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鬼の魔法使いは秘密主義  作者: 瀬戸 暁斗
魔法高校交流会編
73/101

指令

 交流戦3日目。

 前日と同じように、ウィッチ・クラフトの出場メンバーは会議室に集まっていた。

 だが、異なる点があった。

 1年生から選ばれたメンバーである、志乃の手に握られていた、あるデータの入ったチップ。この競技の順位に関与することになるかもしれない重要な情報である。

 このチップを志乃に託した人物はというと、恵に2年生女子の競技が行われる会場まで無理矢理連れてこられていた。


「会長、今日はウィッチ・クラフトの会議に顔を出さなくてもいいんですか?」


「大丈夫よ。香織ちゃんやいろはちゃんの頑張ってる姿が見たかったし。それにほら、蒼真君からみんなには助言してあげたんでしょう?」


「助言なんてしていませんよ。少しだけ使えそうなデータに心当たりがあっただけです」


「十分よ。蒼真君が思っている以上に、あなたは有能な人よ。あなたが使えると思ったのなら、私達は信頼してその案に乗るわ。まぁ、有能なのは蒼真君だけじゃないけどね。志乃ちゃんや、吉川さんだって賢いし、きっと蒼真君の想定を越えるようなすごいものを作ってくれるはずよ」


 2人が話している間も、眼前では激しく競技が行われ、水飛沫が上がっていた。

 2年生女子が行う競技は、「スピード・ボード」。

 3人1組のチーム戦で、サーフボードよりも一回りほど大きな板に乗り、ゴールを目指す競技である。

 スピード・ボードの難点は、不安定な足場にある。

 水に浮かぶバランス感覚に加えて、推進力を生むための魔法を発動しなければならない。

 ボード上に乗る人数は決められていないが、人が増えるにつれて魔法の馬力が上がるという利点と、相手とバランスを合わせ、さらに魔法も協力して使用する必要があり、各チームは選手同士の折り合いをつけながら作戦を立てる必要に迫られる。

 少々難易度の高い競技ではあるが、勝利を手にした時の喜びは大きく、外野から見た景色も煌めく水飛沫と懸命な選手達の表情が合わさり、交流戦屈指の映える競技だと言われている。


「やっぱり、この競技は人気ね。こんなに人が集まるのは、アサルト・ボーダーとこれくらいじゃないかしら」


「初日の競技の時より、倍近くはいますね」


 会場へ押し寄せた観客はかなり多い。

 蒼真が観戦したシェパード・ボールの予選の時には、観客席に空きがあり、同学年の学生による応援が目立っていたが、スピード・ボートではほとんどの座席が埋まっている。

 観客の種類にも違いがあり、学年や男女を問わず見に訪れていた。

 特に1年生女子の割合が高い。憧れの先輩の躍動する姿を楽しみに待ち焦がれている様子が会場のあちこちで見られる。


「ほら、蒼真君。あれ見てよ。ここの1番前に陣取ってるの、香織ちゃんといろはちゃんのファンクラブよ」


 蒼真と恵が座る席の正面には、うちわなどの手作りのグッズを手に、今か今かと香織達の出番を待ちわびる集団がいた。


「ファンクラブなんて、本当にあるんですね……。フィクションの中だけだと思ってました」


「あの子達、可愛いし実力もある『副元素』なのに、誰にでもフレンドリーに接してくれるって評判よ。香織ちゃんなんかは、女の子からも告白されたって言ってたわ」


「人気があり過ぎるというのも、大変かもしれませんね」


「そうね。私にもファンクラブがあるけど、バレンタインに食べきれないくらいチョコレートを渡されちゃって、捨てちゃうのも悪いし、毎年うちのお手伝いさん達と分け合ってるわ」


「……やっぱり会長にもファンクラブあるんですね」


 ファンクラブなるものが実在すると認識した後では、恵にもファンクラブがあったところで驚くようなことではない。むしろ無い方が疑問に思うべきである。


「……本当はね、今日は智美と観にくる予定だったんだけど、いろいろ伝えたいことがあってね。普通に蒼真君を呼んでも来てくれないだろうから、無理矢理連れて来ちゃった」


「正当な理由があれば断らないですよ。俺を何だと思ってるんですか」


 しばらくレースを観ながら沈黙が続いていたが、恵は本題を切り出した。


「蒼真君、アサルト・ボーダーには名古屋校の雷電君以外にも『七元素』が出場するのは知ってるよね?」


「はい。大阪校の土岐ですよね」


「私も『七元素』だし、小さい頃からあの2人のことは知ってるの。いざ対戦する蒼真君には、性格とかいろいろ伝えておいてあげようと思ったの」


「それなら、赤木先輩も呼びましょう。先輩だけじゃなく、チーム全員で対策した方がいいかもしれません」


「ダメよ。これはあなたに言っておきたいの」


 いつになく真剣な顔で恵は蒼真の目を見つめる。演技ではなく、正面から。


「一彦君には頼めないの。蒼真君じゃないとダメなの」


「……理由を聞かせてもらってもいいですか?」


 いつものように蒼真にちょっかいを出す恵とは、雰囲気が異なることを彼は感じ取っていた。

 真剣な思いには、それ相応の態度で望まなければならない。


「蒼真君には、『七元素』を倒してほしいの。チームとして東京校が名古屋校や大阪校に勝つんじゃなくて、雷電君と土岐君に」


「無茶言わないでくださいよ。それとも冗談ですか?」


「冗談じゃないし、蒼真君にはやってもらわないといけない。同学年の君じゃないと、意味がないの。『七元素』が最強のままなら、今の社会システムは変わらないわ」


 恵は「七元素」としての自覚がありながらも、家庭の事情もあって停滞を好まない。

 長年顔ぶれの変わらない「七元素」の面々と、段々と高まっていく驕りに彼女は危機感を覚えていた。


「このままじゃダメなの。『七元素』が比較的優れていることは事実だけど、超えられる魔法使いがいることを示さないと。それを現実にできるのは、蒼真君だと私は思ってるわ」


「買い被りすぎですよ。俺は弱いですから」


「……4月の事件の時、一緒に戦ってあなたの実力の一端を見たわ。正直、これほどの1年生が……いえ、これほどの魔法使いがいたのかって思ったわ。今までいろんな魔法使いを見てきたけど、蒼真君ほど衝撃的だった人はほとんどいないわ。だから、断言してあげる。蒼真君は強いわ。私が言うんですもの、自信を持ちなさい」


「そこまで言われたら、断れないじゃないですか。結果がどうなるかはわかりませんが、ベストは尽くします」


 鬼人化を封じられた蒼真は、「七元素」と正面からやりあうつもりはなく、搦手を使いながら最終的にチームが勝てばいいと思っていた。

 だが、彼の勝負は彼だけのものではなくなっていた。

 白雪の思い、恵の思いを背中に受け、蒼真は戦わなければならなくなった。これを重荷と呼ぶ人もいるかもしれない。

 だが、彼にとってこの重さは不快感のない、胸に抱いておくべき大切な重みであった。

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