微風
蒼真は再び生徒会室へ戻ってきた。
それなりに時間が経っていたので、既に部屋では恵、志乃が先週から始まっている部活勧誘関係の仕事に取り掛かっていた。
ただ1つ異なっていたのは、志乃がある程度の余裕を持っている、という点だろうか。
「おかえり。早速だけど、前と同じように見回りに行ってくれる? 遅れる事はもう香織ちゃん達には言ってあるから」
「ありがとうございます。でも、ちゃんとふざけないで伝えたんですか?」
蒼真はいまいち恵の事が信用しきれていないようだ。
これは彼女の日頃の行いのせいだろう。
「誤解の生まないように言いました! 蒼真君、私の扱いだんだん雑になってきてない? 私、生徒会長なのに……」
わざとらしく落ち込むそぶりを見せる恵を横目に、蒼真は黙って生徒会室を出た。
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蒼真の持ち場は、前回と同じ魔法系団体の部室付近。
今度は備品のものではなく、自分の指輪型補助装置をつけての見回りだ。
つい先日に事故が起こった事もあってか、強引な勧誘をしている団体もなく、至って平和な風に見える。
「ん? 誰だ?」
蒼真はどこからか視線を感じて辺りを見渡した。
当然この大人数の生徒の中にいて、蒼真自身は生徒会副会長なのだから少しくらい視線を集めるのは仕方がない。
しかし彼が感じたその視線は、鋭く刺すように彼を観察しているような感じがしたのだ。
流石の蒼真でも、この人数からその視線の主を見つけるのは不可能だし、もう見られているような感じはしない。
(本当にいるのか? 外部の人間、『異例者』の関係者が……)
もしそんな生徒がいた場合、蒼真の秘密が知られている可能性がある。
その生徒の確保の重要度を彼の中で一番におき、見回りがてら探すことにした。
話し声や雑音を意識の外へと弾き出し、手がかりを探す。
だが、それらしき人物は全くもって見つからない。
魔法を使って隠れているなら、彼の力で感じ取れる。
つまり、魔法を使わずに自分の力で立ち去っている、もしくは周りに溶け込んでいるということだ。
ならば後者だと蒼真は決め、一旦は探すことを中止した。
その後、視線を感じる事はなく、部活団体の問題も起こる事はなかった。
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全ての仕事を終えて、生徒会室で集合した生徒会役員、風紀委員は解散し、それぞれの家路についた。
蒼真、澪、志乃の3人は、特に1人で帰るような用事もないため、一緒に出て校門の方へ向かった。
校門を出たところで、直夜、修悟、リサが彼らを待っていた。
「待ってたわ! 一緒に帰りましょ!」
「待たせちゃってごめんね。でも先に帰ってくれてもよかったのに」
志乃がとても申し訳なさそうに言う。
人に迷惑をかけたくないタイプの人間なのだ。
「いいの! みんなで行きたいところがあったから!」
「「「行きたいところ?」」」
直夜、修悟、志乃の声が見事にハモる。
「そうよ! こっちよ!」
長い金髪をなびかせて早足で歩く少女と、その後ろをぞろぞろとついていく5人集団という、少し不思議な風に周りからは見えるであろう様子で一行がたどり着いたのは、一軒の喫茶店だった。
その店の名前は、「喫茶ゼフィール」。
レンガをあしらった外装に、落ち着いた雰囲気のある内装のお洒落な店だ。
中に入ると、ほんのりとコーヒーの香りがする。
今の時代では、このような空間に漂う飲食物の匂い、そのほかの異臭を消す事は簡単にできる。
だが、敢えて残してあるこの匂いが喫茶店の雰囲気を作り出し、訪れた人々を落ち着かせている効果があるのかもしれない。
6人は、店の奥の方の丸机を囲むように座った。
「こんなお店よく知ってるね? 来たことあったの?」
「いいえ! 初めてよ!」
