衝突
「明智志乃さんを生徒会書記に、結城蒼真君を生徒会副会長に任命します!」
恵の宣言の後、一瞬の沈黙が流れていたが、その沈黙を破るように一彦が口を開いた。
「これで決まりだな。俺は仕事があるからもう出ていいか?」
「ええ。部費の予算会議だったわね。よろしくね、一彦君」
一彦は生徒会室をすぐさま後にした。
出て行く彼を見送ると、恵は蒼真と志乃に向かって言葉を発した。
「ああいう風に無愛想に見えるけど、結構後輩の面倒見は良いのよね、一彦君。後輩が困った時には親身になって話を聞いてくれるの」
「そうなんですね」
恵のそんな言葉にも、志乃は律儀に相槌を打った。
「そうだ! 早速だけど、2人共、明日から仕事を始めて貰おうと思ってるんだけど大丈夫かしら?」
「大丈夫ですが、役職の方はあれで決定なんですか?」
「そうよ。どうして?」
「いえ、これという事は無いのですが——」
「なら、明日からお願いね。じゃあね」
蒼真が言い切らないうちに、そう言って恵も生徒会室を出て行った。
恵も生徒会長である以上、一彦ばかりに仕事をさせておくわけにもいかないらしい。
「いつもながら、会長も強引ですねぇ。今年も大変そうですぅ。私達は今からどうしますかぁ?」
「そうだな……。アタシ達の仕事は残ってないし、さっさと帰るか。長居する理由もないし」
「君達はどうするんですかぁ? 親交を深めるのも兼ねて、一緒に帰りますぅ?」
「いえ、俺は友人と待ち合わせをしていますので」
「私もです」
4人は生徒会室を出て、別れた。
そのまま蒼真は、修悟と直夜がいる図書館へと向かった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
蒼真が図書館に着くと、既に澪も合流していた。
「澪、用事は終わったのか?」
「ええ。ちょっと風紀委員会の会議室まで呼ばれててね」
「風紀委員会? お前、風紀委員に入ったのか?」
「本当は嫌だったんだけどね。しかも不知火君も一緒だから……」
そう言うと、澪は少し暗い表情で視線を落とした。
あの一件以来、澪は本気で炎珠の事を嫌っているのだ。
「まぁ、全員揃った事だし帰ろうよ。遅くなっても良くないし」
話題を変えるように修悟が言った。
そして4人は図書館を出て、帰ろうとした。
「そういえば、今日は志乃は一緒じゃないんだな」
ふと思いついたように直夜が尋ねた。
「今日は他の友達と待ち合わせをしていると聞いたな」
「そうか。社交的だし、友達多そうだしな」
話しながら歩いていると、校門付近で人だかりができているのを彼らは見つけた。よく見ると、そこにいるのは前日に蒼真達に絡んできた炎珠達だった。
「またあいつらやってるぞ。っていうか、あれ? 真ん中にいるの志乃じゃないか?」
目の良い直夜が人だかりの中心を観察すると、確かに取り囲まれているのは志乃であった。
しかも、彼女は嫌がっているように見える。
それを見た修悟が、思わず人だかりへ向かって走り出していた。
「やめてあげなよ! 志乃さんが嫌がってるじゃないか!」
「お前は……たしか細見とかいう結城にくっついている奴か。『無元素』には関係のない事だ。早く帰れ」
「友達が嫌がってるのに、関係ないっておかしいじゃないか!」
蒼真達は、初めて修悟が怒っているのを見た。
付き合いはまだまだ短いが、彼がとても温和な性格だということは知っている。
だが、そんな優しい修悟も、友人のためならば誰が相手でも立ち向かうことができる、勇気ある男なのだ。
「不知火君は風紀委員に選ばれたって聞いたよ。なら、何で自分から風紀を乱すような事をするんだよ!」
「風紀を乱すだと? 貴様ごときが知った口を聞くな! 『無元素』の連中は。俺達『副元素』に従っておけばいいんだ! 何も知らない貴様に、身の程を教えてやる!」
炎珠はそう言って修悟に向かって魔法を発動させようと右手をかざすと、手のひらを中心に魔法陣が展開された。
