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黄昏にて  作者: にわせたか
第1章 再出発の町
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5 レナトス北壁(5)


 一呼吸置く。


しかし、落ち着いてこの戦いを悠長に長引かせてはならない。


残ったウェアウルフはシュウの目視範囲だけで12体。馬車の中や物陰に潜んでいる奴もいるかもしれない。もしかしたら敵の増援もあるかもしれない。生き残っている兵士は満身創痍、戦力としては充てにはならない。精々、何体かのウェアウルフの意識を逸らすことぐらいだろう。


「なるべく敵の注意をそらしてください!!」


シュウは周囲の兵士に向かって叫ぶと、目の前の数体のウェアウルフを睨みつけた。


深く考える時間はない。自分自身、兵士としての自己分析はできているつもりだ。

自分の持前の武器は長刀の天津風、そして一般人より少し高い身体能力だけだ。


---なんてことはない。自分は一般の訓練された兵士に毛が生えた程度だ。あいつらウェアウルフの身体能力には遠く及ばない。

取っ組み合いになってしまえば一方的に弄られてしまうのはこちらだ。周りに倒れている兵士と同様、自分が八つ裂きされてしまう事が容易に想像できる。しかも多勢に無勢、馬車側と自分でウェアウルフの集団を挟み込むようなこの状況である。


あいつらが一斉にこちらに飛び掛かって来ようものなら、待つのは死しかない。

そう、待っていては。


風が靡き、草原を揺らす。

背中に恐怖が忍び寄る。

天津風を握る手の平にじわっと汗がにじみ出る。

歯を食いしばり、意思を決める。


瞬間、シュウは一番近くにいるウェアウルフへと自分の心に忍び寄る恐怖を引き剥がすかのように跳躍する。


「なっ!!?」


シュウの瞬発力に対し、目の前のウェアウルフ達は敵意こちらに向いていたが、戦闘態勢を取るのに遅れが生じた。

天津風の長いリーチを活かし、前方の一体に対し、その歯牙が届く前に長刀を叩き落とすように斬り付ける。


一閃。その大刀の見た目の重量からは予想できない目にも止まらぬ速さで斬り付けられたことにより目の前のウェアウルフ一体は避けることも、防御することなく叩き斬られた。


「ぐはぁ!」


斬り付けた相手の胸から血が吹き出し、シュウに体に返り血がついた。血の匂いが否応にも鼻につく。


・・・いやな匂いだ。


この長刀、天津風には特別な力があり、目方の重量は約100kgはあるが、持ち主であるシュウと持ち主が乗っている馬にはほぼ重さを生じさせないという能力がある。


シュウ自身の筋力も合わさり、この超重量の刀を扱うにも関わらず、斬撃の停止、方向変換を軽々とでき、持ち主にはまさに自由なる風如く、受ける側には軌道を読めないまさに暴風が如く襲い掛かるものになっている。


「この野郎!!」

「なにしやがる小僧!」

「殺してやるぅ!」


同胞をやられた周囲のウェアウルフ達が狂ったように叫ぶ。その言葉が耳に届く前にシュウは天津風に力を入れなおし次の目標へ斬撃を繰り出す。


次々とウェアウルフを斬り伏せる。


2体、3体、速く、もっと速く。


相手の返り血が更に体に付く。4体、竜巻が木々を薙ぎ倒していくように吹き飛ばされる。


意も介さず次の相手と視線を合わせる。


相手はシュウを仕留めようと素早い手腕を振り下ろすが、手腕はシュウの顔を掠めながらも相手と交差し横薙ぎを食らわせる。


鈍い色の狂爪が目の前に飛び交う度、シュウは自身の命が削られていく気がした。

また、相手に天津風に食らわせる度、相手の最後の一声を聞くたび、他でもない自分自身がその命を奪っていることを否応なく実感した。

人ではなく、それが亜人であろうと、命のやり取りに対する罪悪感はあった。


しかし、自分が今やらなければ周りの人が死んでいく。誰かにとって大切な人達が。それはどうしても許せなかった。


もう何体倒したかも覚えていない。疲れからか周囲の視野が狭くなり段々見えなくなってきた。

ハァハァと息が激しくなり胸と肩が上下する。休んでしまえばそこが隙となってしまう。


シュウはどんなに疲弊しようと天津風を両手で握り、相手への構えを崩すことはなかった。


振り下ろした天津風を1体のウェアウルフが肩から切り下されながらも両腕で長刀を掴み取る。


---しまった!! 浅かった。


渾身の力を両手に込めるが、血を吹き出しながら必死の形相のウェアウルフは自分の肩に食い込んだ長刀を放さない。


「いまだぁァァァ!! やっちまえぇぇ!!」


シュウの背後から別のウェアウルフが好機と見て飛び掛かる。


やばい。


ヒュン


その時、ウェアウルフの鋭い爪がシュウの体を引き裂く寸前にその手の甲に矢が刺さる。

「ぐあぁ!!」

矢が刺さったことにより力が入らずにその爪はシュウの背中には届かなかった。


手の甲に矢が刺さったウェアウルフは矢が飛んできた方向に首を振り向く。


「誰だぁ!!?」


瞬間、その頭部には矢が刺さっていた。


矢を放ったのはここから約100メートル離れた先にいる馬上から長弓を構えたウェインからのものだった。


 ウェインは弓の名手であった。その腕はレナトスの町で右に出るものはいないだろう。壁の防衛に関して一般的な警備隊の主力武器は短弓であったが、ウェインだけは扱いづらい長弓を得意としていた。


また、馬術に関してもトップクラスであり、馬上で停止時では150メートル、馬が駆けていても30メートル程度の距離までならば正確無比、必中と呼べる命中精度を持っていた。


……助かった。


必死の力で長刀に食らいついていたウェアウルフごと、シュウは一本背負いをするかの様に半円を描いて逆側に振り下ろす。


「ルゥアアアアアッ!!!」

地面に叩きつけられた衝撃で食らいついていたウェアウルフも絶命する。


シュウはウェインの方を一瞬振り向くが、ウェインは弓を構え直し、油断するなと言っているかの様に顎をくいっと上げるだけだった。


 ウェアウルフ達に動揺が走る。たった二人の増援。

一人の少年はその長刀を物理法則を無視したかのように扱い、嵐のように次々と同胞をなぎ倒していく。一対一の接近戦で人間にそうそう遅れをとることがない自分達がこうも屠られるとは思ってもいなかった。


そしてもう一人は遠距離からの正確無比な矢の掃射だ。馬のスピードには流石にウェアウルフでは短時間では追いつけない。

この広大な草原を縦横無尽に駆け、ヒットアンドアウェイを繰り返す馬に乗った弓兵である。

近接戦闘しかないウェアウルフにとってそれは脅威であった。


そんな中、善戦しているシュウ達の姿が映った事により、満身創痍で戦っていた兵士達も失っていた士気を取り戻す。


やるしかない。


この期を逃せば自分達に生き残る術はない。と、叫び声上げ、兵士達も突撃していく。


シュウ、ウェイン、そして死に物狂いの兵士達の突撃により、襲撃側であったウェアウルフ達がたじろぐ。


そこからは一方的であった。

 シュウ達が戦いを始めてから約10分。

ウェアウルフ達は諦念の色を強め、残り数体となったところで草原へと逃げていった。



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