思惑
「若、終わったようですので報告を」
如月は、蒼真が作ったチョーカー型補助装置を既に付けてきていた。
「もう体の調子はいいのか?」
「ええ。これも澪ちゃんたちのおかげで」
蒼真の問いかけにも、如月は腹部を軽く叩きながら笑って答えてみせた。
「あと、これもいい感じです。ありがとうございます、若」
これ、と指さすのはもちろん首の補助装置。
違和感を感じさせないのは蒼真の技術の賜物だろう。
「それなら良かった」
蒼真はふっと微笑む。
魔法使いがきちんと使いこなせてこその補助装置だ。
使いづらい補助装置だと、それはただの邪魔物に成り下がる。
「まぁ、こっちに来て座ったらどうだ?」
「はい。じゃあそちらに行きますね」
4人は輪のように並んで座りこんだ。
「で、昨日の件の報告ですが——」
そして話もほどほどに、如月は報告を始めた。
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「——そうか……」
如月の報告をうけ、蒼真は敵が如月と同じ闇斎家に実験体とされていた人物だったという事、そしてその目的を知った。
「……若、お願いがあります」
重い雰囲気の中、おもむろに如月は口を開いた。
「……敵を、いや、『異例者』をどうか殺さないでください。こんなことを言っていいのかわかりませんが、彼は僕にとって必要な人なんです」
「……」
しばらく沈黙が続いた。
これは誰にとっても判断は難しい問題だ。
「……如月。気持ちはわかったが、その『異例者』という男の目的は復讐心から来たものだ。その復讐心はきっと理屈でどうこう言えるものじゃなく、強い力を生み出す感情だろう? だから、悪いが結果はどうなるかわからない」
「そうですか……」
蒼真の言葉に如月は少し表情を曇らせたように見える。
「まぁ、善処はしてみるさ。だから、ちゃんと手伝ってくれよ」
「は、はいっ!」
蒼真の前向きな姿勢に希望を持った如月の表情は、先程から一転して明るくなった。
「もちろん、お前達もな」
「お前の決めた事なら従うさ」
「私達はあなたについて行くだけよ」
2人の守護者達は、最初からこの展開がわかっていたかのように、余裕を持った表情で答えた。
「そうと決まれば、まずは何から始めるんだ? いきなり殴り込みには行けないだろ?」
「敵の居場所がわからないからな……」
4人は黙ったまま考えを巡らせていた。
「……そうだ」
長い沈黙を破り、直夜は小さく呟いた。
「どうした? 何か思いついたか?」
「いや、蒼真の魔素を操る能力でどうにかならないかなって思ったんだけど……」
「……難しいな」
蒼真は厳しい表情のまま、直夜の提案に答えた。
「確かに俺の能力を使えば、この辺りの魔法使いがどれほどいるかはわかるが、それが例の『異例者』だと判断するのは出来ないな。それに、仮に出来たとしても、相手に察知される恐れがあるし、他の魔法使いにも気づかれる。そんな事で秘密を漏らすきっかけを作るわけにはいかないだろう」
蒼真が考えを示すと、再び室内は静けさに包まれた。
彼らにとって、力量が未知の相手との戦いは初めてなのだ。
どう動くべきか、どの方法が最善か、見えない結果を模索していくしかないのだ。
「……仕方がないな……」
蒼真は不意に立ち上がると、ため息をつきながら呟いた。
「人手をかけるしかないか」
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場所は地下室からリビングへと移り、蒼真たちは京都の結城家に電話をかけていた。
相手はもちろん、当主の謙一郎である。
「おはようございます、父上。忙しいところすみません」
『おはよう、蒼真。別に構わんよ。今、仕事の方は黎明に任せているからな』
結城家の表の顔は、魔法に関する品を取り扱う会社を営んでいる。
謙一郎はその社長だ。
『それで、あの件について何かわかったのか?』
「敵の最初の狙いは、魔法高校と大学です。そこへの襲撃を足がかりに、国に対して反乱を起こすつもりのようです」
『そうか。で、最初に奴らが行動を起こす場所に見当はついているのか?』
「いえ。ですが、狙われるとすれば東京の可能性が高いと思います」
『ほう。それは一体なぜだ?』
謙一郎はよく蒼真の考えを聞く。彼が期待しているのは、蒼真の頭脳と白鬼の勘だ。
だからといって、そのまま言葉を鵜呑みにするほど彼は無能ではない。
一族の長として、裏の世界に身を投じる1人として培ってきた経験がある。
常に最善の策を練るためには、蒼真の考えは必要だと謙一郎は判断しているのだ。
「まず、敵が現れたのが都内だという事。ここから別の所に移動するのは、結城家相手ではリスクが高いため動くことができないはずです。そして……」
そこまで言って蒼真は少し言葉を切ったが、すぐに後を続けた。
「そして何より、もし俺自身が敵なら狙うべきは東京だと思うからです」
蒼真が言い切ると、謙一郎は満足そうに頷いた。
『なかなか面白い仮説じゃないか。だが、悪くない。東京を中心に魔法高校と魔法大学に見張りをつけておこう』
「ありがとうございます」
『問題はすぐには人を送れない事だな。まだするべき仕事が残っているんだ。できるだけ早いうちに『月の忍び』を中心に戦力を送るから、それまでは耐えてくれ』
「わかりました。それではお願いします」
約束を取り付けた蒼真は京都への回線を切った。
そして、後ろに控えていた彼の従者たちに振り返った。
「結城家に応援を頼んだのはいいけどさ、時間がかかりそうだな」
直夜は少し不安げな様子である。
「そうだな。もし敵が行動するとすれば、数週間も経たないに始めるだろうな。『異例者』も如月が死んだとは思っていないだろうが、重傷は負っているとは思っているだろう」
「なら、如月さんが動けないうちに始めたら相手からすれば、1人戦力が少なく済むものね」
蒼真の言葉を継ぐように、澪が続けて言った。
「さて、どう仕掛けてくるんだろうな」
蒼真は少し上を見上げて呟いた。




