アサルト・ボーダー⑧
アキュレイト・シューティング、ドッジ・サバイバルの順位が確定した午後、この日最後の競技を見ようと、競技場には多くの人が駆けつけていた。
アサルト・ボーダーの3位決定戦。準決勝で敗れた大阪、盛岡、横浜、熊本の4校による総合ポイントをかけた戦いだ。この競技は他の学年別の競技と比べて獲得できるポイントが多い。だが、それを得ることができるのは5校のみ。3位決定戦で戦うこの4校のうち、1校は何も獲得できず涙を飲むこととなる。
そんな中で注目を集めている選手が2人いる。蒼真に敗れはしたものの、それでも「七元素」としての実力を期待されている土岐岳。そして「七元素」の雷電刹那と激闘を繰り広げ、観客から見ればあと僅かのところで敗れた鞍馬崇。この2人をいかに抑えることができるかが勝負の分け目と言える。
そのために2人の戦闘データを総力を上げて研究し、戦いに挑む気合は準決勝以上である。特に岳は蒼真に同年代の魔法使いから生まれて初めての敗北を喫し、2度目は許されないと今までしてきたことがなかった勝つための準備を積んでいた。それも同じ「七元素」の1人である刹那が認めた実力者が相手なだけあって、僅かな油断が命取りになると思い知らされたからだ。
「絶対に勝つ……勝って来年はアイツにリベンジや」
対する崇は、まさか試合前とは思わせないようなリラックスした態度を見せていた。チームメイトは彼の双子の弟の和徳がまとめた対戦相手の資料を読み込み、強敵相手にガチガチに緊張しているにも関わらずである。
それもそのはずで、彼の興味関心はこの競技の勝敗には無い。ただ周りの環境に流されてたどり着いたのが3位決定戦の場だっただけだ。たとえこれから決勝戦が始まるとしても、彼の様子は変わらないだろう。怪我程度のリスクしか負う危険のないこの競技は、彼にとってお遊びも同然なのだ。
ただ1つ、崇を惹きつけるものがあるとするならば、彼に全力で挑み、そして彼自身も全力で命の削り合いができる相手が現れることだろう。今まで出会った中でその条件に合致する人物は白鬼の蒼真と、弟の和徳くらいだが、この2人と殺し合いをすることは金輪際無いと彼もわかっている。それでも、彼の中に脈々と流れる祖先からの天狗の血は争いを求めていた。
* * *
大阪、盛岡、横浜、熊本の4校のチームがスタート位置につき、各チーム6名の計24名の選手が白い光に包まれる。そして始まる試合開始の10カウント。中継映像越しに観客の注目と熱狂が最も大きくなったスタート直後、選手全員の反応が消えた。
『何だ!? 中継ドローンの故障か!?』
大きくざわめく観客席。そこから見える映像は、3位決定戦の舞台である海のステージのみであり、肝心の選手の姿は無い。
ステージの大部分が水に覆われ、点々と陸地が島として浮かぶ見通しの良い立地だ。勝敗を決める占有すべきキューブは島の上、そして海の底に設置されているが、どこのチームが守っているのか周りから見て一目瞭然なため、激しい奪い合いが予想される。が、争いはおろか観客席からは穏やかな波が浜に打ち寄せる風景しか見られない。
しかし、彼らの認識の外で戦いはすでに始まっていた。
「邪魔やお前ら! 道開けろ!」
まさに猪突猛進。海の上に魔法で自分1人が渡れる幅の橋をかけ、島から島へ縦横無尽に岳は敵の殲滅を始める。
荒々しい口調で相手に向かっていく姿は蒼真と対戦した準決勝の時と変わらないように見えるが、彼の心は冷静さを保っていた。彼の最高速の移動を保ちながら周囲の情報に目を向ける。
(何でどこにもアレが無いんや? それにアイツも……)
冷静だったからこそ見つけることができた違和感。岳は試合開始後から1度もキューブを目視していなかったのだ。それどころか、崇をはじめとした盛岡校のメンバーにも遭遇していない。
このフィールドは既に崇に支配されていたのだ。
天狗固有の術の1つ——「神隠し」。古来から突然子供などが行方不明になり、数日後に不意に戻ってきたりそのまま帰ってこなくなる現象として知られる。その術としての真髄は、認識の阻害である。そこに存在する人や物を無いものとし、感覚を狂わせる幻覚の1種だ。
崇はこの試合のため、2重に「神隠し」を仕掛けていた。1つは観客から選手全員とキューブを見えなくすることで、自分の戦いをこれ以上曝け出さないように。そしてもう1つは大阪、横浜、熊本の3校のメンバーから盛岡校のメンバーとキューブを隠し、試合を有利に進めると共に、彼と同じ試合に出場することとなったもう1人の「七元素」の観察を行うために。
準決勝では直接刹那の力量を体験して、この3位決定戦では岳の術に対する反応を見ていた。
術師と魔法使い。今は過度な干渉も無く、土御門正親が適度な距離感を保っているが、双方共に実力者が増えてひとたび亀裂が入れば大きな争いが起こることを崇をはじめとした天狗の一派は考えていた。
魔法使いと比べて、術師の母数は少ない。だからこそ、もしもの際に備えて相手の戦力を把握しておく必要があった。
そんな崇の視線に、「神隠し」にあった岳は気がつかない。この術中から抜け出すために、最も必要なものは知識である。この試合の相手が蒼真や稲荷のような術に対して造詣の深い人物であれば、「神隠し」を見破ることができたかもしれない。だが、岳には術の知識は全くなかった。
そのため、岳はスタート位置が近くにあった横浜校、そして熊本校の順番で敵の大将を行動不能にし、チームの脱落を見届けたがついには崇の姿を最後まで拝むことなく2度目の敗北を喫することとなった。