故郷
8月16日午前8時。蒼真は澪の父親である黎明が運転する車に乗っていた。
彼が4人乗り自動車の後部座席に座ると、その横に直夜が、澪は助手席に座った。
「わざわざ京都から来てもらって、ありがとうございます」
「いえいえ、私も東京に用事がありましたので。それに、これくらいの距離ならいつでもお迎えにあがりますよ」
ハンドルを握っている黎明が、バックミラー越しに答える。技術の進歩で自動車の完全自動運転が可能になった今でも、黎明のように自分で運転する者も一定数いる。
「若様。今回の幹部会で正式に御当主になると謙一郎様から伺っているのですが……」
幹部会とは結城家幹部が集まる場であり、例年ではは年末年始にかけて行われている。
今回は謙一郎が幹部に呼びかけて開かれ、蒼真も出席する事になっている。
「それなんですが、徐々に当主としての仕事を始めていく予定で、完全に当主になるのは少なくとも高校を卒業してからになると思います」
結城家当主になれば、一家の全ての権限が譲渡される。流石に高校生の身でそれを扱うのは難しい。
「そうですか……。それでも、いつかは若様が結城家を仕切っていくんですね。謙一郎様が御当主になられた時が懐かしい」
昔を思い出し、黎明は目を細めた。
夜一と共に、若き日の謙一郎を支えた記憶が彼の脳裏を駆け巡る。
「謙一郎様は御当主になられる前は、京都じゃあ名の知れた有名人だったんですよ。私達が目を離した隙に、いつのまにか近くのチンピラや不良集団を潰し回っていたんです」
「……そうなんですね」
本人からは話されることはないであろう謙一郎の昔の話を聞かされ、蒼真は苦笑を浮かべる。
「他にも——おっと、渋滞にはまってしまったみたいですね……」
黎明は車を自動運転モードに設定してハンドルを離し、ブレーキペダルから足を下ろした。これで前の車との車間距離を自動でとり、衝突を防ぐのだから優れた技術力だ。
「車も進みそうにありませんし、若様もお休みになってください。京都に着いてからはあまり休む暇も取れないでしょうし」
蒼真のスケジュールは、一週間後に京都にやってくる修悟達との時間を取るためかなり詰められている。
それに一ヶ月間の交流戦練習の影響か、精神的な疲労が溜まっていた。
蒼真は黎明の言葉に甘え、仮眠を取る事にした。
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到着時間が予定よりも遅れた午後1時過ぎ。蒼真達一行は結城家の屋敷に到着した。
和洋折衷の外観をした、豪邸といって差し支えない大きな家である。
「ただいま——」
「おっかえりそうまっ!!」
蒼真がドアを開けると、玄関の景色よりも先に一人の女性が飛び込んできた。
低い体勢から蒼真に突進すると、そのまま彼を抱きしめた。
「やっと帰ってきたんだねー! 嬉しーい! ずっと寂しかったんだからね。私はこっちの大学に行ってるのに、東京に行っちゃうなんて! それに全然会いに帰ってきてくれないんだもん。何? 反抗期なの?」
「落ち着いて離してくれ、姉さん」
興奮冷めやらず、鼻息荒く蒼真に抱きつくこの女性の名前は結城青葉。蒼真の姉である。
「つれないなぁ、蒼真は。仕方ないからこっちの可愛い妹達に構って貰うからね!」
青葉は蒼真から体を離すと、澪と直夜を優しく抱きしめる。
「おかえり。澪ちゃん、直くん。いつも蒼真を支えてくれてありがとうね」
「それが自分達『守護者』の役目だからね、姉ちゃん。それに、蒼真と一緒に過ごすのは退屈しないし、すごい楽しいんだ」
「いいなぁ……私も東京の大学に行ってればよかったのになぁ……」
青葉が直夜達を弟、妹として接するように、彼らも青葉を本当の姉のように慕って育った。
少々溺愛が過ぎる姉、青葉だが、その愛情を蒼真達はありがたく思っていた。
社会の闇に住む彼らにとって、青葉は光のような存在なのだ。
「そうだ、蒼真。白雪ちゃん、先に来てるわよ。蒼真の部屋で待ってもらってるから、早く会いに行ってあげたら?」
「わかったけど、俺の部屋じゃなくても他に待ってもらう場所あるだろ……」
少々自由な姉に苦笑いする蒼真だが、これも結城姉弟の間では普通のコミュニケーションでしかない。
それから蒼真達三人は、彼らの四人目の幼馴染である氷雨白雪に会うべく、今から出かけると言う青葉と別れ、彼女が待つ蒼真の部屋に向かった。
