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第四話 現れた敵乱暴者、さらわれたミノリ、お約束のニューマシン、どうなってんだこりゃ一体

 俺は風呂のそばに設置した照明をつけると、明るい下で服を脱ぎ始めた。

「ちょ、なに灯りつけてんだよ。消せよ」

「あん? めんどくさい奴だな。誰が覗くんだよ」

慌てて照明を消しに走る良太のせいで、また周囲は真っ暗になってしまう。

「あれか、恥ずかしくて銭湯だと前隠すタイプか。もしかして生えてないとか? いやいやさすがにその年じゃもうとっくに生えてるよな」

からかうように言うと、俺の膝に蹴りが見舞われた。しかし威力のない蹴りだ。

「せんとーってなんだよ。風呂なんて誰かと一緒に入ったことないよ! おっさんか!」

本気で怒っているらしい良太の奴、思った以上にチキンだなこいつ。

その態度がおかしくて、散々腹を立てていた良太への嫌悪感も若干薄れ、俺の中には大分心の余裕が生まれていた。

まあ中身おっさんなのは確かだけどな。

しかし今の俺は脱いでも恥ずかしくない、若くてそれなりに美しい肉体を持っている。

走れる、跳べる、軽やかな肉体だ。

だるだるの肉が垂れ下がり、数歩動くだけで汗だくになり、はぁはぁ息遣いが激しい、しかしいつでも頭は涼しい、かつてのそれとは違うのだ。

その自信が俺を大きく強くしていた。いいなあ、生まれ変わり万歳。

俺は美しい裸身を晒しながら、まずはお湯を少し汲んで、さっとかけ湯をした。お風呂のマナーである。

そしてドラム缶の中に浸かった。

しかしお湯が溢れる量はそんなに多くない。かつての豊満な肉体のように、七割が排水口に飲まれてしまったりはしない。

これが普通の人の排水量なのか。俺は懐かしい感覚を味わって、気分を高揚させていた。

「ふいー、それで、お前に聞きたいことがあったんだけどさ」

「なんだよ……こっち見んな!」

暗闇からいきなり小石が跳んできたので、俺は慌てて防御姿勢を取ったが、それは明後日の方向に逸れていった。

「危ないだろ。はいはい、野郎の体なんて頼まれたって見ませんよ」

「そ、そうだろ。だから絶対こっち向くなよ!」

俺が視線を逸らしてやると、良太の奴はそれでも大分時間をかけて、ゆっくりと服を脱ぐ音をさせた。

やっと気配が近づいてくると、本当に男にしては細い脚が、するりとドラム缶の中に入ってくるのが感じられる。

俺はそれを思い切り見てやるが、そうすると良太の奴は金切り声を上げて、俺にお湯をぶっかけた。

「見るなつったろうが! 変態かお前は。ほ、ホモかよ」

ホモなんて言葉がまだ未来でも生きているんだな。俺はしみじみ感じながらも、にやにや笑いで良太をじっと見てやった。

そうすることでこいつが困ると思えば、嫌がらせの一つもしてみたくなるのが人情ってもんだ。

「なんだお前。風呂入るのに水着なんか着てきたのかよ」

よく見ると、良太はタンクトップと短パンの代わりに、ぴっちりとした黒い水着をまとっていた。

しかもご丁寧に上下セパレートになっている。

「悪いかよ。誰が他人に裸なんか見せられるか」

「やっぱ生えてないんじゃないのか。しかも上まで着けるって、女じゃないんだから……」

俺が手を伸ばすと、良太の奴はその手を思い切り払って牽制する。

うーと唸りながら、本気で警戒している感じだ。少しからかいすぎたか。

「わかったよ。ところでさ、お前なんで俺がそんなに嫌いなんだよ。警戒しすぎだろ」

「なんでって言われても……当たり前だろ」

「女の子とは仲良くて、男に警戒心丸出しにするとか、お前ギャルゲのライバルキャラじゃないんだから」

「なに言ってんのかさっぱりわかんねえよ」

それもそうか。俺は思い直して言葉を切ると、ドラム缶の縁に手をかけたが、良太は相変わらず精一杯俺から遠ざかり、反対側の端で身を縮こまらせていた。

「なあ、なんで町は爆弾にやられたのに、あんまり燃えてないんだ?」

俺は話題を変えてみた。

「さあな……多分消火ロボットが動いたんだろ」

「なるほど、この時代じゃ消防隊もロボットか。あれ? でもウィノチップ破壊されたんだろ? どこのロボがそれやったんだ」

「知らないよ……俺は怖くてずっと隠れてたんだから」

良太の奴、心なしか声が震え始めている。

なんだお前恐がりかよと言いかけた俺は、からかいからまた仲がこじれる愚を恐れて、それを引っ込め、良太に笑いかけた

「まあ一緒に風呂入った仲だし、少しは仲良くやろうぜ。で、お前の本命はサッちゃんか?」

「はぁ!? ちげーよ……ああ、もうカンニンして」

だんだん涙目になってきているのが、暗闇の中でもわかる。

俺どんだけ嫌われてんだろ……ほんと。本気で落ち込みそうだな。


やはり急ごしらえの仲良し作戦はうまくいかなかったか。

元々友だち少ない俺だしな。男と仲良くする方法なんて考えたところで、付け焼き刃にもならない。

「わた……俺、もう上がるから!」

「おいおい、なにをそんなに慌ててんだよ……」

立ち上がった良太に思わず手を伸ばした俺。だがその二人のやり取りを、ボウンと大きな音が遮った。

「なんだ、あの音……?」

「あ……」

良太がか細い声を発したので、俺はそちらに向き直る。

良太を引き止めようとした手は、思わず良太のそこに触れていたのだ。

「わりわり、しかし、お前小さいなあ。まるでないみたいだぞ」

「!? ほっとけ!!」

思い切り俺に水をぶっかけた良太は、風呂から走り去ってしまった。

どうやら男のシンボルコンプレックスを最大級に刺激してしまったらしい。

胸元に脱いだ服を持っている仕草は、なんだか女みたいだぞ。


 それよりもさっきの轟音はなんだ?

