第1節 究極の選択
上手くいかないときってありますよね。
人の幸福を奪い取って、不幸にする・・・そんな神はいらないです。
でも、貧乏神が憑いているんじゃないかと思うぐらい
辛い瞬間は、誰にでもあります。
うー、腹減った。
今、俺は、究極の選択を迫られていた。
おいおい、う〇こ味のカレーとか、カレー味のう〇こ・・・そんなんじゃねぇよ・・・
今財布の中に千円しかない。自慢じゃないが、それだけだ。
聴いてくれよ、ブラザー。
会社をクビになったのがもう1年前。失業保険も切れたし、なぜかハロワでも全く採用されず、バイトもすぐクビ。なんか呪われてる。
もともと貯金なんてできるような給料じゃなかったしな・・・もう最後の千円を郵便局からおろしたわけだ。
詰んだな・・・
で、もうどうにもできなくなったので、ここ新宿から最後の頼みの綱、八王子に住んでるとおもわれる実の母親に会いにいこうか迷ってるわけだ。
母親とは小学校の時からあってない。まぁ、色々あって、俺は施設で暮らすことになった。最初は会いにきてくれたが、数年したら音沙汰がなくなった。小5の時に届いたクリスマスカードで住所がわかってるだけ。で、捨てられずにずっともっているカードに載ってる住所にいってみようと思うんだ。
もうとっぷりと日も暮れてるし、部屋は家賃滞納で外からロックされてて帰れない。
でも、もう昨日から何も食ってないからさ、なにか食べたいんだ。目の前に有名なラーメン屋がある。行列できるとこなんだけど、誰も並んでいない。それどころか客もいないぞ。チャンスじゃん。
ああ、もうラーメン食って、体力が続く限り八王子まで歩くか・・・
ここのラーメン一度食べてみたかったんだけど、1,000円はするからな。八王子まで往復で1,000円なんだからさ。食べれば歩くしかない。すげー遠い。歩ける訳ないよな・・・途方にくれるとはこれか・・・すでに散々なわけだけど。
というわけで、さっきから人生の岐路で、究極の選択を強いられているわけだ。
あれ、だれかラーメン屋の前でしゃがんでるな・・・きたねぇジジイだなぁ・・・
道路をわたり、ラーメン屋の前までにいってみると、店の前に置かれたごみ袋を開けて残飯を食べてる。うはぁ・・・やばいの見ちゃったよ。きっと俺も、こんなになっちゃうんだよな。
小さく呟いたつもりだったが、ホームレスさんに聴こえちゃったようだ。ごめんなさい。ごめんなさい。でも、俺だって・・・あんたと変わらないんだよ。目の前の線をまたぐかどうかの違いさ。
ホームレスさんは、すっと立ち上がって、微笑んで話しかけてきた。うわ、ニコニコしながら包丁でグサッと刺すとかやめてよ・・・
「おぬし、とうとうワシが見えるまでになったか・・・成長したのう・・・」
どういうことだ。その爺さんは俺にそっくりだ。いや、俺が年取った感じだ。
「おいおい、そんな顔してワシをみるな。おぬしは、わしに似てるじゃろ?つまり、おぬしは千年に一人の逸材で、わしと一心同体のような存在なのじゃ」
俺は呆然とした。千年に一人の美少女とかなら嬉しいが、千年に一人の貧乏神にクリソツな男って、嬉しくもなんともねぇじゃねえか・・・
「ふ、ふ、ふざけるな!じじい」
「ふざけるだなんて、心外じゃぁ・・・わしが見えるということは、時が満ちたということだ。おぬしが生まれてこの方、ずっとおぬしの側にいて、ずっと幸せを吸わせてもらった甲斐があったのう。おぬしは稀にみる素晴らしい幸せの持ち主だったのだ。普通の人間ならわしに吸われたらすぐに死んでしまうが、おぬしのお陰でわしは吸い続けて満願かない、転生することとなった。
来世はかわいこちゃんに、なりたいのぅ。もう残飯ばかり食うのは飽き飽きじゃよ。最近の残飯は人工甘味料とか遺伝子組み換え作物とか、残留農薬とか、体に悪いものばかりだからな。さすがにわしも毒の蓄積で手元がおぼつかなくなってきたのじゃよ」
そういって貧乏神は、どこからか杖を出してきた。よく賢者がもってるようなあれだ。
「では、おぬしも覚悟せい。これからはおぬしが貧乏神じゃ!引継ぎを行うぞ。呪文を唱えるからの・・・ノウナシ、カネナシ、ウンノツキ、貧乏になあれ。えーい」
「ちょ、ちょまてよ。なんだその適当な呪文は」あれ、今おれキムタク風だったな・・・
しまった。なんか貧乏神の術が発動したようだ。目の前が絵具を混ぜているようにぐるぐるしてきた。うわー嫌だ。俺のみじめな人生はみんなこいつのせいだったのか。しかも、こんなに苦しんだ結果、俺が貧乏神になるのかよ。究極の貧乏くじじゃねぇか。
「今生の別れじゃ。あはよ。ニュー貧乏神」
くそー最後の最後まで、むかつくじじいだった。
気づいたら、俺は白いローブを着て立っていた。
ああ、貧乏神になっちまったのか。あの神が着てた服って最初はこんなに白かったのか・・・
なんか、もうふっきれている俺がいた。まぁ部屋にも戻れないし、母親だってずっとそこに住んでるとは思えないし。会ってくれないかもだし・・・自暴自棄にもなりますよ。
なんかずっと握りつづけていたものを諦めてリリースするような感覚だ。楽になったよ。重荷を下ろすってこれなんだろうな。ホームレスになるってそういう感じらしい。新宿の公園であった人が言ってた。その人は小奇麗だったけどね。一線は超えたら楽になるってやつさ。
しかし、ここはどこなんだ?
