ポールダウン・ソーサリー①
蒼真達生徒会役員をはじめとした、ウィッチ・クラフト東京校チームが頭を悩ませている間、澪とリサが出場する1年生女子による競技が始まろうとしていた。
「シノもソーマも、せっかく私達の試合が始まるのに来れないなんて、残念だわ! 私だったら、絶対来るのに!」
「文句言わないの。蒼真達も見に来たくない訳じゃないんだから。それに、勝ちさえすればまた応援に来てくれるはずよ。ほら、ぐちぐち言わずに持ち場につきなさい」
「だって……」
口を尖らせ、不満な態度を隠そうともしないリサは、なかなか動き出そうとはしなかった。
結局、同じ持ち場のチームメイトに澪が頼み、リサは両腕を掴まれて捕らえられた宇宙人のように連行されていった。
「さぁ、私も行かないと」
澪が向かうのはリサが連れられて行ったところとは別の場所。この競技において、澪の役割はリサとは異なる。
1年生女子に割り当てられた競技は、「ポールダウン・ソーサリー」。いわば、棒倒しである。
通常の棒倒しと異なる点は大きく2つ。
魔法を使うこと。
そして、肉体の直接的な攻撃、接触が禁止であるということだ。
大勢で棒を支え、それを大勢で倒そうと向かっていくと、大変危険である。実際に過去には重大な事故となった事例も存在する。
もちろん、棒を支えるためには対象に触れておかないといけないような魔法もある。
だが、遠隔でも発動できるものもあり、人同士の衝突などによる事故はできるだけ避けられるように配慮されている。
勝敗は、各チーム3本ずつ守る棒を制限時間内により多く倒したチーム、もしくは全て倒しきったチームの勝利となる。
このポールダウン・ソーサリーも、1年生男子のシェパード・ボールと同じように、攻撃と守備で役割を分けておくのが一般的だ。
東京校では、魔法使いとしての性質や性格からリサは攻撃役、澪は守備役に割り振られた。
開始位置についたリサは、ふと観客席の方に目を向けた。
友人達の座る席の場所はあらかじめ聞いており、遠くに見えるながらもすぐに見つけられた。
何やら楽しそうに談笑している直夜、修悟、白雪の3人。
いつもならばそこへ一緒にいるはずの蒼真、そして自らの幼馴染の姿が見られないことに寂しさを覚えた。
彼らが来られないということは理解している。それでも残念なものは残念なのだ。
「リサちゃん! もうすぐ始まるよ」
「うん……」
自分がいない場でのリサを心配してか、志乃はこの競技に出場するクラスメイトに声をかけて、リサのことをよく見ておいてほしいと頼んでいた。
だが、クラスメイトと志乃では過ごしてきた時間、培ってきた信頼が違う。
加えてリサは、特に同性のクラスメイトから無意識のうちに距離を置かれいることを感じていた。
リサは明るい性格で、皆と平等に仲良くしようとする。
だが、周りの人間は彼女が思うほど簡単には心を開いてはくれなかった。
リサは「副元素」である。
彼女はこの肩書きなど気にせず、人との距離を詰めていく。
それが逆効果になっていた。
炎珠のように、「副元素」は「無元素」に対して強気な態度であることが多く、リサのような者はほどんどいない。
リサがどのような思いであっても、周りからはあの「副元素」の輝山リサとして見られる。
また、「副元素」からは変わり者として見られる。
これが彼女と必要以上に親しくしようとする者が現れない理由だ。
今リサに話しかけた学生も、志乃からの頼みがなければ彼女へ声をかけることはなかったかもしれない。
競技開始直前になっても、なおリサの集中力は欠いたままであった。
未だに観客席席の方へ目を向け続けるリサ。
試合開始のブザーが鳴る。
音が彼女の耳に届いてきた時、リサは修悟と目が合った気がした。
「リサ! 前を向きなさい!」
突如、響く声。
心ここに在らずという状態にあったリサに向けられた、澪からの叱咤。守備陣から攻撃陣へ、距離があったにもかかわらず真っ直ぐにリサの心へ届けられた。
「リサさん! 頑張って!」
観客席からは修悟の声も聞こえる。
彼女には、この半年で幼馴染以外にも頼れる友人ができていた。
「副元素」の魔法使いではなく、1人の人間として見てくれる仲間が。
「さぁ! 行くよ!」
もう彼女の目には寂しさの色は映ってはいなかった。
競技場内を1本の閃光が駆けた。
瞬く間に相手チームが守る棒へと到着すると、その小さな身体は高く跳ねた。
「閃光斬撃!」
輝く光の剣を腕から出現させたリサは、そのまま腕を振り抜いた。
これもリサと澪、そして志乃も加えて考えた案だ。
「棒を固定する魔法は、よく使われるものが2種類あるわ。1つは魔法で生み出した土や氷で固定するもの。もう1つは、棒と地面を1つのものと見なした強化魔法よ」
「前者なら、余計なものを剥がして倒す。後者なら、リサの魔法で棒を傷つけて魔法を解除させて倒すの。棒の形状が変わったら、その変わった形に合わせてもう1回発動し直さないといけないから、その隙なら倒せるはず。リサなら、出来るよね」
頭の中で思い出すのは、3人で作戦会議をした時のこと。
この方針は澪と志乃から、チーム全体に伝えられたが、2人からは勝利への鍵はリサだと当然のように考えられていたことが、彼女にとって何よりも嬉しかった。
自分は2人に必要とされているという事実が、彼女を動かしていた。
「私、出来るよ! シノ! レイ!」
棒の先端を切断し、魔法を解除させると、リサは空中で棒を蹴って宙返りをしながら着地した。
足が地面につくと同時にこの棒も倒れ、残るは2本となった。
「リサ……やれば出来るじゃない……」
試合開始直後はどうなることかと心配し、普段は出さない大声まで出した澪であったが、いつものように明るく走り回るリサの姿を見て、ホッとひと息ついた。
「リサが活躍していることだし、こっちもちゃんと守っておかないとね。……『長城』」
東京校チームが守る棒の前へ現れたのは、巨大な土壁。棒の元へ辿り着くにはこの壁を越えなければならない。
「茨木さん! 飛んできますよ!」
澪の「長城」はそこらの魔法使いに穴は空けられるほど脆くはない。
そうなれば、飛行魔法を使って飛び越えることを選択するだろう。
魔法の上級者ならよく使用する飛行魔法であるが、学生の身では使えない者も少なからず存在する。
この壁は、飛行魔法の有無を区別する篩の役割を果たしていた。
「見えてますよ。まだ大丈夫でしょう。簡単には乗り越えさせませんよ」
先頭の学生が壁の中腹あたりにきた時、壁の頂点は更なる高みへ昇って行った。
澪による魔法の重ねがけだ。
本来の「長城」は、競技場内で使うような魔法ではなく、広範囲にわたって壁を築くものである。
それを範囲を狭めることで魔力の消費を抑え、さらに壁の上部から再び壁を出現させることで、東京校チームの自陣は難攻不落の要塞と化した。
そんな壁の建造による遅延行為をしている間に、リサ達攻撃陣は相手校の棒を全て倒しきったのだった。
登場魔法
・長城ー土壁を出現させる。その大きさは魔法使いの技量による