まさかのリサの返答に驚く修悟と志乃、そこまで表情が変わらない蒼真と澪、マイペースにメニューを見る直夜であった。
「じゃあ、なんで今日はここに来たの?」
「前にこの辺りを歩いてた時に、素敵なお店があるなって思ってたの! それに、レイのお誕生日会もしたかったし!」
再び驚く修悟と志乃である。
澪の誕生日は四月の初めで、既に終わってしまっている。
「部活を見て回ってる時に、直夜から聞いたの!」
その直夜はというと、「そんなこと言ったっけな」とでも言いたげにぽかんとしている。
「部活を見て回ってる時ってことは、修悟もいたんじゃないのか?」
仕事中だった蒼真、志乃、澪はともかく、一緒にいたであろう修悟が知らないのはおかしい。
「いやぁ僕、この2人についていくので必死になっててさ……」
修悟はそう恥ずかしそうに答えた。
それを見て、蒼真は想像した。自由奔放な2人に振り回される彼の姿を。
「大変だったな……」
「うん……」
そんな2人の会話はリサの介入によって中断された。
「ねぇ! シューゴとソウマは何を頼むの? 私達はもう決めたわ!」
ドヤ顔でリサが突き出したメニュー表を受け取り、2人は何を頼むか考えながらペラペラとページをめくる。
学校では空中ディスプレイを使っているのになぜこの店のメニュー表はページのついた本型になっているのか疑問に思う者もいるだろう。
その答えは、そっちの方が古き良き喫茶店の雰囲気が出るからである。
「じゃあ、僕はカフェオレにしようかな」
「俺は紅茶で」
それぞれ飲み物を選ぶと、リサは机に埋め込んであるタッチパネルを操作して全員分の注文をした。
メニュー表に対してタッチパネルは発展しすぎだが、人件費削減のためなのでご了承いただこう。
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注文を終えて数分後、頼んだドリンク類に加えてリサが勝手に注文していたケーキセットが運ばれてきた。(直夜はホットサンドも頼んでいた。)
「えっ! ケーキも頼んでたの? お金足りるかな……」
例のごとく何も言われていないので、所持金の少ないらしい修悟は心配そうに呟いた。
「大丈夫よ! 全部私が払うから!」
「そんなの悪いよ……」
ドヤ顔で言うリサに対して申し訳なさそうな修悟だったが、何を思ったのか蒼真の方へと助けを求める視線を送ってきた。
「俺も払おう。お前の家は裕福だろうが、友達同士なんだから割り勘でいいだろう」
リサの家、つまりは輝山家は「副元素」の中でも裕福な家の1つだ。
言わばリサはお嬢様な訳で、その環境が根本にあるため、今の自由な彼女の性格が形成されていったのだろう。
「いいの! 今日は私が急に誘って、無理言って来てもらったんだから! だから、次はそうしましょ!」
「わかった。次からは俺も払うからな」
結局は蒼真が折れ、リサが会計をする事となった。
キャッシュレスシステムが進み切った今では、現金を持ち歩くような人はおらず、個人のカードで管理するのが一般的だ。
リサは自分のカードを取り出し、机上の端末にかざして会計を終了させた。
これもまた、レジに人がいらないので人件費の削減に貢献している。
ここの喫茶店は個人経営らしく、店の見えるところにいるのは店主であろう男性だけである。
澪の誕生日会も進み、女子3人が次の休日に一緒に買い物に行くことが決まった時、直夜は席を立った。
「悪い。ちょっと電話してくる」
そう言うと、彼は店の外へ出て行った。
「何の電話なんだろうね」
修悟ふと声を漏らす。
「さあな」
蒼真は答えたが、本当は直夜がなぜ外に出たのか知っている。
つい先程から、外から彼らへと伸びる視線を感じていたのだ。
それに気づいていたのはおそらく蒼真、直夜、澪の3人だけだろう。
蒼真は直夜に任せ、魔素を見る目で見守ることにした。