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長い廊下を抜け、三月に東京へ進学のため引っ越した時以来の自室に、蒼真はノックをした。
「白雪、入るぞ」
「えっ! は、はい! どうぞ!」
少し慌てた声が部屋の中から聞こえて来る。
「……本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫です! 急に音がして驚いただけですから」
ドア越しに聞こえて来る声が落ち着きを取り戻したこ
とを確認して、三人は部屋の中に入った。
中にいたのは、艶めく長い黒髪の少女。その肌は白鬼であるかのように白い。
澪がクールな美少女なのに対して、氷雨白雪はおしとやかな高嶺の花といった雰囲気を醸し出している。
「久しぶりだな、白雪」
「お久しぶりです、蒼真さん。それに澪ちゃんに直夜君も」
幼少期から共に育ってきた四人だが、現在は白雪一人だけが京都に残っている。
その原因は白雪の魔力にあった。
彼女の魔力は日本の魔法使いの中で、群を抜いて高い。それこそ、蒼真と比較しても彼女の魔力量の方が多いのだ。
しかし、彼女の体は彼女自身の魔力に耐えられなかった。
魔力を水だとすると、この水を受け止められるだけの器が彼女にはできていなかったのだ。
もちろん、成長や訓練により器は大きく、深くできる。
白雪も訓練を続けていたが、あまりに膨大な魔力に器の成長が追いつかず、事あるごとに体調を崩していた。
そのためいつ不調となっても良いように、結城家本家に近い京都魔法高校に通っているのだ。
「体調の方は大丈夫か? 無理に魔法を使うのは体に負担がかかるからな、気をつけろよ」
「大丈夫ですよ。ずっと快調です。授業で魔法は使いますけど、負担にならない軽いものですし」
魔法高校は、その学校ごとにカリキュラムが若干異なる。
例えば、東京魔法高校は魔法工学に力を入れているし、京都魔法高校は魔法技術の社会における使い道の広げ方についての議論が活発に行われている。
「そういえば、蒼真さんと話したいと葛葉会長からの伝言を預かっているんですが、お時間ありますか?」
「稲荷さんがか?」
彼らの会話に出てきた人物、葛葉稲荷は京都魔法高校二年生にして生徒会長に就く優等生であり、妖狐の血を引く一族の末裔である。
「あの人が出てくる時は、決まって裏で何か仕組んでいるんだよな……」
はるか昔の平安時代。鬼、妖狐、天狗の一族は京都の地で血みどろの戦いを繰り広げていた。
それから二千年以上経った現在ではそのような争いは行われていないし、天狗の一族は京都を離れている。
残った鬼と妖狐の一族も協力しながら裏社会の平穏を保っているのだが、妖狐の一族「葛葉家」の最有力者である「九尾の妖狐」葛葉稲荷は、蒼真が警戒するほどの頭の切れる人物である。
「……まぁ、わかった。明後日の夕方か夜にでも時間を作るから、連絡しておいてくれるか?」
「はい! 任せてください」
白雪は携帯端末を取り出して部屋を出た。
すると、彼女と入れ替わるようにして如月が部屋に入ってきた。
「若、ここにいらっしゃいましたか。探しましたよ」
魔法使いならば魔力の感知により対象の魔法使いの位置をある程度探ることができるのだが、蒼真の部屋は特別製で魔力が外へ漏れないシェルターのようになっている。
しかし、部屋の中からも外の魔力を感知できないという弊害が発生しているため、白雪は始めに蒼真がドアをノックするまで彼らが部屋の前まで来ていることに気づかなかったのだ。
「どうした? 何かあったのか?」
「いえ……何と言うか……」
「俺と戦ってくれよ、ボス! 鍛えてくれ!」
何故か言いづらそうに口ごもった如月の後ろから顔を出すのは暁月だ。
「魔法も少しづつ覚えてきたし、前より進歩している。ボスにはこの成果を評価して欲しい」
「わかったわかった。俺が京都にいる間のどこかで時間は取る。だからその時まで待っていろ」
こう言ったものの、蒼真は寝るまで暁月に自分と戦うよう絡まれ続けたのだご、彼がそれに応じることはなかった。
新登場人物紹介
・結城青葉ー結城家長女。重度のブラコン。
・氷雨白雪ー国立京都魔法高校1年生。身体が弱い。