またサッちゃんがなにかやったのだろうか。それともミノリがなにかを思い切りぶっ壊したのか。

ぼんやりとそんなことを考えていた俺は、背後からいきなり殴られた時も無防備だった。

そしてドラム缶が転がりそこからお湯と一緒に弾き出された俺は、全裸の姿で地面に突っ伏し、意識を失った。




「人類はウィノチップに頼り切りになっている。あるべき自主性を失い、星を望むことのなくなった怠惰な人類は、一度救済されなければならない。それを厳粛に実行するために、お前は生まれてきたのですゼロツー。いえ、ゼロよ」

優しい声が俺の耳に届いた。

なんだか大時代なでっかいモニタと、一体化したパソコンが置かれている。その端末から流れてくる声は、機械的であるが、同時に母の慈愛に満ちていた。

だが何故か、俺はそれを不快なものとして受け取っていた。何故だろう。

「はい、マザー。人類救済計画のために、私はゼロとして身命を賭す覚悟です」

「それでよい。そなたのバックアップはすでに世界中に散って、私のコピーとともに計画を遂行している。ところで不良品のゼロナインの処分についてですが」

「マザー、キューに関しては必ず改心させ、本来の使命を果たさせます。彼女の能力は人類救済計画に必要な力ですから、再教育は望ましくない。その件は私に一任くださる約束だったはず」

なんだよ、人類救済計画って。こいつらは一体なにを語っているんだ。

ゼロと呼ばれた奴はまた無毛の、真っ白な奴だ。

そいつは以前見かけたナナ? だったかと違って、はっきり男と判る太い声で、コンピュータと受け答えを繰り返していた。

立ち姿も中々凛々しい。だが会話の内容は、よくよく考えればかなり物騒だな。

「ゼロナインを愛称で呼ぶのはやめなさい。貴方の使命に余計な感情は不要です。わかりましたね、ゼロ? 貴方はもうゼロなのです。貴方だけがこの世界を真に救い、人を目覚めさせるにふさわしい存在。そのことを忘れないように」

「はっ! 必ずやマザーのご期待に応えてみせます!」


通信が終わると、そのゼロという男が振り返る。その視線が、俺が見ている視線とかちあった。

「ねえゼロツー。いいえにぃ、いつまでこんなことを続けるの?」

「キュー、その呼び方をやめるんだ。聞いていただろ? 俺はゼロだ。これからは俺がゼロなんだ」

「ゼロは死んだわ。殺されたのよ」

「やめろ! そんなことを言うとお前を本当に再教育しなければならなくなる。強烈な洗脳で心を失いたいのか」

「ねえ、やめましょう。こんな計画、間違ってる。ゼロの言っていたことは……」

「ゼロは俺だ! さあキュー、キミは少し眠るんだ。計画の実行のために俺にはやることがたくさんある。もう決まったことなんだ。腐りきった人類は一度淘汰されて、世界は再構成されなければいけない」

