スピード・ボード①
「ほら、今日は先輩達の競技を見るために来たんですよ。会長の願いを叶えようと思っても、俺の競技はまだ始まってもいないですし、今は応援していましょう」
蒼真が出場するアサルト・ボーダーは交流戦の7日目から予選が始まる。
恵から与えられた「七元素」を倒せという指示は、難易度の高いものであることは確かであるが、実際に勝負の始まる瞬間までずっと気負っていたままでは、実力も発揮しづらいというものだ。緊張と緩和。スイッチをオンオフするように、メリハリをつけた精神で過ごすことが蒼真には合っていた。
「そうね、ごめんなさい。この後の話はまた別のところでしましょうね」
真剣そのものだった恵も、肩の力を抜いた蒼真の姿を見て、普段のような柔らかな表情を取り戻した。
「ほら、香織ちゃん達が出て来たわ」
いよいよ香織、いろはのチームが出場する番となった。
ボードを抱えた2人が戦いの舞台へ姿を現した瞬間、会場全体から歓声が巻き起こった。
光の「七元素」——光阪恵を擁する未来有望な学年と、蒼真達「黄金世代」に挟まれた香織達2年生。あまりにも輝かしい魔法使い達と比較された彼女らは、心ない人々からは「不作の年」などと揶揄されることもある。
だが、そんな学年を引っ張っているのが香織といろはの2人だ。霞んだ中から見える強烈なふた筋の光。彼女達の印象は、他学年の実力者よりもより強く色付けられていた。
「懐かしいわ……。去年は私も智美とあそこにいたのよ」
「会長ほどの人なら、周りからの歓声も凄かったんでしょうね」
1年前も競技は変わっておらず、2年生だった恵と智美はコンビネーションを活かして、圧倒的な実力を他校の学生や魔法関係者に見せつけたものだ。
「これだけ注目されてるけど、あの2人なら緊張して力を出しきれないなんてことはないでしょうね。でも、あの子が心配ね……」
魔法界の未来を担う2人と同じチームに割り振られた、運の無い少女が1人。
彼女の名前は栄優奈。風紀委員の一員だ。
1年生はまだ2人しか任命されていない風紀委員であるが、夏休みが終わればメンバーが追加され、各学年5人ずつの体制となる。
優奈はそんな後期追加組の風紀委員であるが、その実力が認められたから選出された訳である。
しかし、「副元素」の2人との実力差は広く、加えてあがり症であった。
その彼女が最も注目を浴びることとなる、香織達のチームに入ることになったのは、現風紀委員長である智美の思惑があってものだった。
彼女に限らず、東京魔法高校に入学してくる学生の多くは何かしらの高い素質を持っている。だが、その素質を開花させることができる者はごくごく一部である。
恵や智美は、学校の中心人物としてそのような芽の出ない学生達になんとかチャンスを与えたいと考えていた。
今回のケースでは、あがり症の優奈が最も注目を浴びるチームで、集まる視線からなる緊張を克服し、殻を破ることができれば、彼女はもう何段階も魔法使いとしての階段を登っていけるだろう。
優奈のようにこの交流戦でのチャンスを与えられた学生は多くいる。そのチャンスを掴めたのかどうかは、終わってみればわかることである。
今はただ、見守ることしかできない。
極度の緊張で、ギクシャクと強張った歩き方になっていた優奈は、一歩一歩踏み出すことですらパニック状態になってしまっていた。そんな彼女の背中に手をかける影が2つ。
「あみゃみやしゃん!? にゃがちしゃん!?」
「噛みすぎ。練習の時とは大違いだな」
「誰だって、緊張しますよぉ。これだけの人の前に出てきてるんですからぁ」
チームメイトの不調を感じ、すぐさまフォローに入る香織といろは。2人の実力ならば、優奈の調子がどうであろうと勝利することは可能であろう。しかし、ただ勝つだけではいけない。3人はチームなのだから。
「1回肩に思い切り力を入れてみたら? 筋弛緩法ってやつ」
香織のアドバイスを聞き入れ、優奈は肩に力を入れてみるが、うまく力を抜くことができない。
何度も繰り返すうちに、少しずつ力が抜けてきたように見えるが、まだまだ動きは硬いままだ。
「どうしよう……このままミスして、全部台無しにしちゃったら……わ、私がこんなダメなばっかりに」
優奈は自身があがり症だという自覚があった。
だが、それを克服することは今までできていない。人前に立つとなると足がすくみ、体が震え出す。
まだ小刻みに震え続ける彼女の肩を、優しくいろはは叩いた。
「大丈夫ですよぉ。今まで一緒に練習してきて、栄さんの持っている力は私達もよく知っていますぅ。練習通りに、とは言いませんがぁ、今できるベストを尽くしましょう。もしうまくいかなくても、香織さんがなんとかしてくれるでしょうしぃ」
「結局はアタシに任せっきりかよ。まぁいいけど」
彼女らはそう言って笑うと、水上に浮かべたボードに乗った。
全チームがスタートラインに揃い、競技開始の合図を待つ。
「安心して任せていいよ。アタシが全部ブチ抜いていくからさ。優奈は1つに集中してて」
「ありがとう、雨宮さん」
ホイッスルが鳴り、全チームのボートが一斉に走り出す。
しかし、まともに進み続けられたチームはほとんどいなかった。
スタート位置に現れたのは巨大な水柱。東京校のチームが結成されて、香織が優奈に教えた唯一の魔法だ。
激しく水面が揺れ、転覆する者も多い。高い波で前へ進むのも一苦労だ。
その中で波を苦ともせず、凄まじい勢いでゴールへと進み続けるチームが1つ。言わずもがな東京校である。
「香織さんが教えた魔法って、あんなのでしたっけぇ?」
「いや、違うはず。魔法のベクトルが変だったんじゃないか? でも結果オーライだし、終わったらMVPを胴上げだな」
ボート上の2人は、そう話す余裕すらある。
結局、香織達のチームは2位と圧倒的な差をつけ、なおかつ過去のレコード記録を塗り替える結果を残し、予選を通過した。
新登場人物紹介
・栄優奈ー東京魔法高校2-A。風紀委員所属。




