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鬼の魔法使いは秘密主義  作者: 瀬戸 暁斗
魔法高校入学編
33/101

暁月

 じわじわと体を締め付けながら蒼真は刺客に問いかける。


「お前達の主人、闇斎家当主の事について教えてもらおうか。奴の情報は他の『七元素』から調べても全くと言っていいほど見つからないからな」


「言うはずがないよなぁ。くっ……何本骨を折られようが、秘密を話すような腰抜けは闇斎家にはいないぜ。任務に失敗した者が取れる選択肢は、『死』のみだ」


 そう言うと刺客はニヤリと笑い、長い舌を見せびらかす様に出した。

 舌に描かれていたのは小さな魔法陣。その魔法陣の効果は——。


「お前達、伏せろ! 奴ら爆発するぞ!!」


 皮膚が鈍く光り始めたかと思えば、その体は収縮し、5つの爆発音が夜空に鳴り響いた。

 焼け焦げた衣服、飛び散る肉片、血飛沫、タンパク質の焦げくさいにおいが漂う。


「……あいつら、自爆しやがった……闇斎、人の命をなんだと思ってやがる……」


「『異例者』……お前、優しいんだな」


「別に、闇斎のような外道のために命を捨てる羽目になったこいつらが哀れなだけだ。ただ、俺の実験が奴らの思う通りにうまく行っていたとすれば、俺の末路もこうなっていたと思うとゾッとするがな」


 元々は闇斎家の実験体であった「異例者」、そして如月が辿る可能性があった未来。

 それが今、彼らの前にはあった。

 小さなきっかけで訪れる現実は、思いもよらない方向に変わる危険をはらんだ脆いものである。

 過去の出来事は取り消せず、現在の行動が未来に直結する。当たり前のことだが、当たり前ほど見失ってはいけないものだ。


「過ぎてしまったことは仕方がない。奴らの死は取り消せないしな。それよりも、今考えるのは今後のことなんだが——」


「やあやあこんばんは、百鬼夜行の皆さん」


 声の主は、死体を処理する皆の意識が最も薄くなる場所——蒼真の背後に現れた。


(いつ背後をとられた!? いや、それよりも——)


 無防備な背中を見せた危機感や焦りを抑え込み、冷静な思考を瞬時に取り戻すと、蒼真はすぐさま戦闘態勢に移った。


「誰だ? お前は」


「そんなに警戒しないでください。私はただの情報屋ですよ。そこの『異例者』さんとは先日取引したばかりですねぇ。ここで『賢者の石』のレビューでも聞かせて欲しいです」


「貴様……だがあの時は——」


「仮面で顔を隠していたし、体つきも全く違ったと言いたいんでしょう?」


 情報屋を名乗る者は、「異例者」の言葉を遮って話を進める。


「私からすれば姿を変えることなんて、簡単にできますよ。伊達に長い間存在しているわけでもありませんし。こう見えてあなた方より長生きなんですよ、私」


 話している間にも、情報屋の姿は変わっていた。

 はじめは幼い少女、髭を蓄えた老人を経て、最後には蒼真や直夜、澪と同じ歳くらいの女子高生の姿になっていた。


「ここに来たのは、あなたに私の存在を知ってもらおうと思ってのことです。後々良いお客様になってくれそうな気がしますし」


「本当にそれだけが目的なのか?」


「そうですよ、疑り深い人ですね。そんなあなたに一つ面白い情報をプレゼントしましょう。今、あなた方が交戦した闇斎家配下の部隊がいましたよね。これ以外にも闇斎家はランク分けされた特殊部隊があるんです。今回はCランクの『黒』の一部だけだった様ですが、Sランクとかもあるらしいですよ」


「らしい? 情報屋のくせに調べきれてないこともあるようだな」


「いえ、Sランクの情報を伝えるのは向こうにフェアじゃないのではぐらかしたつもりだったんですがね。本当に鋭い人ですね、あなたは。それに、知っていることを全て話してしまえば、こちらとしても商売あがったりですから。ですが話せる範囲でと言うのなら……そうですね、Sランクの部隊は闇斎家当主直属でありながら、常に闇斎家を守っているわけではありません。彼らは普通に一般人に溶け込んで生活しています。これくらいの情報ならいいでしょう」


「そうか。では、次はこちらから聞きたいことがある」


 蒼真はもう戦闘態勢を解いていた。情報屋の得体もしれない雰囲気は只者ではないと感じていたからだ。

 加えて闇斎家の情報を全て話さなかったことから、結城家の情報も知られてはいるだろうが、重要な部分の秘密だけは守り通せると踏んでのことだった。


「『賢者の石』が言っていた、『王』とは一体なんだ? 誰かの事を指しているのか?」


「ほう、そこに目をつけましたか。流石は百鬼夜行の主と言うべきでしょうか。……いや、それではあなたを表すには少々足りない」


「何が言いたいんだ」


 情報屋は少し考え込む素振りを見せたが、不気味な笑みで蒼真を見つめて言う。

 その黒い瞳はどこまでも深く、光さえ逃しはしないだろう。


「まぁ慌てないで聞いてください。あなたには時期尚早から思いましたが、この際言ってしまいましょう。さっきの質問ですが、結論から言えば『王』と呼ばれる人物は現在のところ存在していません。選ばれた『王の素質』を持つ者の内、たった一人がなることのできる座こそが『王』なんです」


「その『王の素質』とやらを得る条件はあるのか?」


「後天的に身につけることはできません。あくまで素質なんですから、生まれ持った才能の様な物ですよ。これの不思議な所は、魔法使いに生じる遺伝の能力が関係しないことでしょうか。突然変異のようなものです」


