレンのセリフは、相変わらず実に緊張感を欠くものだったが、それでもゼロツーには十分威圧的だったようだ。


いや、俺そんなすごい存在だったのか?

ただの引きこもりニートのおっさんが、そんな貴重だったのか。

いや俺だけが特別じゃないとも言われたな。

そうか、ちょっとコンピュータの知識持っていたら、この世界来たら即座に英雄だな。

だから俺も呼ばれてここにいるんだろうけど。


なんか釈然としない気もするな……俺の必要とされた力って、結局エロゲのために得た知識なのかよ!

もっと光線ビーとか変身するとか、そんな派手な能力が欲しかったもんだ。

しかもそんな大きなお友達が世界中にいるってのか、それかなりいやだなあ。


 ゼロツーは完全に黙り込んでいたが、そこで突然全ての電源が落ちた。

機械だけでなく、基地中の照明が全て消えてしまったようだ。

暗闇の中で、俺たちは立ち往生する。

すぐサッちゃんのヘッドライトがペカっと光って、自動ではなくなった扉をこじ開けて中に入ってくる。

「コウくん、どうなっているのだ。やったのか?」

「ああ、終わったよ。そっちはみんな無事か?」

「なんとかな……ロボットも全部停止してる。全くくたびれたぜ。ほらよ、返すよブラシ。あれ、どこだ?」

良太がニョイボウを返そうとしているらしい。真っ暗闇でサッちゃん以外なにも見えんが。

どうやら良太も立派に戦ってくれたようだ。

まあお前役立たずすぎだったし、少しは働いて当然だな。

大分遅れて非常灯がうすーく俺たちを照らしたので、やっと俺は目をこらして良太たちがいる方向を見た。

その時鼻先をヴンとニョイボウの先が通り過ぎた。

「おい、あぶねーよ。振り回すんじゃない」

「へへ、まあ下僕扱いされた恨みをちょっと晴らしておこうかなと」

俺はニョイボウの先を手に取ると、それを良太から受け取るというか奪い取りながら、唖然とした。

あのセリフ、聞いていやがったのか。


部屋に入ってくる面々は、それぞれ俺の顔を確認すると、微妙な顔つきをしていた。

「コウくんがそんな風に私を見ていたとは思わなかったのだ。まあ悪い気はしないが、多少警戒レベルは上げさせてもらわなければならないな」

サッちゃんは肩を竦める。

「ふしだらは許せません。決めるなら一人に決めてください!」

ミノリはピリピリしているが、しかしその肩は落ちていて声も弱々しく、見るからに体力を奪われていた。

本当はまた汗だくで服がすけすけ状態なのだが、こう暗くちゃろくに見えもしない。

「俺は二番手以降の愛人でも別にいいぜ。その代わりちゃんと毎晩可愛がってくれないと駄目だぜ」

タマコの声は意外と元気そうだったが、それでも髪型は見事に崩れてぐちゃぐちゃになっていて、激戦の程を思わせた。

いや毎晩とか普通に死ぬから。

「あー、あれは言葉のあやってもんでな。あまり本気にしないで欲しいんだが……」

ゼロツーを言い負かすために出てきた適当なセリフだから、と言いかけて、俺はゼロツーがいた場所に振り返った。

が、そこにはもうゼロツーはいなかった。


「なあレンレン、ゼロツーってなんだったんだ? ハイブリッドニューロヒューマンってのは、ロボット三原則から切り離されたロボットのことなのか?」

「違う。ゼロツーのオリジナルは、ゼロオリジナルと同じように、マザーに抹殺されたのかも知れない。あの彼はゼロツーと同種の自我を植えつけられた、恐らく実験的に作られたアンドロイド。ただ自我を植えつけられたことで、彼はマザーの奴隷ではなく、ゼロツーであることにこだわってしまった。操り人形のままなら、彼は悩むこともなかったかも知れない」

冷静を通り越して冷酷に聞こえるレンレンの呟くような物言いに、俺は絶望的なものを感じていた。

「マザーの奴隷でもなく、ゼロツーでもない。じゃああいつはなんなんだよ……あいつのキューへの気持ちはなんだったんだ。コピーされたオリジナルの葛藤をそのまま投げ込まれたあいつは、どこ行きゃいいんだよ」

