42 問われる歴史(4)
宇宙の変革期と人工島の建設
西暦、文明が最盛期を迎え、衰退期へと向かう時、地球に、いや宇宙にある変化が起きた。
人々は最初、その変化の瞬間に違和感を覚えたのかもしれないが、ほとんどの人はその変化により何が変わったのかは気が付きもしなかった。
人々はそんなことよりも戦争による今の生活の心配が優先された。
その変化に人々が気付き始めたのはそれからしばらく後であった。最初にその変化が体感できたのは、言葉や文字に触れる時であった。
今まで他言語を全く理解、勉強をしていない者でも、なんとなくその文章、会話の内容が理解できるようになっていたからだ。
人類は共通語を使うことなく、以前よりもはるかに簡単にお互いの文明、文化を理解できるようになった。
これが後々、斜陽歴においても、西暦・・・旧文明の書物が出土しても今の人類が用意に解読できる一つの理由であった。
また、稀に身体的に非科学的な特徴を持つ者も現れた。それはありえない力を発揮したり、異常とも呼べるほど高い五感を持っていたりと様々であった。
・・・・・・こうした変化を研究しようと各国で研究機関が設けられた。それはこの変化によるものを生活の為に役立てる為でもあり、全世界では戦争への道へ突き進んでいく中、この変化を少しでもその戦争に有利なものとする為でもあった。
そんな中、この変化による研究は世界で活発に行われたがこの変化の解明は遅々として進まなかった。
これは今まで人間がこの宇宙の真理を解き明かし、科学技術として昇華していったものとは全くの別物だったからである。この変化を解き明かすには別の観点からのアプローチが必要となっていった。中にはこの変化をファンタジーの世界の魔法や魔術の類だという研究者もいたが、それを否定も肯定もできなかった。
そんな中、この研究の第一人者となったのが、「ゼイロン=フラクタル」という人物であった。各国が大規模な研究所で研究を行っているのを他所に、フラクタル博士―――彼は独自でこの研究を続ける一匹狼であった。
長年の研究の成果で、彼はこの変化をある程度解き明かし、こう結論付けた。―――この変化は宇宙が高次元へと移行したと。
人間の定義によりこの宇宙は物体を認識する為にxyz、幅、奥行き、高さの3次元、そしてそれを時間軸で連続的に認識する為の1次元を加えた4次元での世界と定義されている。
これが今回変化を起こし、この宇宙は5次元の世界に移行した。この5次元目、新たに認識できるようになった次元とは物体の《意識》の認識に他ならない。
《意識》といってもそれは感情、想い、感覚、無意識、・・・色々な考え方ができるが、それを認識して4次元の世界へと昇華できることこそがこの5次元の変化であった。
フラクタル博士はこの《意識》を通して起こす、物質ともエネルギーとも呼べない、超常的な現象を起こす原動力を高次元物質または《想いの力》と呼んだ。
この《想いの力》を使い、生物内での変化―――身体能力を上げたりすることを《アンリーシュ》、対外に向けて4次元的な現象を起こすことを《メタバースト》もしくは単に《バースト》と呼んだ。
どう生み出されるか解明されていないが、超常的な道具である《ハーモニクス》もこの《想いの力》の産物であると結論出された。
強く想ったこと、願ったことが実際に具現化されるこの現象はこれまで人類が経験したことがないものであった。まさにそれは、誰かが言っていた魔法とも呼べるものであった。
―――彼はこの研究報告を各国の研究機関にも惜しみもなく共有した。研究が進めば、この《想いの力》を人類がコントロールして使うこともできるだろうと。
フラクタル博士は平和主義者であった。もし人々の意識が《想いの力》を通じて理解しあえるのならば、今起こっていること・・・資源を奪い合う全世界を戦争を相互理解で止め得るのではないかと。そして、《想いの力》が時に4次元での事象を起こすのならばそれを利用して動く設備や機械が作れるのならば、人々が資源で争う理由もなくなるのではないかと。
しかし、彼が夢見たことの実現には至ることはなかった。《想いの力》を通じて、人々は文字、言葉の垣根を超えることができた。しかし、そこまでであった。
人々が心の奥底から自分の想いを相手に伝えるには相互の信頼が不可欠であった。
想いを伝えるのは所詮、上面だけのものであった。
《想いの力》を利用した設備も、遂には作ることは叶わなかった。この力を4次元の考えに落とし込み、利用することはこの不可思議なエネルギーの第一人者である博士でもできなかった。
戦争は止まることはなかった。やがて、フラクタル博士が住んでいた地域にも戦争という暴力が降り注いだ。研究所にも爆弾が投下された。フラクタル博士は歴史上、行方不明ということで処理された。高次元物質、《想いの力》の研究も有用な成果も上らないまま、やがて研究活動も縮小していった。
◇ ◇ ◇
戦争が活発になるにつれ、世界の上層部では人類の絶滅というキーワードが頭の片隅にあった。世界中でお互いに戦争をし合う一方で、絶滅を防ぐ役割として生命の保管活動の一環として人々は資金や労働力を提供してどんな環境でも人間が住んでいける、自己循環ができる設備を作ろうとした。
過去には実験としてバイオスフィアとも名付けられ、地球の環境を模した閉鎖空間も実験として作られたものをより完全なものとしたものである。
その開発には過去作り出した《月面》や《クライオスフィア》の生活圏の確立の技術を更に発展したものが利用された。
人類の最後の箱舟とも呼べるものは、旧ニュージーランドと旧チリの間の太平洋の海上に人工島として建設された。太平洋の到達不能、困難極を選んだのはそこが誰にも侵されないであろうということからであった。島の名前は《サーキュロン》と名付けられた。
そこには様々な人種、動植物が運ばれた。太陽さえあれば半永久的に自活ができるよう設計された《サーキュロン》に居住していた人は資源戦争からの唯一、歴史の生き証人となるのであった。




