夏休み前日
蒼真が「アサルト・ボーダー」の選手に選ばれて一ヶ月が経ち、この日は終業式。いよいよ明日から夏休みが始まろうとしていた。
終業式では集会の時のように、恵が生徒会長として話す事はなかったが、そこそこ長い校長の話や、何度も聞かされてきたであろう夏休みの諸注意を聞き流している間に式は終わろうとしていた。
しかしすぐに帰宅できるわけではなく、終業式が終わった後に始まるのは「魔法高校交流戦壮行会」であった。
交流戦に向けて選手とサポーターの激励、鼓舞、そして選手代表である一彦からのスピーチが行われる。
壮行会が行われている間、講堂の壇上に上がった選手とサポーターの面々には、他の学生から期待の眼差しを向けられていた。
出場しない学生にとっても交流戦は、学校生活の中でも結果の気になる楽しみな事であり、自校の誇りを保てるイベントである。
そんな壮行会の進行役を務めるのは、恵と立花だ。生徒会メンバーは、個人の実力も他者からも高い評価を得ているため全員が選手として選出されていため、恵以外の役員は他の選手に紛れて壇上で立っている。
蒼真はというと、彼も選手として壇上にいたのだが、横に並んでいた同じく「アサルト・ボーダー」の選手である炎珠が横目で睨みつけてきていたので、前を向いたまま小声で囁く。
「ここに来てまでまだ対抗意識か、不知火。会の途中だ、前を向け」
「なぜ貴様と同じ競技に……先輩方の指示で貴様と練習をしたが、貴様の指示には従う気は無いぞ」
「……勝手にしろ。だが、無責任な行動だけはするなよ」
炎珠も決して馬鹿ではないし、有力な「副元素」の一人だ。
この一ヶ月の間、共に競技の練習に励んできた中で蒼真の異様に高い実力には薄々気が付いていた。
しかし、その事実を容易には認められなかった。いや、認めたくなかった。
彼はプライドが高い人間であった。
一彦のように「無元素」にも関わらず、優れた能力を持つ上級生がいるという事には彼は落としどころを見つける事で心の平穏を保っていた。一、二年後に自分がそのレベルを超えていれば良いと考えたのだ。
だが、蒼真は同級生である。自分が成長しても、蒼真の計り知れないポテンシャルてさらに遠くへ行ってしまうのでは、と不安に駆られる日々だった。
だから、彼は蒼真の力を認めない。蒼真を倒し、自分の実力を認めさせるという思いで、炎珠は今まで以上の努力を重ねている。
その甲斐あってか彼の動きは日に日に良くなり、交流戦に向けての「期待の新人」として学校中に不知火炎珠の名が通るようになった。
「まあまあ二人とも、落ち着きなって。交流戦が終わるまでの辛抱なんだし」
対立姿勢を緩めない炎珠に対して、二人のサポーターである鴉蘭は、蒼真にも炎珠にも過度に干渉してくる事はなかった。
チームのリーダーである一彦からは、二人の仲を取り持つように言われていたが、炎珠にそれを言うと逆効果だと感じた彼は蒼真にのみ一彦の言葉を伝えていた。
そんな彼は頭の回転が早く、蒼真達の補助装置の整備に関しては一の依頼をすれば、十の機能をつけて返すという魔法工学科の上級生も顔負けの腕前を見せていた。
その技術力と知識の豊富さは蒼真に負けず劣らないもので、競技練習が終わった後にはよく二人で補助装置や新しい魔法について語り合ったものだ。
その後、三人が言葉を交わす事はなかった。前から見れば上級生の陰に隠れているとはいえ、壮行会の最中である。高校一年生ともなればそれくらいの分別はつく。
炎珠からの視線がなくなり、蒼真はふと舞台の上から講堂全体を見渡した。
集会の時にも同じように前に出ていたことがあったが、彼にはその時よりも自分達に目を向けられているように感じていた。
実際の人数で言うと、選手とサポーターが壇上にいる分下から見上げる学生の数は減っている。それでも蒼真が感じる視線が増えているというのは、それほどまでに交流戦は学生の関心を集めるものなのだと彼は思い知らされた。
しかし、期待されたからといってプレッシャーを感じる蒼真ではない。
