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魔法高校交流会

 季節も夏に変わり、中間試験もとっくに終わった七月初め。

 夏休みまであと一ヶ月に迫り、浮き足立つ生徒が校内によく見られる。

 そんな中、国立東京魔法高等学校の生徒会室には珍しく役員全員が揃っていた。


「蒼真くん、志乃ちゃん。夏休みの事なんだけど……」


「何ですか、会長」


 蒼真は自分の仕事に一区切りついたところで、休息をとっていた。

 隣の席ではクラスメイトであり、生徒会書記の志乃が事務作業を行っている。


「夏休み中なんだけどね、全国の魔法高校から学生が集まる交流会があって、生徒会役員は交流会のはじめに開かれる会議にも参加する事になっているの。どうしても外せない用事があったら出なくてもいいんだけど、できれば参加してくれないかな?」


 恵がカレンダーを指差して尋ねる。交流会の日程は9月1日から15日。現時点で蒼真に予定はなかった。


「参加しますよ。予定もないですし、生徒会の仕事なら基本的に優先するようにはします」


「私も参加出来ます!」


「よかったわ。それならお願いしたい仕事があって……交流会では私達の会議だけじゃなくて、いくつかの種目で魔法の技能の勝負を学校別の対抗戦方式でするの。そのメンバーの選考が生徒会に一任されてるわ」


 恵が一彦に目配せすると、彼は自分の机から供用の大きなテーブルに山のように積み重なった大量の書類を持ってきた。


「だから、今からみんなでしましょうか。逃げちゃダメよ、香織ちゃん」


 そっと部屋を抜け出そうとした香織の姿を、恵は見逃さなかった。


「……はい。でも、それ今日中じゃあ終わりませんよね」


「そうね。それに、選手が決まってからも通達だったり、練習場所の確保とかもしてあげないといけないし……夏休みまでほとんど働き詰めね」


「そんなにですか!? 去年はそこまで仕事はなかったのに……」


 自分の想定よりも大変な仕事だと理解した香織は、思わず手に持っていた書類を落としてしまった。

 彼女は現生徒会役員の中で一番仕事が遅い。とは言っても、他の役員のスピードが早すぎるためなのだが、少し集中力も足りないようだ。


「何を動揺してるんですか、雨宮先輩。先輩達は去年も生徒会にいたなら、同じ仕事をしてたんじゃないですか?」


「それがね、蒼真君……」


 蒼真の問いかけに、恵が答える。話しながらでも彼らは仕事の手を止める事がないのは流石と言うべきなのだろう。


「去年の会長がすごく手際の良い人でね、ほとんど一人で生徒会の仕事を終わらせちゃってたの。お陰で私達は楽だったんだけどね」


「暇さえあればいろいろ教えてもらえて、本当にお世話になりましたからねぇ。私が鎮痛剤とか自白剤を調合できるのもあの人のおかげですしぃ」


「アタシに時々試してくる変な液体の知識って、そんなところで教わってたのかよ! アタシはそんなの聞いたことなかったのに!」


 香織が勢いよく立ち上がる。彼女はもう書類すら持っていなかった。


「香織ちゃんも、いろはちゃんも一旦仕事に戻りなさい! 今年は一彦君も蒼真君も志乃ちゃんも頑張ってくれてるのに、交流会直前まで働く事になっても知らないよ!?」


「恵、お前が一番働け。会長だろ」


 一彦の声に、恵はピクリと肩を震わせる。

 彼女にしては珍しく言い返さないが、それもそのはずで、一彦の前の書類の山は明らかに減るスピードが早かった。

 その後は会話も少なく、順調に仕事を進めていたが、蒼真には一つ気になる事があった。


「会長、俺と志乃の仕事量だけ、やけに少なくありませんか?」


「まぁ二人とも一年生だし、選手の選考は実際に競技の様子を見てないと、適性もわからないでしょ」


「競技の様子を見てないどころか、ルールもまだ聞いてないですから」


「じゃ、じゃあ先にどんな種目があるか説明した方が良かったのね。一彦君、お願い」


 苦笑いを浮かべながら、恵は一彦に話を振る。

 その一彦は仕事の手を止めて、生徒会室に残る過去の資料から、前年度の交流会資料を取り出して蒼真と志乃に差し出した。


「大まかな事はその資料に書いてあるから、時間がある時にでも読んでおいてくれ。競技の事はこれで良いとして、ここに書かれていない事なんだが、この交流戦には大学や企業、それに軍の関係者が視察に来る。場合によってはその場で進路が決まる学生もいるんだ」


