天狗と雷
「ハァ、ハァ……」
2人の最後の攻撃。
1人は廃ビルの壁に背中を強打し、力無く項垂れている。もう1人は息を切らせながら、震える足をなんとか立て直し、空を見上げる。
「……勝った、のか……?」
立っている自分、そして倒れている相手を確認して、一対一の勝負に勝利したことを理解した。
一歩一歩ゆっくりと、だが着実に倒れた敗者に向けて勝者は歩き出す。崩れ落ちそうな体に鞭を打ち、時に歩みを止めながら横たわる相手のすぐ前に立つ。
「……おい。起きろよ」
頬を軽く叩くが、目を開かない。
「起きろと言っている! 鞍馬崇!」
刹那は倒れた崇の胸ぐらを掴み上げ、揺さぶりながら叫ぶ。
「……どうした? 勝ったやつの顔には見えないが」
「どうしたもこうしたもないだろ! まだ勝負はついていない。早く自分の足で立って俺と戦えよ!」
怒りで顔を真っ赤に染め上げ、刹那は互いの額が触れそうな距離にまで崇の体を持ち上げた。
「勝負ならもうついてる。ほら、聞こえるだろ。準決勝はもう終わった」
会場中に響き渡ったアナウンスは、熊本校と盛岡校の大将が敗れ去り、名古屋校の決勝戦進出が確定したことを告げていた。
「離してくれよ。俺はお前に負けたんだ」
「負けた、だと……。ふざけるなよ。じゃあ何で……何で最後の最後に手を抜いた!」
勝者が悔しさと怒りの入り混じった表情で問い詰め、敗者が飄々とされるがままに揺り動かされている。この光景だけを見れば、2人の勝負の結末を取り違えてしまうことだろう。
「お前があの時手を止めなければ、勝っていたのはお前だろうが!」
崇の掌底と刹那の魔法。明らかに刹那の出だしが遅く、彼は敗北を覚悟した。
だが、崇の攻撃は刹那の顎に触れる寸前で止められていた。
焼き付けられた恐怖を振り払うかのようなフルスイングで放たれた「雷槌」が崇の腰にクリーンヒットし、数メートル先の壁にヒビを入れるほどのダメージを与えた。当たりどころを示すかのように、雷属性攻撃魔法特有の焦げた跡がくっきりと残っている。
「初めて純粋に本気でぶつかり合える勝負を楽しめる相手と出会えたと思ったのに……お前は俺との勝負を愚弄したんだ」
「……それは悪かったな。だが、俺が勝つわけにはいかなかった。決勝に残るのはお前と蒼真だ」
崇は胸元に伸びた刹那の腕を優しく振り解くと、真っ直ぐに彼の目を見据えた。
「お前さ、ただの女好きってわけでもないんだろ? おおかた雷電家の発展のために、優れた魔法使いの嫁を探すことを義務付けられてる……違うか?」
「まぁ、そんなところですかね。大きくは違いません。俺は『七元素』の雷電刹那だ。幼い頃から雷電家の魔法使いであることを命じられてきました」
刹那を縛るしがらみ。術師には術師の使命があるように、「七元素」には「七元素」の使命がある。力を持って生まれ、その力をうまく使いこなし次世代へ紡ぐ。日本の今の社会を継続させるために、「七元素」は強力で強大な魔法使いの一族でい続けなければならないのだ。
「お前ほどの立場となれば、事情があるのも理解できる。だがな、氷雨白雪は——あの子だけはやめておいた方がいい。本当の意味であの子を制御できる者は1人としていない。お前も、蒼真も含めてな」
会場にかけられていた魔法が解け、建物が並ぶフィールドは元の無機質な広場へと戻っていく。第1試合が終わり、次の1戦のための準備が始まるのだ。
崇は後輩魔法使いの肩に軽く手を置くと、会場から去るべく歩き出す。
「待ってください。あなたは——」
「そうだ。決勝に行けば、蒼真と戦うことになる。スイッチの入ったあいつは俺ほど甘くないぞ。最初から本気でいかないと怪我するから気をつけな」
刹那の言葉を遮り、崇はどんどん彼から離れて行く。
激しい戦いで汚れ、焼き焦げた背中には敗北の悲しみはなく、満足感が漂っていた。
「鞍馬さん! また来年、楽しみにしていますから!」
刹那は1年生で、崇は2年生。交流戦で戦う機会があるのも、あと1回限りだ。
思わぬ好敵手、それも「無元素」からの出現と、戦いを通じて刹那の心境は大きく塗り替えられていた。