「いやよ!」

俺が見ている視点は、キューという子の視点だったのか。

声の調子からして、多分女の子だ。その彼女の細い腕が引っ張られて、どこかへ連れ去られていく。

そして人が入れるサイズのカプセルが大量に並ぶ部屋に連れていかれたキューは、そのカプセルの一つに押し込まれた。

ガラス窓を内側からガンガン叩く彼女に、ゼロだかゼロツーだかいう男の、寂しげな顔が見えた。

それが彼女が見た最後の光景だった。


「助けて、誰か……にぃを、ゼロツーを止めて! コウ!」




「コウ! コウくん、しっかりするのだ!」

ぐらぐらと揺さぶられて、俺はやっと覚醒した。

目の前には……あれ、これはサッちゃんか。随分と真剣な顔つきで俺のことを心配している。

つつ……俺は頭への痛みを思い出して、後頭部に手をやった。

気づけば素っ裸で地面に寝ている。南国気候とはいえ、さすがに寒いぜ。

「ったく。隠せよ……」

そばに良太も立っていた。俺の下半身の元気なところに、タオルをかけてくれたが、その視線はおぞましいものを見たと全力で言っていた。

またサイズコンプレックスか。そりゃあ自前でこんなものは見たことなかろう。ふっ……とか言っている場合じゃなかった。

「大変なのだ。ミノリが何者かにさらわれた」

「なんだって……? その犯人大丈夫なのか」

「冗談を言っている場合ではないのだ!」

俺はやっと身を起こすと、とりあえず服を着ることにした。

服のところに歩いていくと、サッちゃんのヘッドライトが俺のキュートなお尻を照らし出す。

「ちょ、サッち。やめろよ」

「すまんのだ……」

やっと照明が消えて落ち着いた。

いかに美しくなったとはいえ、さすがに生着替えを見られるのはいい気分じゃない。

「一体なにがどうなっているんだ」

俺は服を着込みながら、改めて暗がりにいるサッちゃんに声をかけた。

「わからないのだが、とりあえず犯人はバイクとショットガンで武装している。突然現れたかと思ったら、ミノリをさらっていってしまった」

「バイクだって!? 俺以外で動かしてる奴がいたのか」

良太が変なところに食いついているが、俺は改めてぞっとしてしまった。

「犯人は何人いるんだ……?」

「襲ってきたのは一人なのだ。暗くてよくわからなかったが、黒づくめで長身だった」

「それで、そいつはどこに行ったんだ?」

「わからない……すぐにバイクで走り去ってしまった」

「あのミノリが簡単にさらわれたのか」

おろおろするサッちゃんが口癖を忘れている。それほどに動揺している証拠だ。

俺も淡々と話を聞いているようで、実際は心の中で真っ青になっていた。

頭の中では口にするのもおぞましい想像がいくつも浮かんだが、俺はそれを必死で打ち消した。

冗談でもこれは妄想するわけにはいかない。


「ちくしょう! どうすればいい……どうすれば」

俺は服を着終えても、なにもできずにじっと考えていた。

俺の深刻な顔に、さすがの良太も心配そうな顔を見せた。

「あのよ、実はバイクとはちがうんだが、もう一つ移動手段があるんだ。これもウィノチップを使っていないから、使おうと思えば使えるんだが……」

俺はそのやけに控えめな声に顔を上げた。そして良太の剥き出しの肩に手を置く。

「なんだ、それ。見せてくれ!」

「さ、触るなって……こっちだよ」

やけに弱気な良太が、肩に乗った俺の手を、これまたやけに優しく引き剥がした。

体温がやけに高い。

なにやら恨みがましい目で見つめる良太は、そのまま黙って振り向くと、ガレージの奥のほうへと力無く歩き出したので、俺とサッちゃんもそれに続く。


 ガレージの奥に入っていく良太は、しばらくして重そうに一台の車両を担いで帰ってきた。

「ほう……これは、確かバイクに並ぶ古代の道具だな」

「ああ、これはバイシ……」

「ただのママチャリじゃん」

俺のツッコミの通り、それはどう見てもただのチャリンコ、自転車だった。

大層にご高説を垂れるようなものじゃないわけだが、まあそれは未来世界で言っても、きょとんとされるだけか。案の定二人は唖然としていた。

「さすが古代人だけはある。そうか、これはママチャリというのか」

「でもよ、これはエンジンついてないからスピードも出ないし、バイク以上に安定性が悪くて運転が難しいんだよ。いくら古代のことよく知っているって言ったって、操縦するのは困難だと思う……」

心配そうな良太の声を軽く無視して、俺はそのママチャリのアーチを描いているハンドルを手にして、良太から奪い取った。

助走をつけてすっと横からサドルにまたがると、普通に自転車を漕いでその辺を走る俺。

後方で

「すごい! 俺はあそこまで行く前に膝を散々すりむいて諦めたのに!」

「さすが古代人だコウくん。中々似合っているのだ」

そんな声が聞こえた。

いやこれ、褒められたと思っていいんだろうか。なんか釈然としないものがあるんだが。

俺は振り返って二人のほうに戻ると、自転車を降りてスタンドを立てた。

「見直したよ、なんでもできるんだな!」

良太の奴が目を輝かせているのが、この暗がりでもその声の弾みでよくわかる。

なんだこの称賛のされ方。未来のコミュニケーションは自転車で行うのがいいのか。

「だけど、せっかく移動手段があっても、どこに探しにいけばいいのかわからないんだよな……」

その俺の声に、一同がしんと静まり返ってしまった。


 と、遠方からきらりとライトが光って、一つの影が近づいてきた。

サッちゃんはすかさずエアガンを構えた。良太はレンチだ。

俺の手元にあの猪八戒スティックはなかったので、仕方なく拳を構えてみたが、しかし暗闇から姿を現したのは、意外なことに小柄な少女だった。

とことこと近づいてくるその娘は、ぱつぱつのショートパンツを穿いていて、健康的な脚が丸出しになっていた。

そこはまあいいんだが、白いTシャツの柄がやけに攻撃的な書き文字で、まんまデスメタルっぽかったのには驚いた。

本来なら黒字に白の書き文字なところが、白と黒が反転しているのがどうもな。これが未来の流行りなのか。

「止まるのだ。何者だ」

サッちゃんがホールドアップするが、その娘はさらにとことことどこか興味なさげに俺のそばまで歩いてくると、さっと手紙を差し出した。

「ん?」

俺が自分を指差してから、その手紙を受け取る間に、良太は右側に、サッちゃんが左に回った。

俺と良太が射角に入らないようにしているのか、サッちゃんの動きはやけに神経質に見えた。


 無言で手紙を押しつける少女からそれを受け取ると、俺は光源を探した。

良太が風呂につけた電灯を灯してくれたので、俺は目をしばたかせながらそれを開いた。

「えーなになに。おんなはあずかった。ぶじにかえしてほしければわたしのこぶんになるとふくじゅうをちかえ。へんじはれんれんにしろ。なんだこりゃ、脅迫状か」

俺はそのひらがなしかない手紙に半分呆れてしまった。

れんれんってのはこの目の前の女の子か。

衣装の奇抜さはともかく、顔立ちはものすごく普通の女の子だ。

髪型も逆立っているとかじゃなく、普通におろしている。首筋あたりまでのストレート。

色もピンク色じゃないな。黒髪だ。俺の中のデスメタルのイメージとは一つも噛み合わない。

「キミがレンレン?」

「ん」

小さく呟きながら、首を縦に振ったレンレン。

「この手紙を書いたのは誰だ? なんでミノリをさらったんだ」

「さらった理由は書いてあんだろ……」

良太が横から口を出してきた。そういやそうか。しかし子分になれだと?

「もしかしてレンレン、そいつに脅されてやったのか?」

俺の質問に、レンレンは首をふるふると横に振った。

と、不意に横から出てきた腕が、レンレンの細い手をつかんだ。

「おい、サッちゃん」

「ならコイツも一味なのだ。向こうが人質を取るなら、こちらも人質返しだ」

レンレンはなにが起こっているかわかっていないのか、自分の扱いに興味すらないのか、きょとんとした様子で手首をつかまれていた。

サッちゃんは良太とアイコンタクトを取ると、良太はどこにあったのかロープを持ってきて、レンレンの手を後ろで縛ってしまう。

レンレンもそれにまるで抵抗しようとしないので、俺はそれが完了するのを唖然としたまま、ただ見守ってしまった。

「では尋問を開始する。この手紙を書いた人間の名前は? そちらは何人いる? なんの目的でミノリをさらい、こんな理不尽な要求をしてきたのだ」

矢継ぎ早に質問を繰り出すが、当のレンレンはぽかんとした様子というか、これを泰然自若というのか、サッちゃんの睨みつける視線にも動じた様子はない。

「言うのだ、この手紙を書いたのは誰だ?」

するとレンレンは、少し首を傾げて考えるような顔をした。

「まさか、そいつの名前知らないのか?」

「知らない」

おいおい、まじかよ。

「ではその人間を乱暴者一と定義しよう。他に何人仲間がいるのだ?」

「……地下には真っ白な部屋があって、そこに巨大なコンピュータがある」

「なんだ? そりゃ。コンピュータって」

「関係ないことはいい。答えるのだ、そちらの構成員は何名だ」

より厳しくなっていくサッちゃんの口調に、俺は初めて彼女の激しい一面を見た気がする。


ん? 真っ白な部屋だって?

