暗躍
土砂の山と深い大穴によって、あまりの変貌を見せる校庭を直夜はただぼうっと眺めていた。
既に牧の体は地面から掘り起こされ、「賢者の石」が消え去っているのを蒼真が確認している。
校内で倒れていたテロリスト達や牧、稲沢、そして「異例者」も、増員されて来た警察官に確保されている。
全身に怪我を負った牧と稲沢は一時的に入院して、回復後に逮捕されるそうだが、「異例者」はすぐに留置所に送られるようだ。
実際にテロリストと戦った当事者として、風紀委員や生徒会の面々に警察は事情聴取を求めていたが、今日の出来事にショックを受けている生徒も多いため、教師陣からまた後日にするように要請したところ、あっさりと認められていた。
直夜も最後は現場にいたが、ほとんど事情を知らないという理由があったため、早い段階で講堂に戻っても良いという許可を得ていたが、彼はこの場に残ることにした。
彼が見ていたのは、かつて如月に慕われていた「異例者」と、喫茶ゼフィールの前で話した稲沢の姿だった。
(こいつ、ゼフィールで自分達を見ていた男か……。この学校を狙う計画は、あの時にはもう固まってたのかな)
直夜の中に生まれた少しの後悔。稲沢に会った時に計画を潰せていれば、なんて事を考えてしまう。
もちろん、そんな事は不可能だ。数分言葉を交わしただけの相手から、今後の計画を読み取る事など直夜にはできないし、仮に蒼真であったとしても知る事は叶わなかったであろう。
それについては直夜は十分理解している。誰があの場にいたとしても、今の状況は変わらないと。
だが、彼は蒼真を守る盾であり、そのために力を得た。
普段は明るい性格の彼が、一人で背負い込む責任感は相当なものだった。
表情には出さないままで落ち込む直夜を、蒼真は警察官の話を聞き流しながら見ていた。
付き合いの長い彼には、直夜の悩みの種が手に取る様にわかった。
だが、変に慰めたりはしない。どれだけ落ち込んでいたとしても、直夜はやればできる人間だと彼は心から信じているし、信頼している。それは彼らが主従の関係になる前から変わらない。
だからこそ、こう言うのだ。
「俺に付いて来い、直夜。お前の力が必要だ」
と。
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襲撃事件に一段落つき、安全が確認された後、放課後の部活や委員会の活動が中止となり、全員が早めに帰宅することになった。
思わぬところで時間的余裕を得た蒼真は、「賢者の石」から聞き出した情報をまとめ、ひとまず京都の結城家が経営する会社——「株式会社タタラスター」に電話をかけた。
その目的は、会社が取り扱う「魔法遺物」を全て鑑定し直すことだ。
蒼真が社会の裏で活動する上で、一番の不安材料は資金調達にある。
彼がどれだけの魔法使いだったとしても、社会的には力の無い未成年である事に変わりはない。いずれ彼は結城家当主の座も会社も継ぐ事になるが、一族の財源の一つであるタタラスター社の評判を落とし、倒産する事になる可能性があるものは少しでも排除しておきたい。販売した「魔法遺物」のせいで、取り返しのつかない事態になってしまってからでは遅いのだ。
この連絡を入れたのは、空がほんのり赤みを帯びてきた頃。会社で取り扱う膨大な数の「魔法遺物」の解析を、たった一日で終わらせることなど到底できないのは蒼真も理解している。そのため、次の計画のため綿密に作戦を練り、準備する時間を取る事にした。
時間というものは、案外早く進む。
気がつけば、すっかり夜も更けて作戦開始時刻が近づいていた。
蒼真邸の地下室に集まっていたのは、共に住む直夜、澪に加えて「月の忍び」の如月、葉月、霜月の計五人だ。葉月、霜月の部下は外で見張りも兼ねて待機させてある。
各々デザインは異なるが、闇夜に紛れる黒の戦闘服に、顔を隠すフルフェイスマスクを装着して作戦開始の合図を待つ。
「霜月、警察に動きはあるか?」
蒼真は、傍で警察署や留置所周辺の監視カメラにハッキングをする霜月に尋ねた。
