6 レナトス北壁(6)
北壁警備からの増援がやってきたのはシュウ達がウェアウルフの集団を追い払った数分後のことであった。
皆、シュウとウェインの独断専行はとりあえず不問であった。
すぐさま負傷者の応急手当に入り、商人達の馬車の中に担ぎ込む。馬車を走らせる御者のほとんどがこの襲撃で真っ先にやられたようで警備隊が代わりを務めた。
死者はそのまま放置せざるを得なかった。
なにせ、長居をすれば日が沈んでしまう。悠長にして、夜になると人間よりも夜目が利く亜人の時間となってしまうからだ。
逃したウェアウルフ達が更なる仲間を引き連れて報復に出ないとも限らない。夜襲になった場合、負傷者もいる中で戦闘は避けなければならない。死んだ命を偲び、悼むことよりも、今は生きている自分達が優先であった。
大勢の死体を前に、シュウは暮れる日を背に肩を落としていた。
警護隊からの撤退の声にシュウは悲しむ暇もなく、隊に遅れないようにフラムに乗った。
ウェインが後ろからシュウの肩を軽く叩き、ま、よくやったよ、と慰めた。
何人もの命が失われた。
なるようにしかならないのは分かっていた。しかし、もう少しなんとかなったのではないかと走りながら、自問自答を繰り返すのであった。それと同時にあの殺陣の中で自分が生き残れたことに対する安堵の気持ちもあった。
警護隊の集団と並走する中、シュウの心の中の恐怖は和らいでいった。
しかし、更なる恐怖はこの後待ち受けることになった。
北壁の詰所に帰ってきたシュウとウェインはすぐさま「隊長」からの呼び出しであった。
二人共理由ははっきりと分かっていた。二人での独断専行と一般人の警備区域内へ招き入れてしまったことである。後者はもしかしたら不問にしてもらえるかも・・・・・・と甘い考えはなかった。
後で聞いたことなのだが、増援の連絡を頼んだオルフェはすぐさまこの警備隊の詰所に報告をしたらしいがそんな遠くの襲撃をどうして知ったのか、一般人がなぜこんなところにいるとロクに相手にされなかったらしい。
途方に暮れていた所、襲撃に合った一団の中、運良く北壁の詰所に逃げ延びてきた者からの報告が合致し、ようやく増援を出したとのこと。
しかしながら、オルフェは無断で北壁内にいたことが分かり、家に帰されたらしい。
あいつ家がここから遠いのに馬なしでどうやって帰ったんだろうなという思いはこれから我が身に受けることを考えると頭の中でかき消された。
松明の明かりに照らされた薄暗い石作りの通路を歩きながら、普段は長いと感じる部屋までの距離が、いやに短く感じた。
部屋へのドアを前に、今度はシュウがウェインの肩に手をやり二人ともこのあと身に降りかかる事に対し覚悟を決めた。
部屋のドアをノックしウェインが扉を恐る恐る開ける。
「バァカモーーーーーーーーーーン!!!!!!」
「ぶへぇ!?」
甲高い声とともにウェインは自分の顔よりも大きく見えた拳を顔面に受け、扉の向かいの壁まで吹っ飛ばされる。
ウェインは気を失った。
「シュウ、ウェインを部屋に入れろ。」
「は、ハイ!」
部屋の中からの声の主にシュウは従う他なかった。
シュウは両手で気絶したウェインの脇を持ち、引きずりながら部屋に入れた。
先ほどウェインを殴りつけたこの筋骨隆々、ウェインと同じく2mくらいの長身で中年の人物は部屋の中に直立不動で立っていた。スキンヘッドに髭を蓄えた、初めて見る人にとってかなり厳つい印象を受けるであろう。
この人こそ北壁警備隊のトップである「ゴーリキ隊長」であった。
ゴーリキ隊長は平手打ちでこれでもかと気絶しているウェインを叩き起こした。
ウェインはすぐに立ち上がり、申し訳ありませんと礼をした。
そこからの時間は覚えていない、永遠と続くゴーリキ隊長の叱責に二人とも唇を噛みしめながら耐えた。
お仕置きが終わるころには二人とも涙を流していた。ゴーリキ隊長のお仕置きを受ける回数はこの隊の中でこの二人が1,2位を争う頻度である。ゴーリキ隊長の怒声に口を挟めるはずもなく、シュウはこの一方的なやり取りの度、もうやらないと反省するのであった。それは隣で自分より派手にやられている先輩であるウェインの居た堪れなさもあってのことだった。
いつ終わるともしれない怒声にも終わりが見えてきた。
「ウェイン、お前が優柔不断なのはわかっているだろう!!!その性格も踏まえて警備隊としての行動をしろ!!! お前のせいでお前も、シュウも命の危険が増すんだぞ!!!」
シュウは終始正面を向いており、わやくちゃになっているであろうウェインの顔は見なかった。
後輩に先輩である自分の情けない姿は見てほしくないだろうという思いだった。
「結果的には二人とも生還し、助かった人命も多数あった。しかし、お前たちの行動には目に余るものがある!!! 二人とも今回は1週間の謹慎。ウェインは半年の北壁全ての便所掃除を言い渡す!!!」
二人とも声にならない返事をした。
数時間による怒号の末の判決である。二人は戦場にも似た自己の防衛線を戦い抜いたのである。
落ち着いた所でゴーリキ隊長は二人のそばにいき、
「ウェイン、シュウ、よく無事で帰ってきてくれた。」
ゴーリキ隊長は二人の肩を叩き、いつのまにやら笑っていた。
雨と鞭である。
この気質でゴーリキ隊長の人気は高く、この人が隊長になってからは隊を辞める人はほとんどいないという。
ウェインが先に部屋を出て、シュウも続いて出ようとした時、ゴーリキ隊長が呼び止めた。
「シュウ、親父さんの事もあるが、やはりおまえに前線に出て戦わせる許可を出したのは間違いだったと思っている。・・・・・・せめて学校を卒業するまで、以前の様に、防衛の補佐にのみ務めないか?」
シュウはまだ目に涙を浮かべていたがまっすぐとゴーリキ隊長と面を向け、
「・・・・・・申し訳ありません、迷惑と分かっているのですが、こればかりは自分でやりたいと決めているのです。」
そう言うと頭を深く下げて礼をした。
「・・・そうか」
ゴーリキ隊長は短く言い、それ以上の事は口にしなかった。
シュウはゴーリキ隊長のその言葉に承認の意味があるかどうかは分からなかったが、頭を上げて足早に部屋を後にした。
部屋を出た二人はほとんど喋らずに詰所から町の中へと続く道を馬を引きながら歩いて行った。
ウェインは北壁沿いにある宿舎で寝泊まりをしている。ウェインと別れを告げ、シュウはフラムに乗った。
時間の感覚を取り戻し、もう夜も深まっている事に気づいた。町の中はほとんど明かりがなく、自分一人しかいないと感じるような静けさだった。
2月、この地域では初秋であるがこの時間帯になるとさすがに肌寒かった。
雲もなく澄み切った夜空には月と星、そして小さく人類が宇宙に残した構造物であろう「」がくっきりと輝いており、それを仰ぎ見ながら今日の出来事を思い出しながらシュウは家への道をゆっくり帰っていった。




