決着
「すごいな……」
思わず蒼真は声を漏らしていた。
一彦の魔法は「副元素」をも凌ぎ、「七元素」に匹敵するかと思われるほどの高度なものだったのだ。
「本当にあれだけの魔法を自力で……」
「元々素質はあったんでしょうね。でもセンスだけじゃ、あのレベルまでは高められないわ。他の生徒も、彼の努力を見習ってほしいくらいよ」
「見習う以前に、そもそもあの赤木先輩がこんなに攻撃的な魔法を使うなんて、誰も想像しませんよ」
「……それもそうね」
蒼真と恵にここまで話せる余裕があるのも、一彦が「賢者の石」に対して優勢だからだ。
敵の攻撃を受け流し、自分の攻撃を確実に決めていく。勝利への階段を順調に登っているように外からは見えるが、一彦はある違和感に気がついていた。
(何だ? この決め手に欠ける感じは?)
実際に戦いを優位で進めているのは一彦の方だ。「賢者の石」には、はじめのような勢いは無く、防戦一方になっている。
しかし、未だに彼は決定打といえる一撃を打ち込めてはいない。
どの攻撃も、敵を倒すには威力が一歩欠けると一彦は感じていた。
「恵! 結城! 最大出力で敵を討つ! 周りに被害が出ないように、障壁を張ってくれ!」
一彦は本来、「土石流」のような大規模な魔法の使用を考える事は無い。彼にとって優先すべきなのは、確実に敵を倒す事よりも、被害を最小限に抑える事だからだ。
しかし今回、その考えのままで戦っている内は「賢者の石」を倒す事はできないという思いも、彼の心の隅に確かにあった。
彼は考えを改める必要があり、その事を無視して自分の考え方のまま同じように戦い続けるほど、彼は頭の固く、融通の効かない魔法使いではない。時には、多少の被害は大目に見る必要がある場合があるのだ。
幸いにも、この場には校内でもトップクラスに優れた魔法使い達がいる。彼らと協力すれば、被害も抑えられるだろう。ならば彼が悩む理由はない。
恵、蒼真がそれぞれ一彦と「賢者の石」を挟む位置につき、防御のために魔法を発動させたのを確認した一彦は全身を覆う炎を右手に収束させた。
一点に集まった炎による凄まじいエネルギーは、炎の赤色から、バチバチと音を鳴らせて火花を散らしながら光を放つ白色に変わっている。
「これで終わりだ」
一彦が小さく呟く。あまりにも小さなその声はおそらく誰にも聞こえてはいなかっただろう。だが彼にとって、その一言は大きすぎる力を行使する覚悟を作り上げるには十分だった。
一彦はエネルギーを宿した右腕を、軽く空を切るように「賢者の石」へと振り下ろした。
瞬きすら許さず、音も追いつかない圧倒的な速さで光線は駆け抜けて行った。
一瞬のうちに目の前の光景が変化した。
耳が引き裂かれるような音と共に、地面には巨大なクレーターが生成され、土や石が飛び散っている。クレーターの内部は、あまりの高エネルギーにより赤く熱され、中の様子が見えないほどの蒸気が上がり、立ち込めている。
防御魔法を張って安全な場所から見ていたはずの恵は、思わずその光景に恐怖心を抱いていた。
一彦の魔法は、彼女の防御魔法を破っていたのだ。
もちろん、全て破られたわけではない。一部の箇所で魔法が破壊されていたが、蒼真のバックアップ、そして……。
「どういう状況だよ、これ……。いきなり爆発とか意味わかんねぇよ……」
魔法が破壊された箇所から漏れた爆風に直撃した直夜が、気の抜けた顔で立っていた。
「ちょっと君!? 大丈夫なの!?」
「え? 自分ですか? 問題ないです」
直夜は、泥まみれになった顔で笑いながら、傷を負っていない事を恵に示す。過度に心配させない為の、彼なりの気遣いだ。
「一応、蒼真に呼ばれて来たんですけど……。蒼真は今どこに?」
「蒼真君に? 今その穴の向かい側にいるから、ここで待っていれば良いんじゃないかな?」
恵はそう言うと、目の前のクレーターを見つめた。「七元素」の一角、光阪家の人間である彼女の魔法を、打ち破るほどの攻撃で作り出された大穴を。
