アサルト・ボーダー⑦
「ウラァァ!」
暴走戦車の如く、体の前に土魔法による障壁を生み出しながら、岳はまだ姿の見えぬ敵を追いかけていた。
生い茂る木々は、その障壁に触れるだけでミシミシと音を立ててへし折れて土埃を巻き上げる。
いくら待てど暮らせど自分の前に現れようとしない蒼真に対し、怒りはまだ治らないものの、岳少し冷静さを取り戻す。
「……そう言うことかいな。オレを自分の魔法で隔離して時間切れを狙おうって魂胆やろ。しょーもない」
岳は歩みを止めると、周囲を見渡した。魔力感知がうまく働かない今、信用できるのは自分の五感のみである。
魔法使いは普段、能力の優劣はあれど無意識のうちに魔力感知を行っている。いわゆる第六感である。
その感覚が急に遮断されると、少なからず弊害が出るものだ。
「もう追いかけっこもやめにしようや。興が醒めたわ。……いや待てよ、なんかおかしいぞ」
再びキョロキョロと周りの木々を確認した岳は、ある違和感に辿り着いた。
怒りに囚われたままでは見えなかったものが。
「……何で木が一本も倒れてへんねん!? それにこの景色……」
蒼真に向けた攻撃や、怒りのままに発動した魔法で手の届く範囲の樹木を切り倒していた感覚は確かに岳の体に残っている。が、その証拠たる抉れた地面や倒れた木々は一切残っておらず、試合が始まった瞬間と同じ深い森が立ち込めていた。
蒼真が取った2つ目の策。それは、試合開始の合図とともにこのフィールドに発動された地形を変える魔法を読み取り、岳の意識の隙をついて上書きすることだ。
魔法的な感覚を奪い、方向感覚も奪う。鬼人化を使わない蒼真が、格上の相手である「七元素」と戦い勝利を望むのならば、常に複数の手段を用意しておくものだ。
「何なんや、これ……オレはホンマに誰かと戦ってるんか?」
見えざる敵と予想外の戦法に警戒心を最大まで高めた岳が、一歩ずつゆっくりと後退りしていくと何かが彼の踵に触れた。
「ひっ! 今度は何や!」
飛ぶように振り返ると、そこにあったのは試合開始直後に戦闘不能になったチームメンバーの無惨に倒れた姿だった。
つまり、岳は蒼真を縦横無尽に追い回していたようで、実は蒼真に行動を全て管理され、ほとんど動くことなくその場で留まらされていたのだ。
「何なんや……何なんやお前は!」
「恐れが見えるぞ」
敵の不安定になった心を蒼真は見逃さない。
足元の悪い中、音を立てず岳の背後に忍び寄ると、彼が認識するよりも早く首元に腕を回し入れ、スリーパーホールドを極めた。
(このオレが背後を取られたやと!?)
生まれてこの方敗けを知らない岳に忍び寄る敗北の気配。腕は縄で絡め取られたように動きを制限され、脚は沼に沈んだように重く感じる。
(クソッ! こんなもん俺の魔法で——っ!)
「無駄だ。お前の魔法は封じさせてもらった」
(何!? そ、そんなことが……)
首を絞められ、呻き声しか出せなくなった岳の思考を読み取ったかのような蒼真の返答。それはこの状況を打破しようと岳が魔法を発動しようとした兆候を肌で感じたためだった。
通常、蒼真の能力では人の中の魔力を自在に操ることはできない。
だが直接相手に触れ、心と魔力が不安定になっている今、少し魔力を乱してやることくらいはできる。今の岳に対しては、この程度の処置であってもパニックを起こすほどの大きな影響を及ぼしていた。
体内の魔力をかき乱されれば、内臓を揺さぶられるような不快感に襲われる。その感覚も、恐怖と脳への酸素不足による意識の薄れで鈍り、岳は気づくことが出来なかった。
「お前の敗因は実践不足だ。実力だけで言えば俺より『七元素』の方が高い。この辺でチュートリアルは終わりにしようか」
消えゆく意識の中、ついには岳は対戦相手の真の姿を見ることは無かった。