冷静なまま目線をずらすと、彼は1-Aの列に座り隣の学生と話している修悟をみつけた。
今回の交流戦では修悟は選手に選ばれていない。男子の競技は魔法技能の他にも身体能力を問われるものばかりだったため、彼は選手候補に挙がらなかったのだ。
ちなみに他の蒼真と行動をよく共にするメンバーの中では、志乃が知識と魔法制御能力を高く買われ、運動の必要のない競技に選ばれたが、直夜、澪、リサは蒼真と同じく選手間で接触のある競技に選ばれている。
修悟は自分だけが選手に選ばれていないことについて、深く考えていない。
一般家庭からの出身のため、トレーニングに励む必要性が無かった事や、先天的な魔力不足という弱点を抱える彼にとって交流戦選手という「特別」な役割は担えない。
だから彼は「特別」を諦めた。そして蒼真の様な「特別」な人間を側で応援する、「普通」の人間になる事を選んだのだ。
彼の目に映る蒼真達の姿は輝いて見えた。羨ましいという感情はない訳ではない。しかし、蒼真はいずれ何かを成すという確信めいた予感があった。
修悟は隣と話す事をやめ、前を向く。すると偶然壇上の蒼真と目が合った。
(が・ん・ば・れ)
にこりと笑いながら、修悟は声に出さずに口を動かした。
(フッ。楽しそうだな)
修悟の口の動きを読み取った蒼真も、不審にならない程度の笑みを浮かべた。
蒼真自身、修悟の体質についての話を聞き、彼の悩みは知っていた。
魔法使いとして生きていくならば、魔力の回復が遅いという体質は改善すべきだ。
しかし蒼真のように魔素の操作ができるわけでもなく、澪のように回復魔法が使いこなせるほどの魔法技能があるわけでもない修悟にとって、それは厳しい問題であった。
もちろん、側で蒼真が魔力を流してやれば回復に時間は要さない。だが、それでは根本的な解決にはならない。あくまでも修悟自身の力で変わらなければならないのだ。
そんな厄介な障害があっても修悟は笑う。
今の努力と未来を信じて笑うのだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
壮行会、そして教室に戻った後のHRも終わり、一学期最終日も帰宅を残すのみとなった。
帰り支度を終えた蒼真は、澪と共にだらだらと荷物をまとめる直夜を待つ。
そこへ修悟、志乃、リサの三人がやってきた。
「ねぇ! 夏休みなんだけど、旅行に行かない?」
リサが屈託のない笑みで提案する。修悟、志乃の落ち着いた様子から察するに、既に三人の間では案は出されていたのだろう。
「夏休みに旅行か……。悪いが何日も旅行に行けるほどの時間は取れないな」
「え!? それは残念だな……」
蒼真の返答に落ち込む三人。何故か直夜も表情が暗い。
「九月からは交流戦があるし、八月中は京都に帰る事になっている。だから遠出はできないんだ」
「それなら、私達が京都に遊びに行けばいいしゃない!」
リサが名案とばかりに手を打って言う。
「シューゴだって、シノだって予定があるでしょ? 私もパパの会社のパーティーに出るように言われてたから、いつ行くか合わせないといけないし!」
リサの父親、輝山佳明は日本有数の実業家であり、「副元素」の輝山家当主である。
輝山家は「副元素」の中でも力のある一族ではあるが、その由縁は魔法使いとしての能力というより財力によるものが大きい。
ちなみに、魔法使いとしての能力が高く評価されているのが不知火家や永地家である。
「なぁ蒼真。京都でなら自分達も時間空けば合流できるんじゃねぇか?」
「そうだな。適当な所を案内しながら移動してもいいしな」
「じゃあ決まりね。日程は帰ってから決めましょ。ダメな日を言ってくれれば、私が調整しておくわ」
細かい事務的作業を志乃に任せて彼らは帰路についた。
今、新たな出会いと過去の思い出が交差する、暑く熱い夏休みが始まる。
読んでいただきありがとうございました。
感想、レビュー、ブックマークしていただけると嬉しいです。




