蠢く蛇
「よかったんですか? 他の王候補と接触するチャンスでしたのに」
「別に今すぐに会う必要はありませんよ。それに、あなたはいずれ私達王候補が会うに相応しい場を用意してくれるんでしょう?」
ガヤガヤと周りの人の声で騒々しい中、2人の男女が向かい合って座り、言葉を交わしている。
外へ会話の内容が漏れないよう、光と音を遮断する魔法を発動した上で。
ここは上海にある、中国一の魔法大学である。その学生数は世界一を誇る。
「あなたが言っていた『王戦』とやらが始まれば、王候補が全員集まることでしょう。敵の見極めはその時で十分です。最終的に私が勝ち馬に乗ってさえすれば、過程はどうだって良い」
「珍しいですね。あなたほどの実力がありながら、王になることを目指さないとは」
「そうでもないでしょう。きっと、私以外にも王の座自体には興味の無い人はいますよ」
男は一口コーヒーを飲むと、薄い笑みを浮かべる。
「例えば……あの辟邪とか。おそらく、日本にいる3人の王候補のうちの1人でしょう。彼からは野心は感じられなかった。自分や、自分の周りの環境を守れたら良いと言った考えをしているのでしょうね。私とよく似ている」
「それなら、あなたは王にならずとも、『銜尾蛇』を守ることが出来れば良いと?」
「……それはちょっと違いますね。『銜尾蛇』は正直なところ、どうなってもいい」
男はコーヒーに少量のミルクを加える。
カップの中で黒と白が混じり合い、少しずつ色を変えていく。
「私が望むのは、黒社会の混沌の維持。大勢の人間が混じり合い、争い合い、殺し合う。私はそれを高みから見下ろしていたい。もう最高の娯楽ですよ。さらに望むなら、この混沌を中国だけでなく、世界中に広げたい。それは別に私自身が王にならずとも、勝者のサイドにいさえすれば良いですしね」
「なるほど、あなたはなかなかの外道のようですね」
「幻滅しましたか? 王を目指さない理由がこんなことで」
「いえ、欲望に忠実な人は好きですよ。欲望も立派な行動理念になり得ますからね」
そこまで言うと、女は席を立った。
「そろそろお暇させていただきますね。次の王候補の方の元へ向かわなければなりません」
「少し待ってください。聞きたいことがあるんです、情報屋」
「何でしょう、剛舜。今回は面白い戦いを見せてもらえたことですし、多少の情報はおまけしておきますよ」
趙剛舜——「銜尾蛇」の若き首領は指を組み、体を少し前へ傾けた。
「……あなたの見立てなら、私と辟邪。どちらがより王の座に近いと思いますか?」
「あなたは王に興味は無かったのでは?」
「仮の話ですよ。楽に考えてみてください。全てを知るあなたなら、それくらいのシミュレーションは簡単でしょう」
「……」
無言のまま、情報屋は席に座り直して、再び剛舜と向かい合った。
目を閉じ、数秒間の沈黙が流れる。
「……一対一なら、互いに傷つけ合う泥沼の戦いになるでしょう。現段階の実力なら、2人の決着が着く前に横槍が入る可能性の方が高いです。しかし、組織としての抗争なら軍配は辟邪に上がります」
「そうですか。予想はしていました。あちらには優れた手駒が多すぎる。辟邪の親に、陰陽師と呼ばれる方士集団。対してこちらは黒社会の有象無象ですよ」
「ただ、どちらも王にはなるのは難しいでしょうね。今、頭1つ抜けている人物がいるものですから。まぁ、ダークホースとして期待している王候補が1人いるんですがね。まだその力は覚醒前ですが、ポテンシャルは随一でしょう」
剛舜は組んでいた指を解き、宙を見上げる。
彼の脳内では、新たな情報を踏まえた今後の計画の補正が行われていた。
「……最後にもう1つ質問します」
彼は見上げたまま情報屋へ言葉を投げかける。
「単純な興味ですが、日本には王候補が集まりすぎている気がします。何か作為的なものを感じる」
「イレギュラーが重なっただけですよ。同時に2件も。まぁ、その1件には私も関わっていますが」
「あなたが関わった? なぜそんなことを?」
「王候補を増やすことは、『王戦』の激化に繋がります。そうなれば、より優れた王でしか勝ち残れないでしょう。私はそんな強い王を生み出したかっただけです」
そう言うと、情報屋の姿は段々と輪郭がぼやけ始めた。
情報屋の存在は、目の前にあるようでそこにはない。剛舜は、そんな不思議な感覚に陥った。
「で、あなたはその作り上げた王候補の1人に肩入れをしていると?」
「そんなつまらないことはしませんよ。私はあくまでも中立の立場。誰が王になっても良い。重要なのは王という存在の誕生ですから」
言い終えると同時に、情報屋は煙のようにこの場から消え去った。
遠くない未来、世界中を巻き込む大抗争——王戦に向け、誰も知らない裏社会の奥深くで少しずつ、しかし着実に準備は進められていた。
新登場人物紹介
趙剛舜ー中華系マフィア「銜尾蛇」の首領。王候補の1人。
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お読みいただきありがとうございます。
この話で第二章となる夏休み編は終了となります。
次章では、新たな魔法使い、術師の登場にご期待ください。
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