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紫苑

 幹部会の終わった午後。蒼真はバイクを走らせてタタラスター本社まで来ていた。

 魔法高校では、免許の取得が許可されている。

 しかし、蒼真はまだ誕生日を迎えていない15歳。二輪免許は取れない年齢である。

 だが、免許の中でも特別な種類のものがある。

 それが、魔法式二輪免許と魔法式自動車運転免許だ。

 これらの免許で運転できる車は、全て魔法使い用として作られ、魔法制御により運転するため、魔法庁が一定以上の魔法制御能力を持つと認定した者に対して発行するライセンスさえあれば、最短で中学生のうちから免許を取得することが可能になるのだ。

 そうは言っても、中学生のうちから免許を取る者などはほんのひと握りしかいないのだが。

 そう言った事情で蒼真は既に、便利な移動手段を持っていた。

 閑話休題。

 蒼真が本社まで来た理由は二つある。

 一つが、新たに作られる研究所に移動することになるであろう研究者達との顔合わせのため。

 もう一つが、新魔法研究成果の確認と議論のためだ。

 長い通路を抜けて研究所に入ると、白衣の研究者達の視線が蒼真に一斉に集められた。


「こんにちは、若様」


「こんにちは、黎明さん。研究の方は順調に進んでいますか?」


「ええ、試作品を見てみますか?」


 研究者の一人が補助装置と魔法陣の描かれた図面を持って、二人の元へ近づいてくる。

 蒼真はそれらを受け取って、図面を近くの机の上に広げた。


「……なるほど」


「魔法展開による防御装備の取得。私達はそれを魔法装備、略して魔装(まそう)と呼んでいます。防御性能は使用者によっては強化魔法に匹敵します」


 そう言うと、補助装置をもう一つ取り出した。


「試してみますか? 私達としても、データを取っておきたいですし。それでは、計測室にご案内します」


 研究所に併設されている小さな計測室。ここでは、攻撃魔法などの大規模な魔法は使えないが、強化魔法などの周りに影響を与えない魔法を分析できる。


「私もこの魔装を使ってみましたが、若様とは魔力量に差がありすぎる。実力者には実力者用に魔法陣を調整しなければ、過剰の魔力で魔法陣が破損する可能性があります」


「そうですか……なら、少しずつ魔法陣に注入する魔力を増やしていきます」


 蒼真は一人で計測室に入り、補助装置で魔法の発動を試みた。

 外では黎明をはじめとした研究者達が、実験のデータを取るために作業している。


「——魔装発動」


 補助装置に魔力を流し、刻まれた魔法陣を展開していく。

 蒼真が右手に持つ補助装置からは魔力が漏れ出しているが、魔法陣自体は正常に作動しているようで、指先から徐々に西洋の鎧を模した装備が装着されていく。

 魔法陣発動から待つ事数秒で、蒼真の体は頭部を除いて魔装に覆われていた。


『どうでしょうか、若様。何か気付かれた問題点はありますか?』


 壁を隔てた計測室の外から黎明が尋ねる。

 彼もまた、一研究者としてトライアンドエラーを繰り返してきた男だ。問題点の早期発見はより良い成果を得るためには必要だと考えていた。


「……良い点と悪い点が一つづつあります。良い点は魔力の消費量が強化魔法と比べて、かなり低く抑えられる事ですね。これなら魔力量が少ない魔法使いでも、防御しながら他の魔法も並列で使う数を増やせる」


 外の研究者達は、蒼真の言葉をそれぞれ記録している。

 この研究所にも黎明をはじめとした魔法使いは少数人いるが、蒼真ほどの実力者から取れるデータなど滅多にないことだ。

 黎明も充分な実力があるため当主側近の座につくものの、白鬼に選ばれた蒼真には敵わない。


「次に悪い点は強化魔法に比べると強度が劣る事です」


 蒼真は左手で補助装置を持つ右腕を弾く。

 すると、まるで飴細工でできているかのような脆さで魔装は砕け散った。

 その光景は研究者達にとって衝撃的なもので、誰もが言葉を失った。

 長い時間をかけ、自分達が作り上げた努力の結晶が目の前でいとも簡単に壊されたのだ。

 もちろん、蒼真による実験をする前にも実証実験は行なっている。

 その時でも充分な硬度を計測できていたのだ。

 それを指で弾くだけで破壊した蒼真に畏怖の念を浮かべてしまうのも仕方のない事だった。


「ただ勘違いして欲しくないのは、充分に利用可能な防御力は魔装も備えているという事です。従来の防弾チョッキの代わりにはなるでしょうね。強化魔法が使えない場合には有用な装置ですよ、これは」


