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黄昏にて  作者: にわせたか
第1章 再出発の町
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7 レナトスの町(1)


「ろ~・・・・・・」


 何か聞こえた気がした。


「・・・・・・」


「おきろ~・・・・・・」


 シュウは深い眠りの中、自分の意識を引き戻そうとする誰かの声が届く。


ああ、誰かが自分を起こそうとしているのか


しかし、自分には関係ない。全く関係ない。昨日は派手に動いてもうクタクタなのだ。地球の重力に逆らえず、地面に溶けてしいそうなくらいに疲れている。


「・・・・・・」


「おきろ~シュウ~・・・・・・」


 ああ、聞き覚えがある声と思えば、サニーのやつか・・・・・・毎度毎度世話焼きなやつめ。


「・・・・・・ぉぅ」


 シュウはようやく、声にもならない声を出す。


「朝だぞー。 シュウ~」


 いつもならば透き通った心地の良い声が今は唯々耳に触る。

 なんか寒いし、諦めて起きるとするか。


 シュウは眠い目をゆっくりと開いていき、朝日の眩しい光が体の覚醒を促した。


 シュウは目を開けてみれば全面木造の板張りの床で横になっていた。


 そこは自分の家に併設された道場だった。正確にはシュウの父親の物だが・・・・・

 シュウは仰向けに寝ていた体を起こし、まだぼやっとした頭で昨日の記憶を辿ってみるが、なぜ自分がここで寝ているのかまるで覚えていなかった。


 早朝の少し冷たい風がすーっと入ってきていた。周りを見渡すと道場の扉は開けっ放しだった。


道理で寒かったわけだ・・・・・・


 シュウはまだ覚醒していない頭を巡らせる。昨日は深夜にフラムに乗って家まで帰っている途中までは覚えていた。しかしその後どうやってこの場所で眠りこけていたのかがまるっきり覚えていない。どうやら乗馬しながら眠ってしまっていたらしい。


 まあ状況から見てフラムが寝ている俺をここまで運んできた。そして道場までたどり着いた後に無意識の内に道場まで這いつくばって入り、そのまま熟睡してしまったようだ。



「ふぁ~~ぁ」


 体が起きろと言っているのか、シュウは自然に毛伸びをしながら扉の前を見る。


 扉の前にはフラムが尻尾を振りながら待機していた。主人が寝ている間もずっと見守っていたのだ。


「フラム、ありがとう。行っていいぞ」


 シュウはそう言うとフラムはゆっくりとどこかへ行ってしまった。

 周りの住人には周知されているがフラムは基本的に放し飼いにしていた。賢いので人様に迷惑をかけるような事はしない。実際苦情が飼い主のシュウの耳に入ったことはない。


 腹が減ったらどこかで草を食んでいたり、駆けたいと思ったら町の丘陵地帯で気持ちよさそうに駆けている姿を見たとよく耳にしていた。

 しかも、その特異な赤毛が特徴のフラムに似た馬などこの町にいるはずもなく、フラムは町中に知らない人はいないと言えるくらいの認知度であった。


 自由気ままに町を散歩するフラムだが町の外へは出ていかない。そしてシュウがフラムを必要とするときにはいつの間にかシュウの目の届く場所にいた。


 この町の住民は馬を個人で飼っていることはほぼなく、例外はシュウくらいのものだろう。

 ちなみに先日、ウェインが乗っていた黒馬は警備隊で飼育されているものだ。ウェインの乗馬技術は警備隊で群を抜いていた。大抵の馬に乗ってもよほどの駄馬でない限り、すぐさま乗りこなしてしまうのだから。


「で、フラムにはあいさつをして私には何もないわけ?」

 少しむすっとした声でサニーが顔を出す。


「ああ、すまんすまん、おはよう。 サニー、起こしてくれてありがとう」


 シュウはそっけない返事をした。


 彼女の名前はサニー=コスターラ。 シュウと同じ歳で、栗毛のミディアムショートで片側だけ長く伸ばしてる。おとなしめな声が特徴で、自分の家の仕事がてらだったのか、動きやすそうな服を着ている。


 どういたしましてとサニーは自分の手をシュウの前に広げる。


 彼女の手を握りしめ、よいしょっと力を入れて、シュウはようやく立ち上がった。昨日の疲れが出ており、体中が痛かった。


 そんな中、シュウは彼女の手を握った時に気付いたのだが、彼女の手はかなり使い込まれており、荒れていた。


「もうすぐ冬だし、おまえの所は大変だな。」


 握った手を放しながらシュウは呟いた。


「あ~・・・まあ、これくらい毎年の事だし、おじいちゃん達の方が大変だと思うわ」


 サニーはシュウが自分の荒れた手を見て気付いたのを察したのか、サニーは手の平を隠すように両手を合わせて少し顔を赤らめてしおらしい表情を浮かべた。


 このレナトスの町で一番の食糧源は魚である。この町の西側には海に面しており、レナトスは漁業で栄えているといっても過言ではなかった。


 町では漁業団体が組まれており、年がら年中、大規模な漁業が行われている。


 そしてサニーの祖父、オーランド=コスターラはこの漁業団体を取り仕切る団長を務めていた。


 もう70を過ぎていただろうか、高齢にも関わらず最前線で漁を指揮しており、髪は白髪だったが、その体はその年に相応しくない、筋骨隆々の体つきをしている。

 快活な喋りで、分け隔てなく誰とでも付き合い、団長の名に恥じない信頼を仲間達からも寄せられていた。


 そのオーランドの孫であるサニーはまだ日が昇らない内から港に行き、収穫した魚の仕分けや他の漁師の手伝いをしていた。学校がない日など、漁船に乗り込み網の引き上げなどもしているらしかった。


 漁の手伝いに何度か行ったことがあるがあれは戦場にも似た風景であった。

 経験がないシュウに言い渡された仕事は揺れる船の中ひたすら櫂を振り続け船の推進力を作る事・・・・単純に櫂を漕ぐだけの作業だった。


 この時代の船の推進力は人であり何人もの人が櫂を漕いで船を動かしていた。


 正直もうやりたくなかった。非常に揺れる船の中、船酔いをしたシュウは何度も嘔吐し、ギブアップしたのを覚えている。

 そんな過酷な仕事の手伝いを毎日こなすサニーにシュウは尊敬を抱かざるをえなかった。


更に一方でサニーは祖母が経営している服の仕立て屋も出向いて仕事をしているのだ。


 また、シュウの家の家事をしてくれるのもサニーだった。シュウ自身、本当に彼女には頭が上がらなかった。


「さ、今日は学校があるし、速く朝ご飯を食べに食堂にいきましょ。 シュウが起きないから余計な時間がかかっちゃったわ」


 そう言うと、せわしないサニーは道場の扉へと足早に歩いて行った。


 シュウはそういえば昨日は夕飯を食べそこなっていたなと、ふと思い出した。そうしてみれば今まで気にしていなかった空腹感が出てきた。


 この町では各所に大衆食堂とも呼べる、大勢の人が利用できる食堂があり、ほとんどの人はそこで食事をとっていた。シュウもサニーも港に近い食堂を利用していた。


 シュウは道場の外に置いてあった水瓶から水を手で掬い取り顔を洗った。冷たい水が顔に当たり、やがて眠気もどこかに消えていった。

 身だしなみを整えると外でせわしなく待っているサニーにすまんすまんと会釈しながら合流し、二人で町に歩いていった。



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