「そうなんですか!? なら、選手を選ぶ私達って責任重大じゃないですか」


「明智、そんなに緊張するな。直接向こうから声がかかることなんて、それこそ全魔法高校から二、三人出れば多い方だ」


 少し硬くなった志乃を一彦が落ち着かせる。どうやら志乃は少しのプレッシャーで緊張しすぎる性格のようだった。


「それよりも、交流戦は数少ない他校との競争の場になるから、かなり闘争心を持った選手が大勢集まる事になる。だから初日と最終日に行われる交流会でトラブルが起こらないようにするのが当日の仕事という事になっている」


「でもそれって……」


「全ての問題事を完全に回避するのは、不可能だろうな。だが、建前上はそういう方針で振る舞ってくれ」


 面倒だが、と付け加えて一彦はため息をついた。学生のみの生徒会という組織において、無茶な願いである事は分かりきっている。


「ちなみに、去年の交流戦はうちが総合優勝したわ。だから、初日の会議の議長は私がする事になってるの」


 横から恵が口を出す。交流戦では前年度に総合優勝すれば、優勝校の生徒会長が次回の会議の議長になる事が通例となっている。

 他にも種目別での優勝校は、各競技で次年度の交流戦のシード権を獲得できる。

 東京魔法高校では、総合優勝に加えて全八種目ある競技のうち三種目で優勝を飾っていた。


「今年は連覇がかかってるからねぇ。特に私達三年は最後の交流戦にもなるし、気合入ってる子は多いんじゃないかしら」


 交流戦についての話も一段落ついたところで、作業を再開した六人だったが、そこにコンコンと生徒会室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「失礼するよ。魔法工学科からの交流戦サポーターの選出が終わったから来てみたんだけど……こっちは僕ら以上に大変そうだね」


 そう言って、書類を手に現れたのは魔法工学科代表の村崎蓮治だった。


「そうだ光阪さん、何か手伝える事はないかい? 魔法工学科に回ってくる仕事って、生徒会より全然少ないからほとんど終わってるんだよね」


「そうなの? それなら……とりあえず、現時点で決まってる選手のサポーター決めと、全スタッフが集まれるミーティングルームの確保もお願い」


「わかった。それと、赤木君。頼まれてた件だけど……」


 魔法工学科代表としての連絡を終えた蓮治は、今度は一彦の方に顔を向けた。


「一年生で一番腕の良い学生を連れて来てって言われたから、外で待たせてるんだけど入ってもらっても良いかな?」


「ああ、頼む」


「それじゃあ倉宮(くらみや)君、入ってきて」


 蓮治に呼ばれて入ってきたのは、黒い前髪が目にかかるほど長く、中性的で整った顔立ちをした少年だった。


「はじめまして、生徒会の皆さん。倉宮鴉蘭(あらん)です」


 会釈した鴉蘭の姿は、どこか気品が感じられるほどに上品な佇まいだった。

 その鴉蘭に、彼を呼んだ張本人である一彦が話しかける。


「倉宮、君の噂はこちらの学科まで聞こえてきている。なかなか優秀な学生だそうだな」


「いえ、そんな噂になるほどの人間では……」


「謙虚な姿勢は素晴らしいが、自分の実力ならば胸を張っても良いと俺は思う。……似たような奴がうちにもいるんでな」


 一彦が一瞬向けた視線の先にいたのは蒼真だ。だが、彼に話を振られるような事もなかったので、蒼真は自分の仕事を中断しなかった。


「それで君を呼んだ理由なんだが、君には交流戦の八つある種目のうち、『アサルト・ボーダー』のサポーターになってほしい」


 交流戦の中で最も人気が高く、危険度も高い競技。それが「アサルト・ボーダー」である。

 フィールド上に点在する合計五つのポイントを時間内に占拠する、もしくは敵チームの大将を戦闘不能にする事で勝敗が決する競技である。

 競技中は魔法が飛び交い、常に危険に晒されるため、使用できる魔法には制限があるが、その危険性の高さ故に優勝した際の獲得ポイントは他の競技よりも多く設定されている。


「僕でよければ喜んで。交流戦の花形競技に関われるなんて光栄です」


「それならよかった。それと……結城!」


「何ですか?」


 一彦から今度は名前を呼ばれたので、蒼真は手を止めて返事を返す。


「お前には倉宮と、風紀委員の不知火と組んで『アサルト・ボーダー』に出てもらう」


「…………え?」


 油断していたところに言われた急な展開と、面倒に思っているクラスメイトの名前に、流石の蒼真の脳も数秒間、思考を停止していた。

新登場人物紹介

・倉宮鴉蘭ー東京魔法高校魔法工学科首席。座学のみなら蒼真や志乃にも引けを取らない。

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