アサルト・ボーダー②
前日、競技場にて捜索していた謎の視線の主を見つけることができず、蒼真はモヤモヤした感情を胸に抱きながらも、アサルト・ボーダー準決勝に向けて選手待機場で試合前ミーティングに参加していた。
「——おい、結城。大丈夫か?」
「……すみません。少し考え事をしていました」
春から数えて2度目のチャンスを棒に振り、昨日の件を気にしないように意識付けていた蒼真であったが、裏社会に身を置く自分が何らかの標的となっているこの状況は安心できることではなかった。
「そうか……ただ、今日の試合はお前が勝負の要だ。頼むぞ」
目の前の試合のことなどそっちのけで厳しい顔をする蒼真の背中を、激励の意味を込めて一彦は軽く叩く。
そんな生徒会の先輩後輩の微笑ましい光景を、遥人は穏やかな眼差しで見つめていた。
彼は恵から蒼真への、「七元素」に勝利するという依頼について、あらかじめ一彦と共に聞いていた。依頼主である恵も、蒼真が「七元素」に対して勝ちきることができると確信するまでに至っているわけではない。ただ生徒会長としての立場があり、彼女は東京校の総合優勝に向けて力を尽くさなければならない。そこで予備のプランとして、最上級生の2人に自分の狙いを話し、対「七元素」に向けて勝率を少しでも上げるべく動いていたのだ。
(さぁ、結城君。君は一体、どんな風を僕に見せてくれるのかな?)
遥人は蒼真が優れた魔法使いであると、競技練習や本番を観察することで確信している。だが、今日の試合で彼が岳に勝てるとは思っていない。
そもそも、遥人は「七元素」に対して特別な地位であるという意識を持っている。彼と同じ属性である東風家の魔法使いは、自分では太刀打ちできないほどの技能があり、彼らを出し抜いてまで「七元素」に自分達風前家が上り詰めてやろうというモチベーションは無い。
その点では、他者への敵愾心を剥き出しにして自らの強さを追い求め、高みを目指す炎珠の精神には感心するばかりである。
(今年の1年生は誰かに期待されるだけの何かを持っているようだね。個性の強い彼らを率いるのは大変だろうけど、準決勝の間は君に任せるよ、赤木君。僕はこの先を見据えて動かさせてもらうよ)
遥人の準決勝での役目は守備と後方支援である。1ポイントを守り抜くための布陣を敷き、相手を迎え撃つ。1回戦のように初めから全開でポイントを奪いに行く戦法では、攻めてきた土岐岳に各個撃破されてしまう恐れがあるからだ。
攻撃役に選ばれた炎珠を中心に打ち合わせが行われている横で、遥人は待機場の壁に設置されている大型モニターで今始まろうとしている準決勝第1試合の様子を、隅々まで情報を見落とすことのないように、注意深く観察することに意識を向けた。
この試合で勝っても負けてもまだ競技は続く。目先のことに全力を尽くすことも大切だが、誰かがもっと未来を見据えておくことも重要な役割の1つなのだ。
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準決勝第1試合。名古屋校対盛岡校対熊本校。
3校のうち、勝ち残った1校のみが決勝戦に進み、残りの2校は総合優勝に関わる得点を獲得するための3位決定戦に臨むこととなる。
周囲の見立てでは、「七元素」同士の決勝戦となるだろうとのことで、この第1試合では直接観客席まで足を運んでいる者は1回戦の時よりも少なく、盛り上がりも控えめである。
それも仕方のないことで、優勝候補の名古屋校に対するのが交流戦前まで全く名前の挙がらなかった盛岡校と熊本校だからである。今年は4人もの「七元素」に話題が持ちきりで、「七元素」はおろか「副元素」ですらほとんどいない学校が見向きもされないのは仕方がないと言える。
これが同じく「七元素」を擁する大阪校や、前年優勝校の東京校が対戦相手として組み合わせられていたならば注目度も上がり、さらなる盛り上がりを見せたことだろう。そのためか、この日のアサルト・ボーダー準決勝は第2試合の方に注目が集まり、第1試合は名古屋校が決勝戦に向けた調整のように観客達には捉えられていた。
だが、そのような前段階での情報や外野のコメントは選手達には関係が無い。「七元素」という高くそびえ立つ壁に怯むことはあれど、学校を背負い1回戦を勝ち抜いてきた者達だ。隙があれば勝ちを狙う気持ちはある。
ただし、名古屋校にも油断はない。これは大阪校にも言えることだが、「七元素」が所属する以上は勝って当然という、周囲の人間によって生み出された空気は目には見えないプレッシャーを生み、思考や体の動きを鈍らせる。その重いプレッシャーを跳ね除けることができるのは、相応の努力を積んできた者、そして他者とは異なる圧倒的な力を持つ者だ。
この試合での主役——刹那は後者であった。
「さぁ、勝ちに行こうか」
仲間達に短く呼びかけると、光の中へと彼は足を踏み出した。