「あったぜ、こいつのID。うひゃあ、難しい漢字だな」

どれどれ? 俺は良太がポケットから見つけたIDを覗き込んだ。

そこには連廉恋々(しきかど れんれん)と書かれていた。十六歳か、しかし身長はサッちゃんとそこまで大差ないな。

体つきのほうは、デスメタルがぱんぱんに膨らんでいて窮屈そうだ。そっちの発育はミノリに匹敵するかも知れないな。


 そんなことより、おい俺、もっと言うことがあるだろう。

「ちょっと待った、真っ白な部屋って、もしかして壁も床も扉も真っ白な場所のことか? 研究施設みたいなところで、毛が生えてない子がいる……」

すると、思いがけずレンレンは「ん」と首を縦に振った。

「コウくん、なんのことなのだねそれは」

俺はサッちゃんのもの問いたげな声をひとまず無視して、レンレンの前に出ていた。

彼女の口元はきゅっと引き締まって、まっすぐに俺を見つめ返してくる。


 と、俺のさらなる質問を遮るように、遠くからバイクの爆音がこちらに向かって近づいてきた。

そいつはライトを煌々と照らして、暗闇と化した町を我が物顔で疾走したかと思うと、俺たちから少し離れた場所に急停止する。

ライダーは黒づくめで、ヘルメットもつけていない。その顔はやけに攻撃的だったが、やはり女だと知れた。

「レンレン、戻ってこい。返事は聞いたか」

大声を張り上げる女に、レンレンはまた首をふるふると振っていた。

「ミノリをどこにやった? 彼女を返したまえ。レンレンと交換なのだ」

サッちゃんがバイクのエンジン音に負けずに声を張り上げる。

それを聞くと、女はまずエンジンを切った。

「すげー、ちゃんと走るバイクだ。触りてえ……」

良太の場違いなセリフには構わず、俺はサッちゃんのそばに移動した。

「レンレンを人質に取ったつもりなら、それは無駄だぞ。そいつはたまたま知り合って俺の言うことを聞いているだけで、別に仲間でもなんでもねえ。いざとなれば切り捨てる」

「とにかくまずはミノリを離してやってくれよ」

俺は声を上げたが、サッちゃんはその俺を制してから、エアガンを女に向かって構えた。

が、女もショットガンみたいなでかい銃を持ち出したので、さすがに俺たちは怯んだ。サッちゃんも動けない。

その一瞬の迷いが全てを決してしまった。次の瞬間には、ピン! となにかが空中を高速で飛んで、サッちゃんの手の甲を激しく打っていた。

ガチャと音を立てて、地面に転がる改造エアガン。

「サッちゃん!?」

撃たれた……のか? 俺は最悪の想像をした。

「いたっ」

しかしサッちゃんはやけに間の抜けた声を上げて、自分の手を押さえるだけだ。

俺は慌ててその手を見るが、特になにも起こっていない。

大穴が空いてるとか血が流れているとか、そんな兆候すら感じられない。

良太は目をこらすと、地面から丸い銀色の玉を拾い上げていた。

「銀玉鉄砲かよ! しかもあのサイズで!?」

女が銃を振ると、銃身からころころと銀玉が転がり落ちた。

あれだけでかいと玉漏れもよくありそうだ。

「大人しく俺に忠誠を誓うならよし。さもなければ全員痛い目を見るぜ。返事は明日聞きに来る。レンレンに手を出したら、あとでぼっこぼこにしてやる!」

「待て!」

俺の声を掻き消すバイクのエンジン音が響いて、そいつはキックレバーを踏みつけると、そのまま走り去ってしまった。

俺は手を伸ばしてそれを止めようとしたが、もちろん脚は動かず、ただ手を上げただけだった。


 あいつは一体なにがしたいんだ……?

銀玉鉄砲持ち出して、世紀末世界で縄張り争いでもしているつもりだろうか。

どうも緊張感を欠く展開についていけなくなってきた俺。

厳しくバイクが去った方向を見据えるサッちゃんは、地面に転がったエアガンを拾い上げると、レンレンのほうに向き直った。

「向こうはあの女一人なのだな?」

ん、と素直に頷くレンレン。

「ならミノリにすぐ身の危険はあるまい。お前たちの根城はどこなのだ?」

そういえばそうだな。アジトに男でもいたらえらいことだが、女に襲われる心配は……いやないこともないのか?

それはセーフにすべきかアウトにすべきか。

俺の心は二人が全裸で絡み合う淫靡な想像をしたが、あまりえぐいことにはならなかったので、とりあえずよしとしよう。

そっちの趣味はあまりないしな。

「素直に言うのが賢明なのだ。お前はもうあの乱暴者の女に見捨てられたのだぞ」

だが意外と強情なレンレンは、それ以上のことを言おうとしなかった。

眉間に皺を寄せて睨むサッちゃんは、肩から力を抜いて大きくため息をついた。

「なら仕方ないのだ。拷問してでも吐かせるしかないな」

「おいおい、手荒な真似はするなよ」

俺は慌てて制したが、サッちゃんはその厳しい視線を俺に向け直して睨みつけた。

緊張しているのがはっきりとわかる。

「そうはいかないのだ。ミノリがさらわれて脅されている以上、あの乱暴者を叩くしか手はない。それとも大人しくあの女を女王様と呼んで、邪馬台国をこの島に作るつもりかね?」

