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鬼と妖狐

 組合集会が終わり、蒼真、白雪、稲荷は予定を前倒しにして葛葉家の地下室で向かい合っていた。


「良い部屋やろ。この部屋やったら、秘密の話しても外には漏れへん」


 完全防音の処置がされた地下室の外では、稲荷が信頼のおける人員が見張っている。


「話したかったんは、組合で聞いた『死招蜥蜴』の事や。アンタら集会の時、全然聞いてへんかったやろ」


「……すみません」


「まぁええわ。どうせここで話す予定やったし」


 ため息をつくと、稲荷は集会で正親が話した事とほとんど同じ事を話し出した。


「初めに今日で起こった異変は、妙な薬があるらしいって言う噂が流れ出したんよ」


「妙な? 一体どんな?」


「簡単に言えば、術師と魔法使いにだけ作用する覚醒剤や。妙なって言うたんは、一般の非魔法使いには効かへんからやな」


「流通のルートはどこから?」


「それは『銜尾蛇』って言うより、『死招蜥蜴』からやな。ウチが考えるに、『銜尾蛇』は『死招蜥蜴』を切り離しにかかってる」


 そう言うと、稲荷は一枚の紙を取り出して全員が見える位置に置いた。


「これがその事故の資料や。被害者は20歳過ぎの日系中国人男性。車の中には例の薬が大量にあったらしいわ」


「なるほど。薬の売人の1人はこの男と考えると、『死招蜥蜴』との関係は見えてきますね。でもこれだけだと、『銜尾蛇』が奴らを操っていることも考えられると思いますが……」


「それがな、1つ変な目撃情報がある。事故が起こった直後に、車の近くで木彫りの人形が燃えてたらしいんよ。で、その人形はもう燃え尽きて証拠としては残ってない」


 売人に必要のない木彫り人形。

 そんな物がわざわざ売り物の覚醒剤と一緒に車に置いてあり、都合よく燃えてなくなったなど考えられるだろうか?


「なぁ、白雪。人形の話と結びつけて、『銜尾蛇』の噂、聞いたことないか?」


「人形……確か、『銜尾蛇』の首領が傀儡使いらしいという話は聞いたことがあります」


「傀儡使い。人形とかを媒体にした遠隔型の魔法を得意とする魔法使いの事や。今回の事故で得た証言を合わせたら、『銜尾蛇』が絡んでる可能性は高いやろ」


「理屈は通りますが、なぜ『銜尾蛇』が『死招蜥蜴』を……」


「そんなん敵さんしか知らんよ。ウチらは早く、京都から立ち退いてもらうように動かなあかんだけやしなぁ。そのためには敵さんの潜伏場所を割り出さん事には始まらんのよ」


 稲荷は今度は京都の地図を取り出した。

 よく見慣れた、碁盤の目状に張り巡らされた道路が特徴的なこの街は、その道1つ1つが意味を持つと最近の術師界隈では考えられている。

 そして道が重なり合う事で、京都の街には巨大な結界が張られている。

 古き時代から時が経つにつれて道路の舗装は新しいものに変えられてきたが、不思議なことに道自体の位置まではほとんど変わらない。

 つまり京都の結界は、碁盤の目状の道が作られた平安時代に設計されたのだ。


「いつ見ても美しい形やとは思わんか? 道が規則的に交差して、整ってる。堪らんなぁ」


「京都の地図くらいいつでも見れるでしょう。今はもっと優先すべき事があると思いますが」


「そう焦っても解決せんよ。謎解きの鍵がほとんど無いんやから」


 地図には、薬を所持していた魔法使いから聞き出した薬の取引場所がメモ書きしてあるが、その位置に法則性は無く、次の取引場所を予測するのさえ困難だ。


「手がかりが無いなら、京都中に組合の術師を配置しておくくらいしか対策が立てられませんね」


「その役目は土御門家が重い腰上げてやってくれるらしいわ。でも次の問題は、取引をやめて隠れるかもしれん事や。こればっかりはどれだけ見張りがおったかてしゃあない」


「土御門家の動きはわかりました。では、稲荷さんはこれからどうするつもりなんですか?」


「ウチの家からも何人か手伝いに向かわせるで。ただウチは勝手に調べ物させてもらうけど」


 稲荷の目に怪しげな光が灯る。

 基本的に彼女の中に協調性というものはない。

 協力体制を取っていたとしても、自分の利益にならないと判断した瞬間に味方であろうが一切の躊躇も無く切り捨てる。

 そういう性格の彼女は、ほとんど誰かと一緒に活動するということが無い。


「と言うより、残ってる手がかりはアンタらが1番良く知ってるやろ。あのサイバー攻撃や。もうやっとると思うけど、逆探知なりどうにかして敵さんの居場所割り出してるんとちゃう?」


