アサルト・ボーダー⑤
刹那と崇の間の距離は約10メートル。補助装置を手にし、向かい合う2人に緊張が走る。
ここまでどちらも全力を出しておらず、互いに力量を計りかねている。先手を打つべきか、相手の動きを見ながら体勢を整えるべきなのか、2人は選択を強いられていた。
なかなか動き出せない時間が続き、風に乗せて周囲の戦闘音が運ばれてくる。だが、2人の耳には入らない。目の前の相手の姿しか見えてはいないのだ。
「電磁結界」
「支那都比古」
2人を中心としたドーム状に発動された、雷の魔法と風の術。中間地点でぶつかり合うと、互いに相手の魔法を押し返そうと半球が歪んだ。
「俺の魔法に対抗できるんですね。流石ですよ。これほどの使い手は数えるほどしか見たことはありません」
「安心しろよ。俺くらいの魔法使いなら、今後いくらでも現れるさ。世界は広いからな」
「それは楽しみですね。でも、今も十分すぎるほど楽しいですよ!」
他者が介入できないほどに高出力の魔法を放っておきながら、まだ話す余裕がある。むしろ、高いレベルで力をぶつけられる相手が現れたことに歓喜すら覚えていた。
「まだ倒れないでくださいよ。まだまだこれからが本番ですから!」
刹那は補助装置を持つ手を空に掲げた。すると、2人の頭上——発動した魔法でできた2つの半球よりも更に上空に巨大な魔法陣が徐々に形作られていく。
会場中の魔素を吸い上げながら生成される雷属性の魔法陣は、交流戦史上指折りの規模を誇るまでに拡張される。
「大丈夫か? これだけの魔法を使ったら、規則違反で反則負けになるかもしれないぞ」
巨大な魔法陣を見上げながら、崇は忠告する。流石の彼でも、直撃すればひとたまりもないことは容易に予想できる。
「心配しないでください。この競技のルールでは、過剰な威力の魔法は禁止されていますが、今回は該当しませんよ」
「何でだよ。『七元素』ともあろう者が、一般魔法使いに出す魔法じゃないだろ」
「その『七元素』を地面に転がして、拮抗した魔法を使っているのはどこの誰なんでしょうね」
ニヤリと笑いながら、刹那はつい先刻ばかり前の自分を思い返していた。
ライバルは土岐岳を擁する大阪校のみだと決めつけ、勝負を舐めていた自身を思い切り殴りつけてやりたいと。
そして目の前に無名の強者が現れ、柄にもなく力比べを楽しんでいると伝えてやりたいと。
「さぁ、決着をつけましょう。時間切れなんてつまらない結末は、お互い嫌でしょう」
刹那は掲げていた腕を振り下ろした。
魔法陣が淡く光ると、無数の雷が雨のように降り注いだ。
この魔法の名は「雷」。北欧の神の名を冠するに相応しく、その攻撃は広範囲に及び、「七元素」の魔力も相まって凄まじい威力を持つ。
雷は崇の「志那都比古」で作られた風のドームを突き抜け、術師へ襲いかかる。
「終わりですよ」
「勝手に終わらせるな。まだ盛り上がりが足りないだろうが!」
崇は術を解除すると、雷の降る中刹那へ向けて走り出した。
まるで雷が落ちてくる位置がわかっているかのように、彼は直撃を避けながら足を回すスピードを落とさない。服の端に焦げ跡がついているが、意にも介さない。
(なんて人だ……何故この人が、今まで全く名前が知られていなかったんだ……もしかして、あいつも……)
異常なほどの強さを見せる崇を眼前に、刹那は「七元素」に対して萎縮もせず立ち塞がってきた蒼真の姿が脳裏に浮かんだ。
「集中しろよ。お前の相手は、今目の前にいるぞ」
刹那の意識が一瞬逸れた間に、崇は電磁結界の中へと侵入していた。
強化魔法を使っているとはいえ、この中で動き回ることができる魔法使いは限られている。普通ならば数分も持たずに消し炭だ。
電磁結界の半径は刹那を中心に約5メートル。雷を避けながら結界中を走る崇と刹那との距離はかなり縮まっていた。つまり、崇の射程圏内だ。
「ま、まずい——」
急接近してきた崇が繰り出す顔面への掌底。一瞬遅れて刹那は雷魔法「雷槌」を発動した。