 才能に溢れた魔法使い。蒼真の頭の中では、数人の予想が立てられていた。彼の知る術師や「七元素」の中には、実力者が大勢いる。


「おっと、今誰の事を考えているのかは知りませんが、『王の素質』を持つのはこの国ではたった三人しかいませんので。あなたを含めてですがね、『(あやかし)の王』」


 情報屋は蒼真を指差して言った。先程と同じ笑みを浮かべているものの、目だけは笑っておらず感情を読み取ることができない。


「別に俺は王などでは……」


「あくまであなたにも素質があるというだけです。ですが真の『王』の座を狙う者は、いつか必ずあなたや仲間、友人の前に現れるでしょうね」


「情報屋……お前はなぜそこまでの知識を持っているんだ? 情報屋というのも、仮の姿なんだろう?」


「いい感をしていますね、『妖の王』。もちろん私は全てを知っている。あなたの事も、世界の事も、『王』も魔法使いも。ですが、正体についてはまだ伏せておきましょう。いずれはわかる事ですが、今はまだその時ではない」


 そう言うと、情報屋はくるりと蒼真に背を向けてゆっくりと歩き出した。

 その進行方向をすぐさま直夜、如月が塞ぐ。


「やめろ、お前達。捕らえなくて良い」


「……わかった。お前がそう言うなら、自分達が出る幕じゃないんだな」


 蒼真の言葉に引き下がる二人に見向きもせず、情報屋は歩みを止めない。


「そうだ、言い忘れていました。あなたが必要とするのなら、私はいつでも現れますよ。せっかく知り合えたんですから、呼んでもらえると嬉しいです」


「考えておくが、それはないだろうな」


「そうでしょうね。あなたが持つ情報網である程度の問題は解決できるでしょうし、あなたの性格では私は呼ばれないんでしょうね。……ですが、私達は必ず再会する事になりますよ」


 情報屋は一度足を止め、振り返った。


「また、会いましょう『妖の王』。いや、結城蒼真さん。次は『王戦』が始まる時に」


 そう言い残すと、彼女——少女の姿をした情報屋は暗闇に溶けていった。


「何だったんでしょうか、あの人は……」


 情報屋が去った方向を見つめながら如月が呟く。蒼真は捕らえなくても良いと言ったが、彼の中にはまだ迷いや不信感が少し残っているようだ。


「さあな。俺には見当もつかない。『異例者』は何か知らないか?」


「知らないな。あれだけ闇斎の話が出来るということは深く関わりがある可能性もあるが、そういった人物がいるという話は噂でも聞いたことがない」


 闇斎家で捕らえられていた身では知り得る情報も限られてはいるが、この中で最も闇斎についての知識を持つ「異例者」でも情報屋の事を知らず、正体は謎のままである。


「まぁ奴の目的は俺が持つ『王の素質』とやらと俺自身にあるのなら、結城家や鬼の秘密に関して言えば敵対することはないだろうし、過度に警戒する必要もないだろう」


「まさか、知らない間にうちの白鬼さんが王様になってたなんて知らなかったぜ。蒼真が王なら自分達は何になるんだろうな? 家臣とか?」


「直夜、ふざけてる場合じゃないわ。あの情報屋と話している間に予定より時間が経ち過ぎてる。早くしないと夜明けが来るわ」


 日はまだ出ていないが、朝早くから仕事に出る人なら起き始めていても不思議ではない。早急に立ち去る必要があった。

 蒼真の指示で葉月とその部下達は、結城家から命じられていた元の任務に戻るため、先に現場を去った。

 残った五人も人目につかないように、蒼真達が住む家へ帰って行く。


「なぁ『異例者』。この名は闇斎がお前につけたものだったな」


 空を飛びながら、蒼真は「異例者」に話しかける。


「そうだが、それがどうした」


「お前の本名は——闇斎家と関わりを持つ前までに普通の人間として生きていた頃の名前はなんていうんだ?」


「……忘れたな」


 少し切なげな表情で彼は答えた。

 闇斎家の実験により、脳を含め身体中を痛めつけられた彼の昔の記憶は途切れ途切れになってしまっていた。


「そうか……。なら、今から新しい名で新しい生き方をしてみないか」


「新しい名……」


 如月に背負われた「異例者」は如月、そして蒼真の顔を見つめる。

 如月も元は闇斎家の「最終実験体」。如月というコードネームを与えられ、蒼真の百鬼夜行として生きている。

 それは「最終実験体」という闇斎の呪縛から解き放たれた姿のように彼には見えた。


「俺はお前を信じている。だから、お前も俺達を信じろ。ここにいる以外にも仲間はまだたくさんいるぞ。その全員がお前の味方だ」


「……まったく、良いボスに巡り会えたもんだな、俺は」


 蒼真は空を進むのを一旦止め、「異例者」に向き合った。


「今はまだ闇斎や魔法使い間の差別という闇に覆われた社会だが、いつか俺達で終わらせる」


 蒼真が掲げる決意。それがどれほど困難な事なのかは本人も充分理解している。しかし、その困難を乗り越えることができる可能性、実力を彼は持ち得ていた。

 己の力、そして仲間に恵まれた彼だからこそ、強大な社会という敵に向かっていけるのかもしれない。


「お前に授かる名は、『暁月(あかつき)』。社会に夜明けが訪れる時、俺達と一緒にその世界を見よう」


 明けない夜は無いように、不運続きだった彼の前に差し出された手のひら。

 彼の心に差す一筋の白い光は、暗闇に閉ざされていた運命を変えた。

 四月のまだ肌寒い夜。

 今日も太陽は昇る。

 地を、人々を照らすため。

新登場人物紹介

・情報屋ー正体不明。

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