彼女は一彦の実力を理解していたつもりだったが、その考えを改めなければならない。
この魔法に限れば、範囲が極めて狭いが「七元素」に匹敵するか、それ以上の威力を示しているのは誰の目を通しても明らかだからだ。
それよりも問題なのは、その魔法を抑え込み、加えて恵のバックアップまで果たした蒼真、魔法によって生まれた衝撃波に直撃しても涼しい顔で立つ直夜の存在だ。
彼女には、彼らのこれからの実力の伸び代に期待が持てる反面、異質とも言えるその力に少なからず不安を抱いていた。
「ほんと……うちの学校の子はみんな、本当の実力を隠してるのかしら……」
単独で敵を撃破し、まだまだ力の底が見えない蒼真、大規模な混成魔法を放った香織といろは、そして驚異的な破壊力を誇る魔法を持つ一彦など、何かが起こっても任せられる同級生や後輩がいる安心感と、「七元素」であったとしても慢心していればすぐに追いつき、追い抜かされるという焦りが混在した複雑な気持ちで恵は呟いた。
「それよりも、まずはあの敵の確認ね。見てくるから待ってて!」
「いや、俺が行きます。会長は赤木先輩と周りの安全確認が終わり次第、あの土の中からもう一人の男も掘り出しておいてください。直夜も会長達についていってくれ」
恵を制し、「賢者の石」の状態を蒼真が確認しに行くことにした。
一人で行くことで、「賢者の石」についての情報を怪しまれず「見る」事ができるかもしれないとの考えての行動だ。
蒼真はクレーター内の蒸気の中へ、熱を防げるように強化魔法を発動してから入って行った。
蒸気で視界が良くない中、彼は視界に映る「賢者の石」の魔力を頼り、に真っ直ぐに穴の底と歩いて下って行く。
そしてたどり着いたクレーターの最深部に、倒れた「賢者の石」の姿はあった。一彦の魔法が腹部に当たったようで、肉体を穿つ穴があき、その周りは黒く焦げて痛々しい傷が見える。
『アァ……王ヨ……』
重傷のはずの「賢者の石」が掠れた声を上げる。
その目は近づいてきた蒼真を捉えているが、反撃に出る力も残っていないようで、倒れたまま動く事はなかった。
「もう諦めろ。お前の力では、もう勝ち目は無い」
『ンフフフ……人間ノ体トハ、脆イモノダナ……』
所詮「賢者の石」と言えど、人間の体を乗っ取る以上、人間の機能面が弱点となるのだ。
疲労の蓄積や内臓の損傷、失血による運動能力の低下など、戦闘中に動きがだんだん悪くなっていった事には理由があったのだ。
ただ、「賢者の石」はそれを理解できていなかった。理解できないから、常に最高出力で動こうとする。人は常に全力では動けないのだ。
休憩や力の緩急をつける事で、ベストなパフォーマンスをすることができる。それは魔法使いであっても、非魔法使いであっても変わらない現実だ。
「最後に一つだけ教えろ。お前たちは誰に何のため作られたんだ?」
蒼真の目に映る「賢者の石」の魔法的情報は、ベースになっている魔法陣とその性質くらいしか読み取る事ができない。
『……ウルク王……ギルガメッシュ……我等ノ役目ハ、未来永劫王ノ守護ダ……』
「ギルガメッシュだと! ふざけるな、そんな作り話のようなものが信じられるか!」
『信ジズトモ、王ハ実在スル……。貴様ニモ、イズレワカル日ガ来ルダロウ……』
そう言い残すと、「賢者の石」は静かに目を閉じた。
すると、額から浮き出してきたのは微かに青く光る小さな石。完全に外に出てきた後、パキッと薄氷を踏んだような音を残して石は粉々に砕け散った。
「ひとまずは終わったか……」
蒼真は息を吐き出し、座り込んだ。一段落ついたものの、まだ全てが終わったわけではない。しかし休息は必要だ。幼い頃から訓練に明け暮れていたとはいえ、蒼真も例外ではない。彼は常人ではないが、超人でもないのだ。
訓練とは違った緊張感の中で、蒼真は自分が思ったよりも神経をすり減らしている事を感じていた。
「俺も訓練が足りないな……。実戦から遠のきすぎたか……」
鈍った体に鞭打ち、蒼真は稲沢を担ぎ上げて皆が待つ大穴の外へ出るべく壁面を登っていった。