「少し動きが慌ただしくなって来ています。どうやら捕まえた『異例者』を警察病院に移動させるようです。若の魔法で眠ったままなのを、何かの障害とでも捉えられたんでしょうか」
霜月の報告を聞き、蒼真は部下達に視線を送る。
「今回の作戦は、一つだ。護送車で移動する『異例者』を回収する。ただ、恐らくだが俺達を阻もうとする奴らが出てくるだろう」
蒼真達を阻む敵、それは警察だけではない。裏社会の人間に敵は付き物だ。
「だが、大ごとにしたく無いしできないのは相手も同じ。だから『異例者』の元には少数で向かい、残りは周辺の警戒を強めて何かあればすぐに援護に回れるようにして欲しい」
作戦に際して蒼真がとった布陣は、「異例者」回収班が蒼真、直夜、如月の三人。霜月は引き続きハッキングによる敵の監視と情報の改竄、作戦のナビゲーション。そして澪と葉月、多数の部下が援護班とした。
「今からテロリストの脱走の手伝いをしに行くことになるが、別に俺達は正義の味方じゃない。裏社会に生きる、日陰者だ」
蒼真は鬼人化を発動させながらマスクを被る。髪は真っ白に染まり、額から生える角は仮面の一部のように思えるほど馴染んでいた。
「この国のシステムを変えるピースを取りに行くぞ。この計画は絶対に成功させる」
魔法で姿を隠し、白鬼とその一団は夜の世界へ飛び出した。
蒼真の月光に煌めく白髪はとても格好のつく良い絵になるが、今それを見る事ができるのは彼の後ろについて飛ぶ直夜と如月だけだ。
彼らは霜月の誘導に従い、監視カメラに映らないように「異例者」が囚われている留置所付近まで来た。空を飛ぶと、渋滞などの時間ロスはないので多少距離があっても早く辿り着ける。
それはさておき、蒼真達は闇に紛れて「異例者」を乗せた護送車が出てくるのを待つ。が、なかなか出てくる様子はない。
「霜月、どうなっている? 中の様子はわかるか?」
『いえ、詳しくは……。しかし、動きがない割には妙に騒がしすぎる……。まさか!?』
忙しなくディスプレイを操作する霜月は、ある事に気づく。
『警察……水面下での護送……そうか! 急いでください、若! 奴らが……闇斎家の刺客はもうあの中にいます!』
「どう言う事だ! お前のハッキングが失敗したとでも言うのか!?」
『いえ、警察のネットワーク上の情報は全て筒抜けでしたが、それでも介入できない完全に外と遮断された回線があります』
「まさか……『七元素』の内部ネットワーク!?」
『恐らく、水戸守家のものでしょう』
霜月は、非常に確信に近い仮説を述べた。
水の「七元素」の水戸守家は、警察関係者と深い関係を持っている。そのため、警察内部での情報を簡単に知る事ができ、その気になれば警察という組織そのものを操り、動かすことも可能だと言われている。
こうした国家組織との強い繋がりを持っているのは、何も水戸守家に限ったことではない。
例えば光阪家なら、政界や経済界に広い人脈を築いている。
「なるほど、内部ネットワークを使えば俺達どころか、『七元素』にも知られる事なく情報通信ができる……」
内部ネットワークの情報の機密性はかなり高い。特に「七元素」のものはセキュリティが厳しく、軍の機密情報を手に入れる方が簡単だと霜月は考えている。
『水戸守家の目的は状況から推測すると、闇斎の作り出した『異例者』を調べるためでしょうね。ですが、そこに闇斎家が乗り込んで行ったがために、留置所内でパニックが起きている……と言ったところですか』
移動先に指定されていたのは警察病院。ここも水戸守家のテリトリーの内だ。一度そこへ運び込まれたのなら、「異例者」の研究が終わるまで彼の救出は困難になることだろう。
「こんなところで『七元素』同士の争いに入って行くことになるとは思わなかったぞ……」
闇斎家と対峙する事は想定していた蒼真だったが、他の「七元素」までもを相手どるとなると、計画の微調整をしなければならない。
「どうするんだ、蒼真? まだここで待つのか?」
「いや……突入するぞ。乱戦に紛れる」
闇夜の空に3つの影が駆けた。