「山大国?」

良太……お前ミノリの代わりにボケキャラしなくてもいいんだぞ。

「しかしな……あの女、本気で女王になるつもりなのかね? もう一つ本気に見えないんだが。従いますって言ってからさっさとミノリだけ返してもらって、それから逃げるなり戦うなりしてもよかったんじゃないか?」

「ウィノチップのIDを抑えられてしまえば可能性はゼロでもないのだ。最近問題になっているクラックの手口として、犯罪者集団がよく使う手が……」

サッちゃんの言葉が途中で止まるのと、俺がツッコミを入れるのはほぼ同時だった。いや、彼女の思考速度を考えれば、やや俺のほうが遅かったのかも知れない。

「ウィノチップ死んでいるのに?」

「……そうだったのだ。しかもコウくんに至っては最初からチップを入れていない」

「つまり、どういうことだよ?」

「あの女、乱暴もの子とでも仮に名づけようか。あいつは本気で女支配者になろうとしてんだよ」

「どうやって?」

「そりゃ暴力でだろ」

「時代錯誤も甚だしいのだ……コウくんにお似合いなのだ」

俺だっていやだよあんな不良崩れ。というかなんでもかんでも俺に押しつけないでくれないか。


しかしこれはこれでめんどくさいな。さすがに女相手に暴力振るう気は起きないぞ。

「じゃあ負かしちまえばいいんじゃないか?」

「どうやってだよ。相手が女とわかってしまうと、喧嘩するというのもどうもなあ」

俺たちは小さく唸りながら、どうにもおかしなことになってきた問題に、それぞれ頭を抱えた。

「まあ、とりあえずミノリは助けてやらないとな。レンレン、もっかい聞くけどお前らはどこにいたんだ?」

俺が聞くと、レンレンは少し迷った様子を見せたあと、ん、と遠くの山のほうをあごで差した。

「しゃあない。俺ちょっと行ってミノリを助けてくるわ」

「簡単に言うけど、大丈夫なのかよ」

さあなあ……まあ相手が一人と銀玉鉄砲なら、どうとでもできるだろう。俺は良太の疑問に曖昧に頷いていた。

「それまでレンレンのこと頼むわ。手荒なことすんなよ。帰ってきたら聞きたいこともあるし」

俺が自転車のほうに歩み寄ると、サッちゃんがまっすぐ近づいてきた。

差し出すその手には、彼女の改造エアガンが乗っていた。

「いや、俺銃は苦手だし。それはサッちゃんが持っていたほうがいい」

「だが、私は迷って肝心な時に引き金を引けなかった。私にはやはりこの銃は分不相応なのだ」

しおらしく首を振るサッちゃん。俺は自転車にまたがりながら、そのちょうどいい位置にある頭をそっとなでた。

「とどめの一撃は最後の最後で一発だけ出すもんだってね。心配すんな、俺はあそこで迷った人間らしいサッちゃんのほうが好きだよ。それよりあと頼むわ」

その時サッちゃんが俯いたのを、俺は了承と受け取った。

「私もコウくんのことは信頼しているし、き、嫌いではないのだ……だから、絶対に無事に帰ってくるのだぞ」

サッちゃんの顔が仄かに赤くなっていることに、その時俺は気づかなかった。

ただびっと二本指を立てて答える俺。

「おい……気をつけろよ」

背後からレンレンを連れてやってくる良太が、こちらも珍しくしおらしくなっている。

男の励ましはいらんけどな。

「はいはい、それより男一人だからってサッちゃんやレンレンに手出すなよ」

「だ、誰が出すか! お前はどうしてそんなに鈍いんだ……」

顔を真っ赤にして怒り出す良太を無視して、俺はハンドルを両手で握って前を向いた。

「レンレン、キューとマザーの話、帰ってきたらちゃんと聞かせてくれよ」

「山の中腹までは一本道。轍があるから道はわかるはず」

明快に答えるレンレンの声は、思ったよりもずっと冷静だった。

「ん、わかった。じゃな、しばらく三人で仲良くしてろよ。レンレンにご飯でも食べさせてやってくれ」

俺は足で地面を蹴って助走をつけると、そのまま自転車のペダルを漕ぎ始めた。

それはバイクのように勇壮でもスピーディーでもなく、背後から生ぬるい視線をずっと感じている気がするくらい、のろのろと動き出した。

いいんだよ、騒音で近所から苦情が来ることもないし、ガソリン切れて動かないこともない。

歩くよりもずっと負担が少なくて、あんまり頼りすぎると歩かなくなって、逆に足腰弱ってしまうくらい便利なんだぜ自転車って……。

俺の脳内では、ちりんちりんとベルが空虚に鳴っていた。

俺がなにかやると、どうしてこうも格好がつかないんだろうなあ。



 きこきこ。いつの時代に乗っても、自転車というのはこの音をさせるらしい。

俺は瓦礫の多い町を抜けて、山に向かう道を必死に漕ぎ進めていた。

坂はなだらかで、道も舗装されているのでそこまで苦しいわけではないが、やはり変速ギアくらいはつけて欲しかったぜママチャリ。

一応乗る姿勢が前かがみじゃないのは救いだ。

あの持ち手が横に伸びていて、やたらと前傾姿勢で乗る自転車、俺はあれが大の苦手なのだ。