 蒼真の言葉に嘘はない。

 しかし、蒼真や「七元素」などの規格外の魔法使いに対しては今のままの魔装では太刀打ちできないのも事実だった。

 それがわかった彼には、その事実を伝える義務がある。

 それが強者としての責任であり、更なる改良を期待する蒼真の気持ちだ。


「いやぁ……まさかあんな簡単に破られるとは思っていませんでしたよ」


 計測室から出た蒼真を、少し顔色の悪い黎明が迎える。


「使い所さえ考えれば、すぐに実戦投入できるくらいでしたよ。素晴らしい発明です」


「若様にそう言って頂けるだけでありがたいです。また改善したら試作品を東京に送りますね」


「ありがとうございます。楽しみにしています。——そうだ、黎明さん。渡しておきたい物があって……」


 蒼真は懐から小さなチップの入ったケースを取り出し、黎明に手渡した。


「俺が東京でまとめた理論についてのデータが入っています。内容は——」


 蒼真が続きの言葉を発する前に、研究所内に警報が鳴り響く。

 研究所前面に取り付けられている大型モニターに示されていたのは、赤字で「サイバー攻撃につき緊急セキュリティ対策中」の文字だ。


「セキュリティ班は一体何をしているんだ!」


 黎明が叫ぶが、叫んだところで事態が好転するわけでもない。

 蒼真はモニター前のディスプレイの操作を開始する。

 霜月直伝の技術を駆使しながら、蒼真は一心不乱に手を動かす。

 現れては消えるタブの処理を黙々と行う彼が、今や研究所の最終防御ラインだ。

 彼が相手ハッカーに屈することは、研究所内のデータが盗まれる事を意味する。

 それどころか、タタラスター社の情報すら奪われかれない。


「黎明さん! 霜月はここに来れますか!?」


「確認が取れましたが、五分から十分はかかるかと」


 霜月が到着すれば、すぐさま解決に向かうだろう。

 しかし今、彼はおらず敵のサイバー攻撃は勢いを増している。

 このままでは、突破されるのも時間の問題だ。


(まずいな……奥の手を使うしか方法はないようだ)


 歯を食いしばり、発動した蒼真の奥の手。それは「鬼人化」だった。

 身体能力の向上により、わずかに作業スピードが上がる。

 それでも完全に攻撃を防ぐには至らない。


「なぁ、見えてるだろう。せっかく鬼人化までしてやっているんだ。働けよ、白」


(はいよォ。覚えとけよォ、貸し一つだぜェ)


 白鬼の特性の一つに、主人の許可がある場合に限り、鬼の精神が表面に現れるというものがある。

 これは精神世界に二つの魂を有する、白鬼にしかできない技である。


(雷属性魔法、「妨害電波(ジャミング)」発動だァ)


 蒼真の体が僅かに白く光る。

 それと同時に、モニターに映る映像が激しく揺らいだかと思えば、それ以上敵からのハッキングは行われなかった。

 白が使用した「妨害電波」の効果は、周囲の機器に対して電磁波を浴びせることで使用不能にするというものだが、鬼人化した蒼真の魔力を用いて術師としての技術を持つ白が発動することで、その攻撃は指向性を持つ。

 敵がハッキングに用いた通路を逆行して放たれた魔法により、今頃敵側の精密機器は大打撃を受けていることだろう。


(助かったぞ。ありがとう)


 心の中で白に感謝を告げ、蒼真は鬼人化を解いた。


「すみません、黎明さん。今日はこれで帰らせてもらいます」


 思わぬ場所で受けた奇襲に、蒼真は疲弊していた。

 ハッキングに関しての知識を持ち合わせているものの、彼の技能は霜月には劣る。

 それでも一流と呼ばれる域には達しているが、ネットワークを介して複数人を相手にするには、彼の経験は足りなかった。

 慣れない行為は必要以上の疲労感を生む。

 蒼真は後始末をすぐに研究所までやってくるであろう霜月に任せることにし、この場を後にしようとした。


「若様! 待ってください!」


 帰ろうとする蒼真を黎明が引き止める。

 彼の手には、先程蒼真が手渡したケースが握られていた。


「これは一体、何のデータが?」


「人工太陽による安定的なエネルギー供給についての理論です」


 人工太陽。それは核融合による、地上での太陽の再現。

 文章にすれば簡単に思われるが、世界中の論文を探しても実験成功の成果は発表されていない。

 それを高校生が実現させようとしているのだ。

 思いがけない壮大な研究テーマで、研究所内に小さくない衝撃が走るが、その言葉を発したのは群を抜いた才能を持ち、白鬼に選ばれ、近いうちに結城家のトップに立つ人物である蒼真だ。

 黎明は、多くの研究者達の前で堂々と発言する蒼真の姿に、世界の技術革新と明るい結城家の未来を見ていた。

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