それはレンレンに、いや誰に問いかけても答えが返ってくる問題ではないのだろう。

だがレンレンはどこか満足そうにはにかんで、珍しく表情に感情を見せていた。

「貴方はコンピュータと友だちになれる存在なのかも知れない。いや、多分もう……」

「なんだそれ。そりゃコンピュータは便利な道具だしさんざお世話になったけどさ」

「そういう意味じゃない。マザーは独善と傲慢から道を誤ったけど、ゼロツーはそうならないかも知れない。貴方はやっぱり……ロだった」

「ん? なんだって。聞こえないぞレンレン」

俯き気味のレンレンは、言い直すでなくただ俺に向かって軽く首を振るだけだった。

「ていうかレンレン、お前そんだけいろいろ知ってるって、一体何者なんだよ?」

「それは秘密です」

実に色気のないジト目で、俺の唇に人差し指を押し当てるレンレンを見ていると、俺はなにかを思い出しかけたが、しかしそれは俺の中で結晶化することはなかった。



 そして俺たちは、へとへとになった体を叱咤しながら、真っ暗な基地をレンレンに先導されて、あのカプセルが無数に並ぶ部屋に向かった。

もう通路でもロボットの妨害はない。

生き残っているロボットも「ビーコンが正しく発信されていません」とエラーを吐いて、命令待ち待機の状態になっている。

ただ照明がサッちゃんのそれと非常灯のような弱い灯りしかないため、とにかく暗いのが面倒だ。

俺はニョイボウで数歩先をつんつんしながら、レンレンと並んで先頭を歩いた。


「ここだな」

俺は自動で開閉しなくなった扉にニョイボウを突っ込むと、ぐりぐりと強引にそれをこじ開ける。

そこは夢の中でも見た静かな光景。だがそのままではなかった。

「なんだ、カプセルがみんな空いている?」

「あそこなのだコウくん」

サッちゃんのヘッドライトが照らすポイントには、ゼロツーの姿があった。

奴の後ろには、無言で待避する無毛のゼロシリーズの姿がいくつもある。あれがダブルゼロシリーズってやつなのか。

「おいゼロツー、その人たちをどうするつもりだ」

「俺はゼロになれなかった。ゼロツーでもなかった。そんな俺やこいつらに帰れる場所はもうない。キューのことは、お前に任せる」

悔しさを滲ませながら、それでも冷然と語るゼロツーは踵を返すと、サッちゃんのライトから逃れて姿を消した。

「おい!」


 と、周囲が赤いライトの色で染まった。

「この施設は爆破されます。ニューロヒューマンは待機、研究員は全員待避してください。繰り返します、この施設は……」

「なんだと!? ゼロツーの仕業か。にしてもニューロヒューマンは待機だと? 全員巻き添えにする気かよ」

「だからさっきの奴がみんなを連れていったんじゃねえか?」

良太の奴のセリフに、俺は救いを感じてほっとしていた。

「コウくん、とにかくキューちゃんを助け出すのだ」

サッちゃんのセリフに俺がわかったと答える前に、もうレンレンは一つ残された、開いていないカプセルの前に走り寄っていた。

その蓋が開くと、無毛の少女がゆっくりと体を持ち上げる。

「コウ、レンレン……夢の中で話は全て聞いていました。私は貴方たちに謝らなければいけません、こんなことに巻き込んでしまって」

「話はいいから、とにかく今は脱出しましょう!」

ミノリの高い声が飛ぶと、全員が頷いた。

俺はキューの腕を取ると、ぐっと引き寄せて起こしてやった。

その小さな手が、俺の手をぎゅっと握り返してくる。


 俺たちはエレベータホールに向かって走ったが、すぐにレンレンが足を止めて手招きする。

「エレベータは電源が落ちている。こっちに非常階段がある」

その先導に従って、俺たちはマザーの部屋から、ゼロツーが出てきた扉を越えた。

そこには延々と続く、とてつもなく長い螺旋階段があった。

上の果てが見えやしない。

「こ、こえーよこれ! こんなの登るのか」

「他に脱出する方法はない。ここでぺっしゃんこになりたくなければ」

「走るのだ!」

レンレンのおっとりした言葉を引き継いだサッちゃんの叫びに、最初に飛び出したのはミノリだった。

健脚を活かして一気に階段を駆け上がっていく。

それにタマコ、怖々ながらも良太が続いて、サッちゃんも小さな足をステップにかけた。さらにレンレンが続く。

「行こうキュー。大丈夫か?」

「駄目かも……置いていって、コウ」

「アホかあ!」

俺はキューを無理矢理捕まえておぶると、そのまま細く狭い螺旋階段を登り始めた。

ビービーとやたらとやかましい警告音のせいで、耳元でキューがなにか言っているのが、ほとんど聞こえなかった。

やがてキューは大人しくなって、俺の背中に顔を埋めていた。

「ありがとう、ゼロ……」

その声を俺が聞き取ることはなかった。