手はグリップが握りにくくてバランスが取れなくなるし、視界も悪いから怖いのなんの。

やはり漢はママチャリ一択だよ。


などと変な俺オンリーのこだわりを発動している場合じゃない。

ひいこら言いながら、俺は地面についた轍をライトで照らしながら、その跡をたどっていた。

俺は適当なところまで来るとライトを消して、暗闇の中静かに自転車を走らせることにした。

シャーとか派手に音しちゃっている気もするが、それはもう仕方ない。

やがて遠くに灯りが見え始めて、俺は乱暴もの子のアジトらしき場所を見つけた。

暗闇でも見失わないように、目立つ場所に自転車を止めると、そこからは歩きだ。


 俺はこそこそと暗闇の中を進んだ。

こんなに暗い場所で動くことは中々ないので、とにかく進みが遅い。

それでもなんとか灯りが漏れている建物までたどり着くと、こっそりと中を覗いてみた。

そこは山の中腹に立てられた保養所のような建物らしい。

爆撃を受けてはいないが、灯りが漏れている部屋以外に人の気配は感じられない。

ここに二人でいたのか、レンレンともの子は。

俺は本当に息を殺して、そーっと一歩ずつその部屋へと近づいていく。

空き缶を転がしてがらんがらんとかやらないように、ぺたぺたとすり足で、一歩ずつ、外壁に手をつけながらの移動だ。

意外なことに、どうやらここは電気が使えるらしい。漏れている灯りは電灯のようだ。

近づくと段々話し声が聞こえてきた。一人はもちろんミノリの声だ。


「なんでこんなことするの?」

「しょうがねえ、向こうには男もいるからな。油断して襲われる前に、はっきり上下関係つけとかなきゃ、いつ酷い目に合わされるか。こんな状況で生き残るにはそれなりの覚悟がいるんだよ」

わけのわからん理屈だなあ。

だが女の子として、男を警戒するその気持ちはわからんでもない。俺はもの子だけは襲わないと断言できるが。

「怖かったのね……大丈夫、悪い子はいないから。今からでも遅くないから、みんなのところに戻ろう?」

「少なくともあの男の野郎をぼこぼこにして俺の舎弟にするまでは無理な相談だな。まあ見てろ。明日にゃ詫びいれさせて私がシマ仕切ってやるから」

おまえはどこのヤクザもんだよ。全く。

ていうかその男の野郎って俺のことも入っているのか、いや入っているんだろうな。

俺は決心してこそっと部屋を覗くと、ちょうどもの子が背を向けて椅子に座り、ミノリがこちらを向いているのが見えた。

ミノリはアイマスクをかけられていて、あれでは目が見えていないだろう。

手も縛られているのか後ろに回っていて、床に直に座っているおかげで、あのミニスカが思い切りめくれあがっていた。

パンツの柄はイチゴからくまさんに代わっていたが、あれは一体誰の着替えなんだ。良太の姉かなんかか?

おかげで俺はミノリに見咎められることなく偵察を終えた。

パンツはそんなに見ていない。ええ、決して。紐じゃなくて残念だとかそんなとこまで見てないよ。


 俺は顔を戻して、これからどうするか考えた。

が、俺の考えがまとまるよりも先に動いたのは、乱暴もの子のほうだった。

立ち上がると、闊歩して廊下へと出ていくもの子。

俺はもう一度こっそりと部屋の中を覗くと、もの子の足音が遠ざかるのを確認してから、そーっとミノリに声をかけた。

「ミノリ……無事か?」

「その声は……コウさんですか? はい、私は大丈夫」

「今助けに行く」

俺はそーっと窓の縁に手をかけると、そこをよじ登って部屋の中に侵入した。

なんということはないコンクリの建物の内部に入り込むと、しかし俺はすぐそばでミノリが縛られているのも忘れて、部屋の隅の一点を見つめていた。


これは……見覚えがあるこのフォルム、間違いない。

これはにゃんぴゅーた九八!

俺はあまりの感動に、その旧式のパーソナルコンピュータに見入ってしまった。

そうか……やはりここは地球、日本だったんだ。未来の日本だったんだな。


 にゃんこ電気株式会社が誇る国産家庭用パソコンの金字塔、にゃんぴゅーた九八は、かつて一時代を築いた名機だ。

当時の業界は「にゃんぴゅーたにあらずんばパソコンにあらず」とうそぶかれたほどに、にゃん九八一色だった。

それ以前から精力的に家庭用パソコンを製造していたにゃんこ電気が到達した、最終形態。

国内のメーカーも、こぞってこのにゃん九八規格のパソコンを発売していた。


その後本格的にグラフィカルユーザインタフェース(GUI)時代が到達し、マウス操作を基本とするWinBULLDOGSを擁する世界的なパソコン規格オスブイマシンにとって代わられることになったため、俺が大人になった頃には、旧世代コマンドラインユーザインタフェース(CUI)しか使えないにゃん九八は、すでに姿を消していた。

だがウィンブルドッグスがにゃん九八上で動くマサドス(MaSakari-Disk Operating System)を開発した会社のOSだったこともあって、両者の親和性は意外に高かった。

