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幹部会

 京都に帰ってきて、一日目の夜が明けた。

 今日の結城家は、朝から異様に人の出入りが激しい。

 予定されている幹部会のために、謙一郎の部下達が集まってきているのだ。

 蒼真は着物姿で、幹部会の会場である広間に座っていた。

 彼が座るのは当主である謙一郎に一番近い位置。隣には謙一郎の側近の黎明が座り、蒼真の後ろには彼の直属の部下となった暁月が控えている。

 午前十時。予定されていた時刻になり、謙一郎が広間に到着した。


「御当主様も到着されましたので、幹部会を開始します」


 黎明の声で幹部会開始が告げられた。

 司会進行は当主側近が務めるため、謙一郎が当主となってからの幹部会は黎明と夜一が取り仕切っている。


「初めの議題は、次期当主として若——蒼真様へ当主権限の移行を始めるという事ですが、意見はございますでしょうか」


「お言葉ですが……」


 口を開いたのは幹部の一人、「月の忍び」のリーダー役、忍頭(しのびがしら)師走(しわす)だ。

 彼は幹部の中では最年長で、謙一郎が当主に就任する前から「月の忍び」の一人として裏社会を暗躍していた。


「蒼真様はまだ高校に入ったばかり。早くとも卒業までは待った方が良いかと」


「言いたいことは十分わかる。俺も初めはそうしようと思ってたんだ」


 師走の言葉に謙一郎が返す。


「だが、四月の件と蒼真の白鬼の力を考えると、少し早いタイミングで当主になってもらいたい。蒼真の実力の高さは『月の忍び』なら知っているだろう?」


 六年前、当時十歳だった蒼真は「鬼人化」を使いこなしていた。

 白鬼となった蒼真は、小学生にして大人の魔法使い顔負けの魔法技能と判断力を身につけていたため、謙一郎は「月の忍び」に彼を任命したのだ。

 師走の元で任務をこなし、経験を積むことで蒼真はさらに実力をつけていくこととなった。


「それに、今すぐ蒼真に仕事を全部やらせようとは考えてないしな。流石に会社を未成年の蒼真に任せるのは社会的に問題もある」


「御当主様がそうおっしゃられるのなら、従いましょう。確かに蒼真様の実力なら、御当主様の仕事もすぐにこなせるようになるでしょうね」


 師走も納得したようで、他の反論意見は出さなかった。


「他に意見もないようですので、次の議題に進みたいと思います。四月に蒼真様からの報告にありました『賢者の石』の件について、タタラスター京都本社に保管されている『賢者の石』と思われる魔法遺物を、新設する支社に分ける案があるのですが——」


「案の内容については俺から話そう」


 会を進行する黎明を遮って、謙一郎が発言する。

 彼の前に出たがる性格から、こういった人の話を遮る行動は幹部会以外でも日常茶飯に行われ、彼の地位も相まって咎められることがない。


「つい昨日まで黎明を東京に送り、新支社の予定地を視察してきてもらった。そこに魔法遺物を保管するわけだが、支社に併設して研究所も作ろうと思う」


 そう言うと謙一郎は皆に見えるように新支社建設予定の図面を取り出した。

 魔法遺物保管用の倉庫の広さは京都本社より少し小さめだが、研究スペースはかなり広い。

 本社では魔法陣、新魔法の研究が行われているが、東京の新支社ではこれに加えて規模にもよるが、魔法の実証実験もできる。


「そこで支社ができ次第、魔法研究の規模を拡張したい。今の技術研究部長の黎明は京都に残すとして、東京の研究所の責任者は蒼真に任せる」


「お、俺がですか!?」


「ああ。もちろん、学校もあるから毎日研究所に寄れという話でもない。研究成果の報告と研究員の取りまとめをしてくれれば、自由に研究所を使ってくれていいぞ」


 結城家の東京の別宅の地下室には、補助装置の調整機材と最低限の研究機材が設置されており、蒼真は休みの日など地下室にこもって研究に取り組む日がよくある。

 蒼真にとって、新たな研究所で自分の魔法研究ができるというのは悪い話ではなかった。


「お前ができないのなら、他の者でやりくりするしかないんだが」


「わかりました。俺がやります」


 蒼真が答えると、謙一郎は満足そうに頷いた。

 この間、蒼真の研究所責任者就任に反対する声は出なかった。

 次期当主に決定した直後だ。責任者程度で反対するわけもない。


「東京の新支社への人事は後ほど会社の方で会議をするとして、3つ目の議題——これが最後の議題になります。……入ってきなさい」


 黎明の声に呼ばれ、広間の障子を開けて1人の少女が中へ入ってきた。

 背が低く、顔にあどけなさが残る中学生くらいの少女だ。


「彼女の名前は鎌倉(かまくら)千種(ちぐさ)。彼女は今まで御当主様の弟君(おとうとぎみ)銀治(ぎんじ)様の元で仕えておりました」


「ほら、銀治。お前も話して良いぞ」


 幹部の一人として同席していた結城銀治は、謙一郎に促され、ため息をついて渋々話し出した。


「ハァ……彼女は私の娘達の世話係兼ボディーガードとして、研鑽を積ませてきました。その働きから、十分な実力を持つと私が判断し、現在空席となっている『月の忍び』の卯月(うづき)に鎌倉千種を推薦します」


