アサルト・ボーダー①
翌日、ついに蒼真達東京校チームの初戦が行われる。
アサルト・ボーダーの会場は、普段魔法自衛隊が野外演習場として活用している広い敷地。ここに魔法で森や街を投影することで、より実戦に近い環境を作り出すことができる。この技術は、規模が異なるとはいえ蒼真達の家の地下室のものと同じであり、金や力のある魔法使いなら珍しいものではない。
「準備はいいか」
各チームが所定の場所につき、競技開始まで5分間の長いカウントダウンが始まった。
今一度、一彦は全員に一言ずつ声をかけ、集中力を高めさせる。特に、2年生の2人は緊張で手が震えていた。
「俺達は昨年王者、東京魔法高校の代表者だ。今年も良い結果を残すことを期待されている。だが、気負う必要はない。自分がその時にできるベストを尽くせばいい。幸いにも、フォローしてくれる奴らがいるからな」
「ほら、大丈夫。僕達がいる。前を向いて、深呼吸して。気持ちをゆっくり落ち着けよう」
1、2年生の前で頼もしい姿を一彦は見せ、1、2年生の背中を叩き遥人が支える。
チームを引っ張ることのできる上級生に、上位を目指す上で十分以上の能力を備えている下級生。このチームは、歴代でもトップクラスの可能性を秘めていた。
「始まるね、赤木君」
「そうだな」
魔法によるフィールドの投影が始まり、彼らの視界は真っ白に染められた。
この白色が明けるまでの10カウントが、演習場から離れて応援する観客達によって叫ばれる。
10。
9。
8。
7。
6。
5。
4。
3。
2。
1。
0!
「行くぞ!」
ブザー音と共に白い光が晴れ、蒼真達は砂の上を走り出す。
アサルト・ボーダー予選第3試合、札幌校対東京校対神戸校の戦場は、「砂漠」であった。
砂の山による高低差はあれど、身を隠せるような岩陰などはなく、3チームから狙われるポイントには占拠したことを示すキューブとそれを取り囲むオアシスのような装飾があり、先を越されていれば見通しの良いフィールドでは一目瞭然となる。
この場合、先にポイントを占拠するよりも、強奪する方が有利である。試合に勝利するためには、複数箇所のポイントを占拠する必要があり、全員で防衛はできないからである。
東京校チームの6人は開始直後に1つ目のポイントに辿り着き、占拠した。各チームがある程度離れた状態で始まったため、彼らの周囲には敵影はないが、敵チームも同じようにポイントを占拠していることが予想された。
「まずは1つ目だ。ここからは練習通り行くぞ。風前、結城、不知火。行ってくれ」
一彦の指示で名前を呼ばれた3人が、ポイントから離れて2方向に走り出した。
遥人は1人で、蒼真と炎珠はペアで行動することが夏休み前から何度も繰り返した東京校チームの作戦である。
「足手まといになるくらいなら、貴様もろともぶちのめす」
「俺に敵意を向けてどうする」
砂山を越え、次のポイントが蒼真達の視界に入った。そしてその奥には札幌校チームの選手が3人。その中には、昨日の作戦会議でマークしていた「副元素」の1人がいた。チームの最大戦力を前線に出してポイントを稼ぐ作戦なのか、彼はチームの副将として登録されている。
ポイントからの距離はどちらのチームも同じくらい。相手を退かせることがポイント占拠の必須条件だ。
「のこのこ俺の前に現れるとはな! 先手必勝、ぶっ飛ばしてやる!」
炎珠は空高く飛び上がると、その体は太陽と被り、目線を上げた敵チームの視界を奪う。
「くらえ! 『火炎流弾』!」
まるで太陽から放たれたような魔法が地面に突き刺さる。
地面にあるのは、地形生成で生まれた大量の砂。爆音と共に砂が巻き上がり、魔法の直撃を免れたとしても、身動きをとることができない。
上を見れば火球、横を見れば砂塵という中で立ち尽くす選手達に近づく影が1つ。砂で目を、爆音で耳を奪った状態で気配を殺して動く蒼真に気づくのは至難の業である。
「あんたが大将なら、これで試合は終わってたのにな」
「だ、誰だ——」
炎珠の魔法が止まり、風で砂が流れていくと、爆心地には気絶させられた上で、蒼真の術「菊理媛」で縛られた札幌校の選手が転がっていた。
「貴様ごと撃ち抜ければ良かったんだがな」
「避けられる隙間を作っているお前が悪い」
飛行魔法を解除した炎珠と共に、蒼真は2つ目のポイントを占拠した。2チームが会敵してから、僅か1分足らずの出来事であった。
「さあ、お前は今からどうしたい? ここに残ってポイントを守るか、もう1つ奪いに行くか」
「奪うに決まっているだろう。貴様はここに残っていやがれ。そもそも、俺がいれば誰が相手だろうと負けやしない」
炎珠は再び飛行魔法を発動させ、砂地に残る札幌校チームの足跡を辿って更なるポイントの奪取へと向かった。
一方で蒼真は、先程縛り上げた3人を砂の上からオアシスの多少草の生えたところに運ぶと、ポイントを占拠したことにより東京校の校章が浮かんだキューブに座った。
(まぁ、このまま時間が過ぎるのを待っていてもいいが、何もしないで座っていると会長にまた絡まれそうだ)
蒼真の脳裏に浮かぶのは、不満げな顔で距離を詰めてくる恵の姿。そんな彼女を止めてくれるような人物はいないのだろう。
やれやれと、蒼真はため息をつくと人差し指を炎珠が飛び去った方向とは別の向きに指した。
肉眼では捉えることはできないが、蒼真の特殊な目には新しいポイントを求めて走る、神戸校チームの面々が映っていた。
「はぁ。悪く思わないでくれよ。こっちにもいろいろと事情があるんだ」
指先からバチリと光って発動された雷属性魔法「電光」による超長距離狙撃。相手からしてみれば、姿すら見えない敵からのいきなりの攻撃で、防御する暇もなく失神させられることとなった。
それから2、3分後、札幌校と神戸校の大将が倒されたという知らせと共にアサルト・ボーダー予選第3試合は終了し、ポイント数4対0対0で東京校チームの完勝による予選通過が決定した。