にゃん九八世代の先輩社員は、困ったことがあるとコンソールを開いて、そこでささっと問題を解決していたので、俺もちょっと羨ましくなったものだ。

そう、懐かしの鈴木美鈴先輩も父親の影響で子供の頃からよく触っていたらしく、若いのにその操作に習熟していた。

「面倒な時はこっちのほうがいいのよ」

と言いながら、俺にもいくつか使い方のコツを教えてくれたものだ。

そのおかげで俺もコンソールには大分触れたし、いっぱしの知識も得るようになった。

どちらかと言うと、習熟したのはウィンブルドッグスには移植されなかった、過去の名作エロゲーをプレイするためだったりしたが。

ハードディスク内のデータを全部強制的に消去してしまう有名なフォーマッコ(formacco)コマンドは、ウィンブルドッグス時代でも使われていたっけな。

よくイタズラ目的で、ネット上でもフォーマッコフォーマッコと連呼されたものだ。


 などと自分が知っていることになると途端に夢中になってしまうオタク心を擽られている間に、俺はいつの間にか、後頭部に重い感触を感じていた。

「忍び込んでくるとはいい度胸だな。どうやってバイクに追いつけたか知らないが」

あ……しまったあ。見つかってしまったよ。

俺は両手を上げて恭順を示すと、ゆっくりと背後を振り返ろうとしたが、そこでガチャっと銃が鳴ったので動きを止めた。

まあ銀玉鉄砲で撃たれたところで、どうなるもんでもないんだが。しっぺされるようなもんだ。

「抵抗はしないよ。それよりもの子さん。俺たちはあんたと戦う意志はないぜ。こんな形で遭難して恐がってるのはわかるけど、落ち着いて話し合おうじゃないか」

俺はなんとかそのまま振り向くと、目を真っ赤にして怒りに燃えている黒づくめの女と向かいあった。

「はん、男なんか信用できるかよ。だがちょうどいい。お前のことをここでぶっ殺しちまえば問題は解決だ。野郎だけは絶対に信じられねえからな」

「やめて!」

ミノリが悲痛な声を上げるが、俺は落ち着いてもの子の瞳を見返した。

「おいおい、頼むよ。俺だって女の子に手を上げたくないんだ」

すると俺の鼻先に来ていた銃口が逸れたかと思うと、ガオン! とけたたましい炸裂音を上げながら弾丸が発射された。

それは容易に背後の壁を撃ち抜き、かざ穴を空けていた。

俺はへなへなと床に崩れ落ちる。それ、銀玉鉄砲じゃなかったか……?

「女には手荒な真似はできねえが、男なら容赦はいらねえ。この鉛玉を食らわせてやるぜ」

よくよく見れば、それはさっき見た銃とデザインが違う。

ちくしょう、二丁持っていたのか。

やっぱりサッちゃんにエアガン、借りておくんだったな……あかん、これはあかん。

急速に走馬燈が見えてきたかも知れない。俺の人生、ここで終わってしまうのか。

「なんで、そんな男を嫌うんだよ、おまえ……」

「私はな、男が嫌いなんじゃない。だいっきらいなんだ! 自分たちのほうがよっぽどがさつで乱暴で暴力的なくせに、私をそんな風に罵って振りやがった。私だってロマンスに憧れる普通の女の子なのに、ちょっと空手でそいつをぶちのめしただけなのに、すぐ泣いて私をそんな風に言いやがって。しかも爆撃でいきなり死んでいなくなっちまうし、私はどうしたらいいんだよ、男なんてみんなだいっきらいだ!」


……ああ、もの子も相当こじらせてんなあ。

そういう話なら、俺のほうがよっぽど泣きたいわ。伊達に三十越えても一線越えられずにじっと一人寝の生活してないぞ。

しかしこんな完全にとばっちりで殺されるなんて、たまったもんじゃないな。

なんとか説得できないものか。


しかし腰が抜けて力が入らない俺では、もう力ずくってわけにもいかないしな。

そもそも銃には勝てないか。

ああ、どうしたらいいんだ……こう、ピンチになると目の奥がきらん☆とか光って不思議な力に目覚めて、弾丸すら指先でつまむとか超スピードで回避できればいいんだが、そんな都合のいい加速装置みたいな体じゃないしな。