 銀治の言葉は幹部の間に小さくない動揺を誘った。

 彼が千種を推薦した卯月の座は、元々蒼真に与えられていた役職だったからだ。

 彼女に蒼真と比べられるほどの実力があるのか、という疑問は少なからず浮かんだことだろう。

 その疑問が幹部の一人から口に出されたのをきっかけに、話し声は段々と大きくなり、広間の外まで声が漏れ出すほどになった。


「——黙れ」


 短く発せられた声。謙一郎の一言で騒がしかった広間が水を打ったかのように静まり返った。

 この静寂を作り出したのは謙一郎のように見えたが、実は彼ではない。

 気が付いたのは謙一郎を除いた幹部では四人。

 謙一郎の側近である茨木黎明、百瀬夜一、結城家のNo.3結城銀治、「月の忍び」忍頭師走だ。

 彼らが感じた、広間に満たされた息が詰まるほど濃密な魔力。

 この場をその強力な魔力で支配しているのは、蒼真だ。


「……銀治、ひとつ聞かせてくれ。お前の目から見てこの子は『月の忍び』として問題ない働きができそうか?」


 沈黙を破ったのはやはりこの男、謙一郎である。


「ああ。千種は強いぜ。兄貴が育ていた当時の如月よりも技術があるのは保証する。流石に蒼真みたいな規格外の怪物とは違って、人間スケールだがな」


 蒼真の魔力に威圧されている幹部など意にも介さず、飄々と結城兄弟は会話を交わす。


「そうか……。だが、『月の忍び』に任命するタイミングは少し遅らせていいか?」


「兄貴の好きにしてくれ。俺は兄貴と蒼真が決めることなら従ってやるよ」


 助かる、と一言だけ告げて謙一郎は千種に側に来るように命じた。


「結城家当主、結城謙一郎の名において鎌倉千種を『月の忍び』、卯月への内定を決定する。なお、就任への決定権は蒼真は一任し、それまでは蒼真の部下として仕事を学ばせる」


 有無を言わさず結論を述べると、謙一郎は広間を出て行った。

 彼に続いて黎明、夜一も外に出ていき、銀治も立ち上がる。


「千種をよろしく頼む。いずれ君の百鬼夜行の一人になるべき魔法使いだ。しっかり育ててやってくれ」


 蒼真とすれ違いざまに彼の肩に手を置くと、そのまま目を合わせず銀治も出て行った。


「……あ、あの、蒼真様。私は今からどうすれば……?」


 突然この場を去った謙一郎に置いてけぼりにされる形で立たされていた千種が、指示を求めて蒼真の元へ来ていた。

 大の大人が大勢いる場でその視線を集めるというのはまだ中学生の千種には酷だったようで、顔色が少し悪い。


「とりあえず外に出よう。この広間は少し空気が悪い」


 蒼真が暁月、千種を従えて広間を出る。

 気がつけば師走の姿も消えており、実力者達がいなくなった広間には重苦しい空気が流れていた。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 広間を出た蒼真達は、庭に面する縁側で休憩していた。


「千種……でいいか? 今後のことを話したいんだが」


「はい、千種とお呼びください。今日からは蒼真様の部下ですので」


「なら千種、さっきまで魔力に当てられて体調が悪そうだったが今は大丈夫か?」


「ご、ご心配ありがとうございます! もうすっかり平気です」


 見ると、少し青ざめていた千種の頬は赤みを取り戻しつつあった。


「それならよかった。今後だが、俺が京都にいる八月中は俺について仕事を手伝ってもらおうと思う。その間に暁月と一緒に実践訓練もできたらしよう」


「戦ってくれるのか、ボス!?」


 思いがけないところで自分の要求が通り、暁月が蒼真の方へ身を乗り出す。


「その代わり、千種と一緒にだ。俺の元で働く以上、誰とでも連携を取れるようになってくれないと困るからな」


 これまで一人での戦闘を想定して訓練してきた二人とって、タッグを組んでの戦闘は未知数であった。

 蒼真との訓練に意欲を見せながらも、彼らの隠しきれない不安が滲み出て見える。


「いきなりやれと言っても、難しいだろう。だから、直夜や澪に聞いて学んでくれ。結城家の中であいつらほど息の合うコンビはいない」


 訓練には全て意味があり、その中には蒼真の考えが隠れている。

 目の前の二人なら、この夏を越えて更なる段階へ実力を伸ばせると蒼真は確信していた。

新登場人物紹介

・師走ー月の忍、忍頭。

・鎌倉千種ー次期「卯月」候補。中学生。

・結城銀治ー謙一郎の弟。結城家序列三位。

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