復活
流れる土砂の量、速さは凄まじく、魔法が停止した時には広い校庭の半分ほどが土砂で埋め尽くされていた。
「なんて威力だ……土ってことは、まさか永地先輩が……!?」
蒼真がこの魔法の発生源となった方を見ると、そこにはぐったりと疲れた様子の香織といろはの姿があった。
行く手を阻む敵も今は地面の中。蒼真は一彦と共に2人の元へと飛んで向かった。彼女らのすぐ隣には恵がいるのが見て取れる。あの強力な魔法を使うように指示したのは恵だろう。
「大丈夫か? 雨宮、永地」
飛行魔法を解除し、地面に降り立った一彦がすぐさま駆け寄る。
「アタシらなら大丈夫です。ちょっと張り切りすぎただけなんで」
そう言って笑顔を見せる香織だが、実際には魔力が切れかけていてかなり消耗している状態だ。それはいろはも同じことだが、2人共そんな顔は微塵も見せない。
「すごいですね。先輩達」
蒼真はそんな2人の心の強さを素直に褒め称えた。まだ高校生とはいえ、立派な強い魔法使いはいるものなのだと再認識させられたからだ。
「そうなんですよぉ。あの魔法は、小さい頃から香織さんとずっと練習してたんですよねぇ」
蒼真の褒め言葉を魔法の威力の事だと勘違いしたいろはが、そのまま喋りだす。
「やっぱり、同調できるのは香織さんだけですよぉ」
「香織ちゃんだけってさらっと言うけど、同調って難しい技だからね! 私だって上手くできないのに……」
同調、それは魔法における一つの技術だ。本来一つの魔法を発動するのは一人だが、魔法の種類や魔法使いの魔力量によっては十分な魔力が確保できず、発動に失敗することがある。そこで必要なってくるのが、同調だ。
二人以上の魔力を合わせて、一つの魔法を発動させる。簡単なように思えるが、個々の魔力のバランスが悪ければ魔法が発動しなかったり、暴発して事故が起こることもある。
恵が同調を上手くできず、苦手意識を持っていることには、一つ理由がある。
それは、彼女の「七元素」としての魔力が一般の魔法使いと比べて大きすぎるからだ。
魔力を抑えた上で相手と合わせるように微調整をするというのは、流石の恵であっても簡単とは言いづらい。
ただ、それも他の「七元素」の魔法使いと同調を試したことがないからであって、同じレベルの魔力量同士だともっと簡単に成功体験を得られるだろう。
「まぁ、この魔法も私達に合わせて改良してますからねぇ」
「あれで改良型ねぇ……。じゃあオリジナルの『土石流』は一体どんな魔法なのかしら?」
「そんなに変わりません。アタシが水の部分をやって、いろはが土の部分をやって完成させてるんです」
こんなにもフランクに自分達の使う魔法について話す彼女らを見て、蒼真は思った。「隠さないのか」と。
蒼真にとって、自分の事は秘密にするのが大前提で生きてきたからだ。
「全部言うんだな。自分の魔法の事」
蒼真を代弁するかのように一彦が声をかける。案外彼は、蒼真と似たもの同士なのかもしれない。
「私達は別に隠したい理由がある訳でもないですからねぇ。一族秘伝の特別な魔法ってものでもありませんし」
「でも、すごいのは会長ですよね。一発で敵を倒せる位置に行くように指示してくれて。あれって噂の会長の固有魔法で見てたんですか?」
「そうよ。って、隠してるわけじゃないけど、結構広まってるのね。私の魔法」
恵の固有魔法。それは「光魔法半無効」。光魔法を無効化する魔法だ。
しかし、その対象は「幻影」などの光により視認できなくなるものに限られる。そのため、「光膜」は膜の向こう側を見ることはできるが、破ることはできない。他にも、「閃光斬撃」などの攻撃用途の魔法にも使えない。
この固有魔法からついた恵の二つ名は「ホルスの目」。万物を見通す力として名付けられた。
二つ名は固有魔法を持たなくてもつけられる事がある。固有魔法なしでも能力の高い魔法使いや偉大な成果を挙げた魔法使いなどだ。
恵に限らず、固有魔法と二つ名を持つ魔法使いは多くいる。しかしそのほとんどが「七元素」であり、彼らの固有魔法は公に知られている。強力な固有魔法を持つことを知らせて他を牽制する目的があるのだ。武力を誇示することで威嚇するのはいつの世も変わらないらしい。核が魔法に変わっただけだ。
「そりゃあ『七元素』の固有魔法ですからね。相当そう言う情報に疎くなかったら、誰でも知ってますよ」
「有名なのも困ったものよ。私のは対策ができない魔法でもないし」
恵が首をかしげて言う。もちろん本気で言っているわけではなく、いつもの笑みのままでだ。「七元素」からすれば、固有魔法抜きにしても同じ土俵に立てる魔法使いなどそう多くはいないからだ。
「それはそうとして、後始末は早くしないとね。校庭が泥だらけのままじゃあ智美に何言われるかわからないしね」
「あまり風紀委員に面倒をかけるわけにもいかないな。まずは土砂の撤去を手分けして——」
不意に聞こえたのは地面からの小さな音。風が吹くよりも静かに鳴った音だったが、一彦の言葉を遮り、緊張が走るには十分すぎた。
「何ですって……!? あの魔法を受けて、まだ……!?」
土の中から腕を出し、少しずつ体を掘り起こしてきたのは、あの稲沢の肉体を乗っ取った「賢者の石」であった。
パラパラと土を払い落としながら、立ち上がる。その体は傷だらけで血も出ており、痛々しさが際立っている。
『ングッ……ハァ……。我等ハ、王ノ僕……。負ケル事ナド許サレンノダ!!』
「さっきも言っていたが、王とは一体誰のことだ?」
蒼真は無理を承知の上で尋ねてみるが、敵は聞く耳を持たず、答えることはない。無言で血に塗れた足を一歩ずつ、着実に蒼真達へと近づけてきている。
「香織ちゃん、いろはちゃん。早くここから離れて」
「そんな! アタシ達も——」
「いいから! あなた達はよくやったわ。でも、そんな状態でここにいても仕方ない事はわかるわよね」
「……はい」
悔しそうにうなずく香織をいろはが連れて行く。半ば引きずるようにして移動しているが、無防備で消耗した彼女らに「賢者の石」は見向きもしないため、無事に逃げ切れるだろう。
「さて、あの敵をどう倒すかだけど、私と蒼真君でサポートをするわ。だから、一彦君。本気出していいわよ」
「だが……」
「校舎とかの心配してるの? ほんと真面目ねぇ。少しくらい壊れても、光坂家にかかればすぐに直せるからやっちゃいなさい!」
「フッ……それなら安心できるな」
一彦は恵と軽く笑みを交わすと、リラックスした様子で「賢者の石」へと近づいていく。
「蒼真君、見ていなさい。あれがあなたと同じように人の上に立てるだけの実力を持ち、努力を重ね、あなた以上に信頼を獲得してきた人の姿よ」
今、毅然と立つ一彦が纏うのは、魔法高校の制服ではなかった。赤く燃える炎の鎧。目を奪われるほど精巧で力強い魔法だった。
登場魔法
・土石流ー水、土の混成魔法。大量の土砂を出現させる。
・光魔法半無効ー恵の固有魔法。限定的に光魔法を無効化する。