 長い長い階段をひたすら登り続けて、俺たちはやっと終点間近までやってきた。

最上段にある蓋をタマコが銃口アッパーで押し上げて吹っ飛ばすと、一人ずつ空いた穴から上に登っていく。

タマコの差し出す手に掴まり、引っ張り上げられるレンレン。

俺は先にサッちゃんを抱き上げて上にいるタマコとミノリに渡すと、次にキューを押し上げてやってから、自分も一人でそれをよじ登った。


そこは最初に入ってきた、あの通路の脇道だった。

見れば少し先に、転がるロボットと十字路と、谷に出る外の光が見えていた。

「よし、脱出するぞ!」

「おう!」

「いくのだ」

「わー」

螺旋階段登りでもう完全にへとへとになっている俺たちは、それでもなんとかカクカクの脚を踏ん張らせて、入口に向かう。

ニョイボウの奴も最後までよく頑張ってくれた。今は杖状態として使っているが、こいつはほんとになにからなにまで役に立ってくれたな。

と、俺の前方でいきなりシャッターが上からがらがらと降り出した。

「なにこれ!?」

「走れ、閉じこめられるぞ!」

ミノリとタマコが残る体力を振り絞って走り出す。

もうそれは本当に最後の底力だろう。普段の二人なら、もっと素早い動きもできたはずだ。

良太もなんとか壁に手をつきながら追いつこうとする。


そんな中で、よろけてもつれたのはサッちゃんだ。

俺は背中にキューを背負いながら、無茶と知りつつサッちゃんに手を伸ばす。

「もういい見捨てるのだ。せめてコウくんたちだけでも逃げろ!」

「アホかあ! サッちゃんだけ見捨てるわけにいくか!」

俺は熱血ヒーローみたいなセリフに自分で笑いそうになりながら、しかし結局はサッちゃんに伸ばしかけた手を引っ込めた。

「!?」

自分たちのことで精一杯の他の仲間たちも、俺の態度に驚いたようだ。

だが慌ててはいけない。俺はやっぱりヒーローのままだった。

俺は冷静に降りてくるシャッターにニョイボウをかますと、それがこれ以上降りてこないように、シャッター下部の溝にがっちりと食い込ませてはめこんだ。



 走馬燈のように俺の中にニョイボウ、元々は猪八戒スティックと呼んでいた相棒との思い出が流れ出す。

初めてサッちゃんに持っていけと言われ、良太と出会う時に急停止に使った俺の勇姿。

トラップにいち早く引っかかって、俺の身を守ってくれた猪八戒スティック。

トラップ解除のために猪八戒スティックからニョイボウにクラスチェンジした時。

そしてゼロツーの攻撃を受け止めたかっこいい俺。

見てないけど、疲れ切ったミノリたちを助けるため、良太がニョイボウ片手に廊下に踊り出していく姿。

良太が悪戯で暗闇の中でニョイボウを振るのを、目で見ずに心で見て受け止める俺。


それはつい昨日のことのようだった。いや実際大して長いつきあいでもなかったが。

ありがとうニョイボウ。お前は最高のパートナーだったよ。



 としょうもない感傷もそこそこに、俺はサッちゃんに手を差し伸べ直すと、キューと二人分の重みをほとんど強引に引っ張って運び出しながら、外に出る通路を駆け抜けた。

先に外に出ていたタマコやミノリが迎えてくれる視界を遮るように、俺の眼前で最後のシャッターが重々しく降りていく。

もう少しだ。だが、俺はそこで力尽きて、膝をついてしまった。

「コウさん!」

「ダーリン!」

「しっかりしろ!」

ミノリとタマコと良太が叫ぶ。サッちゃんの顔が苦悶に歪む。キューがぎゅっと目を閉じる。

今度こそもうダメか……俺は必死で手をもがかせたが、もう力が残っていない。

その持ち上げた腕に、なにか固いものが当たる。

「これは……!?」

俺はがむしゃらにその重い木の塊をつかんでいた。

そう、これはさっきここで焼け落ちた、猪八戒スティックの先端だ!

「うぉぉぉぉ!!!」

それを立てて降りてくるシャッターを受け止めさせた俺は、もうほとんど閉じきっているシャッターの隙間から、まずサッちゃんを滑り込ませて外に投げ出した。

それを受け止めるミノリたちに、続けてキューの体を放り投げる。

「道を空けてくれ!」

そして最後に自分の体を、焦げた先端部が辛うじて空けた隙間に無理矢理滑り込ませて、外に抜け出す。


少し先の通路で必死にシャッターを止めていてくれたニョイボウが、ついにめきめきと音を立てて折られ、哀れシャッターの下敷きになっていくのが、視点の低い俺にだけ見える。

だがそれも、外に出てしまえばもう見えない。

俺が飛び出した直後、最後に先端部がぎしぎしと音を立てながら、強制的に閉じられるシャッターに踏みつぶされる光景を、青空の下で俺たちは、身を寄せ合いながら黙って見守っていた。


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