4 レナトス北壁(4)
シュウはフラムから降り、フラムの背中を手の平で優しく叩いた。
「離れてろ」
フラムは賢い馬だった。シュウが小さく呟くとフラムは尻尾を振りながらゆっくりとシュウから10メートルほど離れ、シュウに背中を向けて待機していた。
もしもシュウがこの場から退避する時はすぐさまシュウが乗馬できるよう。瞬時に走れる態勢に。
先ほどの一閃は太陽を背にした運に恵まれた奇襲だった。
まぐれともいっていいだろう。相手の視界を遮りながらの馬上からの不意打ちの一閃は今回たまたま成功したといっていいだろう。
ここから先は幸運などあてにはできない。自力にかかってくる。
シュウ自身、馬の乗った状態で天津風のように長大な刀を用いた戦闘技術は持っておらず、慣れてはいなかった。
シュウがフラムから降りた理由は自身が戦いやすくなるという理由もあったが、一番の理由はフラムを危険には晒したくないという思いからだった。
相手はウェアウルフ。人間を殺す為には容赦せず、その持前の俊敏な運動で馬を倒す可能性があるからだ。
フラムの機動力をなるべく殺さないようにシュウはフラムには余計な装備はしていなかった。
シュウは元々フラムと組んでの役割としては装甲化した騎兵というよりは軽装備の斥候という兵種として考えていた。もちろんシュウの独断である。
フラムはシュウにとって最初であり、最高の相棒と思っていた。
父親がどこからともなく連れてきた幼馬だった赤毛の馬をフラムと名付け、いままでシュウはフラムの面倒を見ていた。よく後ろ脚で蹴られ死にそうになった事もあったが、いまでは手で触れただけでフラムの心が分かってきた。
戦場では、走るだけ走らせてやりたい。馬は駆けていなくては馬として死んでしまう。ましてや馬とは関係ない、人と亜人の殺し合いの中での死はもってのほかである。
フラムにはフラムの役割を、自分には殺し合いがここでの役割であるとシュウは考えていた。