絆
蒼真の許嫁問題が挙がっている頃、完全に観光客と化した修悟達一行は、京都有数の観光名所、清水寺を訪れていた。
人混みに押し流され、共にいたはずの7人は3つのグループに分かれてしまった。
その中で、千種はリサからの質問責めにあっていた。
「チグサはソーマ達とどういう関係なの!? ソーマの家にいたでしょ!」
リサの質問に他意はない。
言動はストレートだが、それは彼女のまっすぐな性格によるものであり、別に核心をつこうという意思があるわけではないのだ。
「わ、私は結城家で使用人補佐として住み込みで働かせていただいています。蒼真様には来年の私の魔法高校の受験まで、勉強や魔法も教えていただいています」
リサの質問を予見して蒼真達が作っておいた回答がこれだ。
万が一、千種の仕事現場が見られたりトレーニングの最中に出くわした場合でも言い訳が立つ。
だが、全てが誤魔化しというわけでもない。
彼女が魔法高校への入学を目指していることは本当である。
嘘に真実を混ぜると信憑性が増すと言うが、その実践だ。
「受験!? じゃあ、チグサも東京に来ればいいじゃない! 私達もサポートするわ!」
「ちょっと、リサ……千種ちゃんとご家族の都合もあるんだから、そんなにグイグイ行かないの。ごめんね、千種ちゃん。昔からリサはこんな性格だから、難しい気もしれないけど受け入れてくれると嬉しいわ」
押しの強いリサを一度引き留め、志乃がフォローする。
どこのどのような集団にいても、彼女の役割はほとんど変わらない。
「全然大丈夫です。直夜さんもよく似た感じで接してくださいますので。気にしないでください。私もリサさんや志乃さんと知り合えて良かったです」
その会話に出てきた直夜はというと……文字通り清水の舞台から飛び降りようとしていた。
「……よし、これくらいの高さならいけるか」
「よしじゃないよ! 待ってって、直夜! ……何で蒼真がいないとこうもめちゃくちゃになるんだよ!?」
ボソッと不穏なことを呟くと、屈伸をし始めた直夜を後ろから修悟が取り押さえようとしがみつく。
が、身長190cm越えでアスリートも萎縮してしまうほどの筋肉を持つ大男を、男子平均身長に届かないほどのか弱い肉体では抑え込めるはずがなかった。
「大丈夫だって。人がいないところに降りるし、強化魔法使って安全には配慮するから」
「そういう問題じゃないって! 倫理観どうなってるの!? 周りの迷惑になるっていう意味だから! 急に人が落ちてきたら、大騒ぎになるでしょ! この……爽やかゴリラ!」
「えっ、爽やかゴリラって、褒めてる? それとも悪口?」
「はぁ……お2人共、とりあえず邪魔にならないように端に寄りましょうか。ここでは他に観光客の方がいますからね」
引率者としてついていた如月が、直夜の腕を引き無理やり連れて行く。
如月も体が大きい方に分類される側ではあるが、直夜ほどの巨漢ではない。
筋力だけなら直夜に軍配が上がるだろうが、彼に長年世話になった如月への抵抗の意思はないようで、ズルズルと引きずられるように連れていかれた。
修悟が抑えようとしてもダメだったのは、単に修悟の力が弱すぎたからである。
そんなリサに絡まれる千種や、如月と修悟に叱られる直夜を1人静観していたのが澪であった。
「蒼真1人がいないだけで、これだけ酷い有様になるのね……。まぁ、あと1人も面倒なことにはなってるけど……」
澪が後ろを振り返ると、観光地には似つかわしくない悲痛な表情で項垂れながら、トボトボと彼女についてくる白雪がいた。
「……今日も蒼真さんと一緒にいられると思ったのに。みんなが帰ってきてから少ししか話せてないし……昨日の夜にリサちゃんに洗いざらい見透かされちゃったし……」
「それは仕方ないと思うわよ。あなたの気持ちに気づかない鈍感な朴念仁なんて、蒼真と直夜くらいのものよ。稲荷さんだって、とっくの昔に知ってるわ。リサや志乃に蒼真が好きだってバレるのは、時間の問題だったはずよ」
「も、もう恥ずかしいから、それ以上は言わないで!」
両手で顔を隠す白雪だったが、彼女の長い黒髪の間からチラリと見えた耳は赤く染まりきっている。
昨晩のお泊まり女子会にて、恋愛トークと称した白雪への集中砲火により、彼女の恋愛事情は筒抜けとなってしまっていた。
「そんなに真っ赤になるくらいなら、もう告白してしまえばいいじゃない。言葉にして伝えれば、あなたも多少は楽になるでしょう」
「こ、告白なんて無理だよ……。いつも蒼真さんに頼りきりで、自分の体だって無理すれば壊れちゃうくらいに弱い私が、そんな大それたこと……」
「はぁ……本当に馬鹿ね」
澪はため息をつくと、うじうじと尻込みする白雪の背中を軽く叩く。
顔を手で覆っていた白雪は、突然死角から与えられた背中への衝撃に驚いて手を離した。
その隙を見逃す澪ではない。すかさず白雪の両手を掴むと、逃げられない様に彼女の目を見つめた。
「あなたはあなたが思ってる以上にしっかり者で、魅力的よ。今までずっと一緒にいた私が保証してあげる。だから、そんな意気地のないこと言わないで」
「澪ちゃん……ありがとう」
「ほら、早く行くわよ」
澪は白雪の腕を引き、友人達の元へ歩き出した。
華奢に見える腕ではあるが、長年の鍛錬の成果もあり力強い。
白雪はそんな澪の後ろ姿に安心感を覚えていた。
(小さな頃から、澪ちゃんはいつでも側にいて私を引っ張ってくれた。いつか私もこんな風な強い人になれるのかな)
白雪にとって蒼真は憧れの人であり、澪は目指すべき道標だった。
強く、聡い彼女は対等に蒼真と並び立つことができる。それが白雪は羨ましかった。
澪にとって白雪は自分にないものを持つ存在だった。
蒼真をも超える膨大な魔力量とポテンシャル、強さは求められず皆から愛される人柄。
結城家の「守護者」として、強者でなれけばならなかった澪もまた、白雪を羨ましく思う気持ちがあった。
しかし、彼女達はお互いに憎みあったりはしない。
お互いがお互いにとって、大切な存在には変わりないのだから。