「おやおや、手違いがあったようですね」
声に振り返ると、すごく美しい女性が立っていた。
「ど。ど。どなたですか・・・」
「私はこの世界の生をつかさどる女神です」
「め、女神様ですか・・・」
思わず俺はひざまずいた。
「あ、あの、ここって、この世界ってどこなのですか?」
「あなたは、あなたの世界で貧乏神に魅入られ、その跡継ぎに選ばれたのですが、貧乏神があなたを踏み台にして転生する際に、誤って貴方まで転生させてしまったようです。・・・
あなたは、そのままの姿で、霊として、あなたの世界で貧乏神として存在する予定でしたが、貧乏神の能力はそのままに、人間としてこの世界にその姿で転生してしまったのです」
女神さまは済まなそうに眼を伏せた。そして少し迷いながら先を続けた。
「あなたは、死ぬまで、こちらの世界から出ることができません。それに、すでにあちらの世界での命を失っているため、元に戻ることはできないでしょう。あなたの体は抜け殻として、あなたが立っていた場所に打ち捨てられているはずです」
なんか随分他人事のようだ。しまった。死んじゃったのか俺。パンツずっと履き替えてなかった・・・行倒れじゃん。ラーメン屋の前の死体、所持金千円。汚いパンツに生活の苦しさが忍ばれるって明日の新聞にのるぞ。面白がるバカにすぐにネットで実名拡散されそうだ。俺は母親がどう思うか気になっていた。悲しんでくれるだろうか・・・
「そ、そんな・・・。私はどうすればいいのでしょうか」
「一つありうるのは、貧乏神が、この世界に赤子として転生しましたから、その赤子を見つけることができれば、もしかすると、力がその子に戻るか、力のみ、あちらの世界に戻り、あなたはこちらの世界で普通の人間に戻れるかもしれません。
または、その赤子と結婚し、子供をもうけることで、あなたの神の力は、生まれる子に受け継がれ、その子が子をなさず死ねば、力があちらの世界に戻るかもしれません。いずれにせよ、あなたはこの世界からは逃れられないですが、あちらの神の力をこちらの世界にとどめておくことはなりませぬ。こちらには豊穣の神や、商売繁盛の神はいますが、貧乏神はいないため、あなたの存在は途方もない規格外の力になるのです」
なんかひどくないですか・・・究極の選択より悪いじゃん。当たりくじ無し。どっちに転んでも詰み。まして元貧乏神で、俺にクリソツな女の子を探せって、罰ゲームですか?
女神さまは俺の心を読んでいった。
「お気の毒ですが、あなたが悪いのではないのですが、あなたと元貧乏神には、あちらの貧乏神の能力をあちらの世界に戻す義務があります」
「女神様のお力では・・・」
「できればよかったのですが、穏便に戻すためには、あなたから命を奪わなければなりません。あなたが悪いことでもすれば必罰の摂理で殺せるのですが。しかも殺しても力はこの世界に残り、転生した赤子の貧乏神に移るだけかもしれません。なにしろ前例がないので・・・」
美しい顔してひどいことを平気でいうな・・・しまった心が読めるんだった。
女神様はニコニコして言った。
「あなたの負の力は、闇の神をも凌ぐでしょう。まぁ使い方によってはうまく生き残ることができるかもしれません。頑張ってください。もう質問がなければ、あなたを下界に送ります。よろしいですか」
「え、このままいくんですか?」
「時間がないのです。今、この瞬間も多くの命が生まれようとしていて、あなたのせいで大渋滞なのです」
「す、すいません」
「では、行先はランダムに決まりますので、公平ですよ。では、ごきげんよう」
「ちょ、ちょまてよ」またキムタクやってしまった・・・大事な時なのに・・・
目の前が白くかすんできた。気が付くと俺は、千人以上の戦士たちが向かい合って、今まさに戦闘が始まりそうな戦場のど真ん中に一人で立っていた。
おいおいおい、生まれ変わったのに、また貧乏くじかよ・・・しかもこの白い服って割る目立ちしてませんか・・・
なんだかな設定ですみません。
でも・・・
ラーメン屋で残飯を両手でつまんで食べていた人を、
実際に新宿3丁目で見てしまいました。
でも、それが日本の現実なんですよね・・・
なんとかしたいです。