シェパード・ボール決勝戦②
決勝戦後半は、東京校がボールを保持した状態から始まった。
前半での直夜の頑張りを見ていた攻撃陣は、何とか1点でも取るという思いで相手ゴールを目指したが、強い意志だけでは理想を叶えることは難しい。何より、彼らが相対しているのは、この国で最も優れていると言われる魔法使い集団——「七元素」の嫡男なのだから。
東京校チームの必死の抵抗も虚しく、瞬く間にボールは涼に奪われ、彼が猛攻を仕掛けた前半の再現が始まろうとしていた。
ただ1つだけ異なる点があった。前半ではまるで雨の如く東京校のゴールにボールを浴びせ続けていたのだが、今回は大きな溜めを作っていた。
(なぁ、百瀬。お前はもう十分仕事をした。たがらこそ、最後は全力で叩きのめす!)
交流戦期間内で涼が見せた、最大の魔力の増幅。その魔力だけで彼の体の周りには風が吹き始めていた。
軽く地面を蹴ると、数メートル浮遊し、空中で止まる。アイマスクで目元は隠されていたが、彼の意識と体は確かにゴールの正面で待ち構える直夜へと向いていた。
「行くぞ百瀬! これで最後だ!」
「来い!」
最大限まで高められた魔力を解放するとともに解き放たれたボールは、涼の風魔法が作用することでどんどん加速しながら直夜へと向かって行く。その軌跡を、他の選手はただ見上げることしか出来なかった。少しでも手を触れようものなら大事故になってしまう。それほどまでに危険な存在が「七元素」なのだ。その自覚があるからこそ、涼は空を飛び、ボールの軌道を彼と直夜以外に触れられないようにしたのだ。
誰の手出しもできない状況で、直夜は己へと向かってくる隕石のようなボールを集中力の切れかかった頭で眺めていた。
ボールの大きさは競技中に1度も変化していないが、纏った涼の魔力と勢いで何倍にも、何十倍にも直夜には大きく見えた。
「これが、『七元素』の全力……蒼真が見ている世界……そして、自分も越えなきゃいけない壁だ!」
全力には全力で返す。直夜が取ることを決めた最後の手段。彼は拳を握り固めると、全神経と全魔力を集中させた。無属性魔法・身体性質変換・槍形態。彼が持つ最大火力で迎え撃つ。
「負けてたまるかぁ!」
突き出した拳は、ボールの中心にヒットした。しかし、勢いは止まらない。吹き荒れる風と涼が放ったボールの威力が掛け合わされ、直夜は信じられないほどの重みを全身に感じていた。
何とか抵抗するものの、彼の体はジリジリとゴールへと後退させられている。踏ん張る足が地面を削り、土が風で飛んで服を汚す。
「くっそ……」
歯を食いしばって耐えようが、直夜の元へ駆けつけてくれる味方はいない。ボールを中心に吹く風が、他者を寄せ付けないからだ。
そんな彼の支えになっているのが、自らの主人の姿だ。強く気高い孤高の白鬼。常に自分達を導いてくれる存在。直夜はその主人の「守護者」である。蒼真の側に立つ者が、敗北を簡単に受け入れていいはずがない。
「うぉぉぉ!! 自分は、負けない!!」
痛む腕を懸命に振り切った。
風は止み、会場内は静寂に包まれた。
ただ1つだけ小さく起きた音は、全力を使い果たした直夜が倒れる音のみだ。
ボールは名古屋校のゴールを突き破り、コートから離れた位置で転がっていた。
東京校、一点先取。
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先制した東京校チームだったが、倒れた直夜が交代し、守備に大きな穴ができたことでリードを守りきれず、最終スコア2対1で敗北した。
一時的にとはいえ、「七元素」所属のチームからリード点を奪った直夜はというと、腕をギプスで固められていた。「七元素」の魔法を腕一本で受け止め、弾き返したのだから無傷で済むわけがなく、彼の腕にはところどころにヒビが入っていた。ただ、普通の魔法使いが彼と同じことをしようものならば、ヒビどころでは済まず半身が吹き飛んでいたことだろう。これも彼の頑丈さ故と言うべきだろうか。
直夜を含め、東京校の面々は敗北したとはいえ、「七元素」率いるチームに善戦し、準優勝という良い結果が得られたことから、満足気な表情をしていた。
優勝した名古屋校も概ね同じようだったが、ただ1人、涼だけは複雑な心境であった。
(勝ったはいいが、逆転したのは百瀬が退場してからだ。あいつが最後まで残っていたなら、結果はどうなっていたんだろうな)
直夜の体力は後半開始時点で限界寸前であり、必ずしも名古屋校の勝利という結末が変わっていたという保証はない。
ただアサルト・ボーダーに引き続き、シェパード・ボールでも「無元素」が「七元素」の脳内に残るほどの鮮烈な記憶を縫い付けた。
このことが後に、日本の魔法界を少しずつ変えていくこととなる。