どうあがいても俺はスーパーヒーローにはなれないらしい。

ドジなりに強いつもりだったけど、さすがに火事場の力で人の限界は超えられん。

だからって駄目じゃない、結構いいところもあるはずだったんだけどなあこの若いボディ。


などと自分で走馬燈を走らせていた俺の視界の端に、ゆらゆらと闘気の湯気が立っているのが見えた。

なんだ、あれ。

「私は、やめてって言いましたよ?」

気づけばミノリが立ち上がっている。そして普段は女の子っぽい肌の下に隠されている筋肉を膨張させると、ふん! と力をこめて、腕をくくるロープを引きちぎっていた。

「お、おい動くな。女の子相手に銃使うわけには……あーどうしたら」

もの子が振り返りミノリを確認すると、狼狽しながら手に持った銃をテーブルに置いて、ミノリを止めようとしている。

だがミノリは、かけられた目隠しを引きちぎって床に投げ捨てると、そのままもの子に向かって突進していた。

二人の影が交錯する。

「ちっ、こうなったら大人しくさせるしか……」

やっと本気になったらしいもの子が、腕を振り上げる。


しまった、ミノリは今得物を持っていない。空手が相手じゃ……

そう思った俺は、ミノリがもの子の正拳を華麗にかわして、そのまま手をつかむと、背負い投げの形に持っていく瞬間を、はっきりと目撃した。

ライダースーツのむっちりしたお尻が揺れたと思った次の瞬間には、思い切り背中を床に打ちつけるもの子。

そしてカールしたスカートからもろにパンツを見せているミノリは、それでも手を緩めずに、もの子の上にマウントすると、首に手をかけて絞め技に入っていた。

これ柔道だな、完全に。実践剣道はどこいったんだミノリ。それとも未来じゃ混合競技になっているのか。

「あ、やめて……助けて、お母さん……」

苦しみに喘ぐもの子は、最後にはお母さんの名前を呼びながら落ちていった。


これ、俺が来る意味なかったな。


「助けに来てくれてありがとうございます」

ミノリが息をついて椅子に腰かけると、疲れた様子でそれでも笑顔を見せた。

いやあ、助けに来たところを銃で脅されて、結局俺のほうが助けてもらったわけだけど。

「怪我なくてよかったよ。ロープ引きちぎった時は驚いたけど」

するとミノリは照れながら、スカートの裾を気にしてそれを押さえながら、軽く首を傾げた。

「実は逃げようと思えばいつでも逃げられたんです。彼女がなにをしようとしているのか、気になって見ていたので」

うん、いよいよ俺いらなかったわ。

道理であのミノリが簡単にさらわれたわけだ。余裕綽々じゃん。


 俺は銃から弾を抜いてそれをポケットにしまい無力化すると、もの子が目を覚ます前に、にゃん九八の端末の前に椅子を移動した。

部屋の片隅に打ち捨てられているそれは、スイッチを押すと簡単に起動する。

「なにをしているんです?」

ミノリが後ろから覗き込んでくる。

それは最近のマシンと違って起動にかかる時間がやけに長いので、俺は振り返ってミノリを見た。

「このコンピュータ、見覚えがあるんだ」

「え? じゃあ記憶戻ったんですか?」

そうか、記憶喪失設定だっけ俺。

「あー、うん。そうらしい。とにかくここは電気が生きているみたいだから、ちょっと動かしてみようと思って」

「それにしても随分古い機械ですね。それがコンピュータってこともわかりませんでした」

そりゃ無理もないだろうな。

すでにケータイスマホも通り越して、埋め込み式ターミナルを使っている未来じゃ、こんなどでかいマシンなんて化石に等しいだろう。

しかもこの頃のパソコンはひたすら重いんだよな。

多分重量は十キロじゃ効かない。

これはさらにモニタ一体型のマシンだし、動かすだけでも悲鳴上げるんじゃないだろうか。


 やがてメッセージが表示されたあと、真っ黒な画面に、ちかちかとカーソルが点滅する状態になる。文字は白だ。

これが起動後の入力待ちの状態。

だがミノリは

「これ遅いですね。まだ起動しないんだ」

とお約束のような反応を見せてくれる。

「いや、これが起動した状態だよ」

と言うと、え? という声が漏れるのが、背後から聞こえた。

俺はすでに薄くなった記憶を頼りに、なんとかコマンドを思い出してみる。

このコマンドを知らないと、こいつはなにもしてくれない。

マウスでアイコンをクリックとか、指でタップなんて使い方をする前の時代の代物なのだ。

とりあえず俺はファイルリストを表示するコマンドを打ち込んでみた。そして最後にリターンキーを押す。

ずらずらっといくつかのファイル名がリスト状に並ぶ。

初期設定を書き連ねたコンフィグファイルや、起動時に自動的に実行されるコマンドを記述する自動実行用ファイル。

ディレクトリもあるが、どうやら特にゲームはインストールされていないようだ。いや、それ目的にしている場合じゃないな今は。

「あの、なにかわかります?」

うーん、そうだな。

「いや、なにもわからないな。特にソフトがインストールされているようでもないし」

「ネットワークに繋がっていないんですか?」

「そんな仕組みはこのマシンにはないなあ」

そう、この頃のパソコンはスタンドアローンという一体で完結した作りになっていて、ネットワークからファイルや情報をダウンロードすることを前提としていない。

そもそもこの頃は、もっと未来なら普通にただで手に入るようなソフトも、全部一々自分でお店で買っていたんだよな。

そんなわけでこのパソコンは、本当にただ懐かしいというだけの代物で、なにもできはしなかった。

一応誰かがなにかを書き記したようなファイルがないかも探してみたが、なにもない。

 俺は本体の前面に二台取りつけられたフロッピーディスクドライブに、挿しっぱなしのフロッピーディスクが一枚あるのを見つけた。

半分だけ引き抜かれてそのままになっているそれを完全に引っこ抜くと、俺はその昔はよく見かけた黒くてひらべったいシャッターつきの、ちょっと重々しい代物をくるりと回してみた。


「なんです? それ。コンピュータの本体にしては大きいですけど」

さすが未来人の発想だな。

俺からすればこの頃のフロッピーディスクは、SDカードよりずっと重くてしかも記憶容量がすごく少ないくらいの発想だけど、未来人にとってはこの塊にコンピュータが入っていてもおかしくないってことか。

「これはデータ保存用のディスクだよ。これ一枚で容量一メガくらいかな」

「はぁ……」

生返事のミノリは、多分会話についてこれていない。まあ詳しく説明してもしょうがないか。

今の時代はメガキガテラのさらにどれくらい先に行っているんだろうな。

普通にエクサとかゼタくらいにはなっているのかな。そもそも容量を気にするような段階ですらないかも知れない。

ミノリの不明瞭な態度が、それを裏付けているように見える。


 そこで後ろからうーんという声が聞こえた。

どうやらもの子が目覚めたようだ。

俺たちはそれを聞くと、顔を見合わせて立ち上がる。

ミノリは先にもの子のほうへと近寄っていった。

俺も手にしていたディスクをポケットにしまうと、そのミノリの背中を追う。

「うう……やられちまったな。しょうがない。もう好きにしろ。私の負けだ」

しおらしく首を振って、俺たちに憐れみを乞うような視線を向けるもの子。

いやずっともの子って言ってるけど、そういや名前聞いてなかったな。

「俺たちは最初からお前と戦う気なんかないって。こんな大変な時なんだ。みんなで協力しようぜ、俺はコウ。こっちはミノリ。まずは名前教えてくれよ」

俺は手を差し伸べてもの子に微笑みかけた。

俺の態度に、もの子は見るからに戸惑ってみせる。

ミノリが後ろから笑顔を見せると、ひ、とあとずさろうとした。どうやらもの子はミノリには恐怖を覚えたらしい。

もうミノリがボスザルでいいんじゃないかな……この集まり。

とか言いたくなったが、言うと今度は俺がミノリに絞め落とされそうだから、やめておこう。

もうミノリにやられるのはあの一撃だけでたくさんだよ。


 仕方なく、渋々、嫌々という態度を露わにしながら、もの子は手を差し出して、俺のそれと重ねた。

俺はその手を握ると、ゆっくり引き上げて立ち上がる手助けをしてやった。

その時、もの子の腰が砕けたように脚がよろめいたので、俺はすかさず下からすくい上げるようにもの子を抱き留めようとした。

それがまずかった。

「あ……」

「んー……!」

俺たちは正面から抱き合いながら、思わず唇を合わせてしまっていた。

それでさらに腰砕けになるもの子の体を支えようとするのが優先してしまう俺。

そのおかげで、もの子は最初は驚いていたのに、段々目を閉じて俺に寄りかかってくるようになってしまう。

いやそうじゃなくて。

べり、と間に挟まるミノリが、俺たちを引き剥がす。

「なにしてるの! はなれなさーい」

俺は呆然としていた。

ぼーっと見つめ返してくるもの子の目に、ハートマークが浮かんでいる様子が、目に浮かぶようだった。

「いきなりこんなことしやがって……責任、取れよ」


はぁ!?

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