表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/101

白き夏⑤

「先に行ってくれ。まだ俺にはやり残したことがある」


 蒼真は船に空いた穴を塞ぐ「気膜」を解除すると、白雪達の入ったシャボン玉を外へ押し出した。


「それなら、僕も残ります!」


『待ちなさい。君まで残ってどうするつもりです? 今の最優先事項は拉致被害者の保護。それが卯月さんからの指示のはずです』


「でも……」


 如月が言い終わるよりも先に、船外に出た彼らの体は浮力に従って海面へと昇って行った。

 皆の姿が見えなくなり、蒼真は少しずつ沈み始めた船内を走り出した。


「なぁ、白……」


 蒼真は自らの内なる存在に向けて呟く。


『どうしたァ? 珍しくキレてんなァ』


「そうだな。否定はできない」


『……仕方ねぇなァ。力くらいは貸してやる。精々、呑み込まれるンじゃあねェぞォ』


 白の声が消えると、蒼真は全身の血が煮えたぎっているような感覚に陥った。

 思わず呻き声が漏れ、走っていた足が止まる。


(——意識を集中させろ! 力に取り込まれるな……これだって、俺の鬼人化だ!)


 全身の痛みに耐えること数秒、蒼真の視界は真っ青に染まっていた。


「——俺に一体、何をした! 答えろ白!」


 今までの鬼人化とは異なる自身の状態に、原因を作り出した鬼を問い詰める。


『あァ? ……そうか、これを使うのも随分と久しぶりなもんだァ……。テメェの親も知らなくても不思議じゃあねェ』


「久しぶり、だと……?」


『そうだァ。前に使ったのは3人目の白鬼の時だなァ、懐かしいぜェ。今とは状況はだいぶ違うがなァ』


 白鬼にのみ現れる「白」という存在。

 彼に肉体は無いが、その意識だけは白鬼という他の鬼と比べても異質な存在を通してのみ、外界と接触することができる。

 そこから彼は見てきた。さまざまな争いと力の在り方を、人の感情と想いの結晶を。


『まァ、早くテメェに起きてる事を知りたいんだろォ? 時間もねェ今、オレの過去なんてのはどうでもいいからなァ』


 普段は挑発的な口調の白だが、この時ばかりは少しおとなしくなっているように蒼真には聞こえた。


『いいかァ、鬼人化——いや、白鬼にはリミッターがある。力が出過ぎないようになァ。そいつをオレが今、外してやっただけだァ。目の前が青いのも、テメェの魔力が漏れ出してンのが見えてるだけだぜェ』


 白の言葉を聞いて、少し落ち着いた蒼真は魔力操作で自分の体に魔力を留める事に成功した。

 鬼人化状態での魔力操作を習得していた彼にとっては何でもない事だった。しかも、自分の魔力なのだから尚更だ。

 青い霧が晴れるように、蒼真は正常な視界を取り戻す。

 その目で初めて見たのは、手にまで伸びてきていた魔法陣の模様だった。

 彼に刻まれた魔法陣の位置は背中である。

 本来ならあるはずのない場所にまで魔法陣が広がっていたのだ。


『安心しろよォ。何もおかしい事はねェ。テメェが今まで使ってこなかった、真の白鬼の力を引き出そうとしてるだけだぜェ。最初に作り出された鬼、1人目の白鬼に近づいてなァ』