それを見た蒼真が、
「直夜! 火属性の魔法だ。修悟を守ってやれ」
と静かに直夜に指示を出した。
「了解」
直夜はそう短く頷くと、修悟の前まで走って行き、庇うように立ち塞がった。
そこへ炎珠の魔法が2人に向かって発動される。
「くらえ! 『火炎流弾』!」
しかし、その魔法が2人に届く事はなかった。
炎珠の火の魔法を大きく上回る水の魔法が、横から彼らの間に放たれたのである。
「何をしているんだ! 校内での魔法の無断行使は校則違反だぞ!」
声の主は先程蒼真達と別れ、既に帰ったと思われていた香織だった。
「一体何があったんだ? 結城君に明智さんまでいて喧嘩騒ぎとは……」
「すみません、副会長。私が不知火君を怒らせてしまいまして……」
志乃は、なるべく場がややこしくならないようにそう言った。
「へぇ。優秀そうな明智さんでも、そういう事があるんですねぇ。びっくりですぅ。でも、この後始末ってどうしますぅ?」
「そうだな……。普通だったら会長に報告だが……」
香織の言葉を聞いた炎珠は顔を引きつらせた。
彼もまた、風紀委員会に入ったばかり。入学早々問題を起こすのは自分の評価だけでなく、「副元素」不知火家の格までも下げてしまう。
極力穏便に済ませたいというのが、彼の本心だった。
「でも、面倒ですしねぇ。今回は不問という事でいいんじゃないですかぁ。慣れない環境で、気が立ってたということでぇ」
「そうだな。まぁ、アタシの方でなんとかしておくよ。一応明智さんと結城君にも手伝って貰おうかな」
「わかりました」
「それより君、不知火君だね。校内での魔法の発動は許可がない限り禁止になっているから、以後気をつけるように。今回に限っては見逃すけど、次は無いと思っておきな。『副元素』であることの覚悟を持ってね」
「あと、魔法が発動されるのに向かって行ったそこの君ぃ。今回は平気だったからよかったけど、危ないからやめておきなよぉ」
そう炎珠と直夜に注意すると、2人は帰って行った。
「おい蒼真。あの2人は?」
直夜が尋ねた。入学したてで、上級生との接点の無い直夜、修悟は全く面識が無い。
「2年の生徒会役員だ。副会長と庶務の」
「あの2人が生徒会役員だと……。じゃあ手伝ってもらうって、まさか貴様生徒会に……」
「ああ。そうだが、それがどうした」
この言葉で炎珠は、蒼真と志乃が入試成績トップ2だという事を理解した。
蒼真と違って、生徒会にはどういう人物が選ばれるかをあらかじめ知っていたのだ。
「だから俺が生徒会ではなく風紀委員に……。くそっ! そのうち必ず貴様を蹴落としてやる。覚悟しておけ!」
彼はそう言い残して、数人の取り巻きと共に帰って行った。
その輪の中から残されたのは、志乃と1人の金髪の少女だった。
「ごめんね、志乃。私のせいで」
その少女が志乃が待ち合わせをしていると言っていた、彼女の友人なのだろう。
「いいのよ。気にしないで。言いがかりをつけられたようなものだから」
「皆さんも助けてくれて、ありがとう! 怪我は無い?」
「大丈夫だよ。それより君って同じクラスにいたよね?」
修悟はその少女が誰かわかったらしい。
「ええ。私は輝山リサ。シノとは幼馴染なの」
「あれ? リサって今日はおとなしくない?」
「だって、初対面の人がいるんだから緊張するじゃない……」
「そんな、気にしないでいいよ。僕は細見修悟。一緒にいるのが結城蒼真君、百瀬直夜君、茨木澪さんだよ。みんな同じクラスだし、これから仲良くしてくれないかな?」
「うん、よろしくね! シューゴ! みんなも!」
新しくリサを含めた6人は、前日と同じように家路についたのであった。
新登場人物紹介
・輝山リサー国立東京魔法高校1-A。日本とイギリスのハーフ。「副元素」の1人。志乃の幼馴染。
登場魔法
・火炎流弾ー火属性の魔法。複数の火の玉が対象に向かって飛ぶ。