「もちろんやってますけど、相手が『銜尾蛇』の下部組織となれば話は別ですよ。結城家の総力を上げて『銜尾蛇』も『死招蜥蜴』も殲滅します」


 稲荷は蒼真が組合集会で「銜尾蛇」の名を聞いた時と同じ目をしていることに気がついた。

 普段冷静な蒼真の様子がおかしいことは、長い付き合いのある彼女にはわかった。


「なぁ、一旦落ち着き。『銜尾蛇』は直接京都の魔法使いや術師を攻撃してきてる訳やない。先に片付けなあかんのは『死招蜥蜴』の方や」


「それでも、俺達はやります。奴らにこの地に踏み込まれたくはないので」


 蒼真にはやるべき事ができた。

「死招蜥蜴」、そして「銜尾蛇」を排除するために早く行動を起こさなければならない。

 彼は白雪を連れて、外に出ようとした。


「……ちょっと待ち。アンタら、何を隠してるんや?」


 蒼真、白雪が振り返ると、目に映るのは九尾の妖狐の姿になった稲荷だった。

 すかさず蒼真も鬼人化し、身構える。

 九尾の妖狐と白鬼という、三大妖怪のうち2種の妖怪が本気の姿で相対しているのだ。

 この瞬間、間違いなく日本で1番緊迫している場面が訪れている。


「仮にも協力しよかって言うてるのに、なかなかの態度やなぁ」


「稲荷さんこそ、圧が強いですよ。人の話を聞きたいようには見えませんが」


 まさに一触即発。

 どちらかが動けばこの部屋どころか、街に被害が出るほどの大乱闘になるだろう。

 しかし、そこで動いたのはどちらでもなかった。


「やめてください! わ、私が……私が話しますから、2人とも落ち着いて!」


 白雪が仲裁に入ったことで、蒼真と稲荷は元の姿に戻る。


「白雪……あれはお前が……」


「いいんです、蒼真さん。会長との関係が長く続けば、いずれわかる事ですから」


 意を決して白雪は稲荷の方へ向き直る。

 しかし呼吸が浅く、じわりと汗が滲んでいた。


「あまり無理をするな。今は俺が話すから、外で休んでいてくれ」


 蒼真は白雪を部屋の外へ連れ出し、2人で話をするべく稲荷と向き合った。


「……稲荷さん。何故俺達に協力してくれるんですか?」


「昔からの慣習って言うたら簡単やけど、ウチにもアンタにも組むメリットがあるからや。今、鬼の勢力が敵になるのはウチらとしても避けたい」


 稲荷はいつになく真剣な表情で答える。

 これは鬼と妖狐の信頼関係に大きな影響を及ぼす質問だと、双方が理解していた。


「では、何故白雪を守ってくれるんですか? 鬼との協力体制に、白雪は関係がないはずです」


「……ウチは可愛いもんや美しいもんが好きや。京都の街も美しいと思うから守るし、白雪も可愛いから守る……って言うても、ふざけてるようにしか聞こえんねやろなぁ」


 稲荷は少し表情を緩めた。彼女は本音の前に建前を言う癖がある。蒼真もそれがわかっているので、逐一指摘することもない。


「あの子の魔力の量は、普通やない。アンタの所で手を打ってるみたいやけど、白雪の成長速度によってはいずれ抑え込めんようになる。そうなった時はウチも対処せんとあかんから、側におるんや」


「稲荷さんは気づいていたんですね。白雪の封印に」


「まぁ、そうかもしれんってくらいやったけどな。これで確信できた。その封印もアンタがしてるんやろ?」


 白雪の膨大な魔力は彼女自身の身を滅ぼす。

 成長し、魔力の器が大きくなってきた現在ですら、彼女の全ての魔力を解放することはできないのだ。

 その余剰の魔力は、結城家の中で最も魔力量が多く、扱いに長けている蒼真が封印することになった。


「あなたの事を信用してもいいんですね?」


「ええよ。話してくれたら、こっちも相応の話をする準備はある」


「……そうですか」


 2人きりの地下室で、蒼真は語り出した。

 幼き日の白雪が遭遇した悪意を。

 初めて白鬼の力を、「命を奪うため」に使った日のことを。

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