 ドクンと一瞬心臓の鼓動が強くなったのを蒼真は感じた。

 鼓動の高鳴りに合わせて額の2本の角が更に伸び、白く染まった髪は肩にかかるほどにまで長く変化していた。


「これが本来の白鬼の力か……。不思議な気分だ、今なら全てを見通せる気がする」


 蒼真は魔力を見る目を発動した。

 この日の昼まではコントロール出来なかった力だったが、真の能力を解放した今の状態になって初めて無理なく使うことができるようになった。

 その目が映す魔力の方へ、蒼真は最短距離で駆け抜ける。

 もう彼を止められる者は、敵味方どちらを探してもいなかった。

 すれ違いざまに敵の体を触るだけで肉が裂け、血が飛び散った。

 彼に向かって放たれた銃弾は、その勢いのまま射者に跳ね返り頭を貫いた。

 周囲の命を刈り取る白い死神は敵を滅ぼすまで突き進み、最後にたどり着いたのは船の最上部に位置するブリッジだ。

 操舵に関係する機器が並ぶ室内には、まだ乗組員が残っていた。

 得体の知れない恐怖に満たされた室内であったが、白鬼の手にかかった以上、ものの数秒で血の海に還り、静寂がこの場を支配する。


『……た、助けてくれ……』


 消え入りそうなか細い声が聞こえてきた。

 蒼真がわざとたった1人生かしておいた、この船の船長だ。

 周りにいた船員の骸に囲まれ、血を浴びたまま腰が抜けて動けなくなっている。


『張明は……張明はいないのか!? 早くこいつを追い払ってくれ!』


『残念だが、この船内で生きているのはお前だけだ。助けは来ない』


 頼みの綱の用心棒も殺され、為す術が無い船長の男の前に蒼真は立つと、その指を男の額に当てた。


『今から聞くことに正直に答えろ。だが、慎重に考えろよ。その気になればいつでもお前を殺せることを忘れるな』


 額に当てている指に少し力を加える。

 それだけで男は萎縮し、悲鳴をあげた。


『まずは1つ目だ。連れ去ろうとした日本人で何をするつもりだった?』


『し、知らない……我々は《銜尾蛇》に雇われていただけだ。組織の魔法使いを乗せて船を動かすことが仕事だった』


 嘘ではない、と蒼真は感じた。

 男は極度の緊張状態にはあるが、嘘をついている兆候は見られなかったからだ。


『では、次の質問だ。ここから《銜尾蛇》にコンタクトをとることは出来るのか? 出来るなら今すぐにとれ』


『それは出来ない。我々に許されていることは、ここにいる組織の魔法使いと話すことだけで、本国の組織幹部とは連絡をとってはいけないことになっている』


『そうか……聞きたい事はもう無い。お前はもう用済みだ』


 バンッと音を立てて男の頭は破裂した。

 粉々になった頭蓋骨、脳の一部が床に広がる。

 一瞬にして頭を失った体は崩れ落ち、他の船員と同じように物言わぬ亡骸となった。


「さてと……」


 文字通り屍の上に立つ蒼真は、ブリッジの奥に向けて声を上げる。


『見ているんだろう、《銜尾蛇》。この俺が気づかないとでも思ったか』


 彼の声に反応して、無人の椅子が回転する。

 そこに座っていたのは、人間をそのまま小さくしたかと思うほどに精巧に作られた不気味な人形だった。


『君のことはよく見させてもらったよ。日本には面白い方士がいるのだね』


 魔法使いの呼称は国により異なる。

 日本では魔法使い、術師と呼ばれているのに対して中国では方士という呼び方が一般的だ。


『船員を皆殺しにしていく、美しき2対の角の姿。古代中国の辟邪(へきじゃ)のようだ。しかし、私から見れば邪悪を避けると言うよりも、邪悪そのもののようだがね』


 声の主の笑い声に合わせて、人形もケタケタと笑う。

 生きているのか疑いたくなるほどスムーズな動きで人形を操作していることがわかる。

 しかも、中国からの超長距離でだ。

 これが表す事実は1つ。蒼真が今話している相手は「銜尾蛇」の首領本人だ。


『今回のところは日本から手を引こう。こちらとしても、今君たちに攻めてこられるのは避けておきたい。それに、君も手の内を全て明かしたわけではないのだろう?』


『逃げるのは勝手だが、1つだけ言っておく』


 蒼真は人形を拾い上げると、ギリギリと強く握りしめた。


『お前らがどこで何をしていようと興味はないが、たった1つ、触れてはいけない場所に立ち入った。あまり日本の術師を舐めるなよ』


 そう言うと、蒼真は人形を木っ端微塵に握りつぶした。

 形を失った人形から、それ以上声が聞こえてくる事はなかった。


「——大丈夫ですか!?」


 突然、ブリッジの窓を突き破って中へ入ってきたのは如月だった。

 室内で立ったまま動かなかった蒼真を見かけて駆けつけてきたのだ。


「……ああ。もう全て終わったよ」


 船は沈み、純白の鬼は血の色に染まった。

 今宵は新月。空に月は浮かんでいない。

 誰にも知られず、記憶からも消された暗闇の中、事実だけが残っている。

 日本人拉致被害者——全員帰還。

 中国人魔法使い及び「銜尾蛇」構成員——生存者、0。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