34 転機(2)
「あ~、よく寝た」
地面に降り立った、その巨体のウェアウルフはコキコキと首を鳴らしながら、地面に落ちたリンゴをもったいなさそうに食べた。
「よう、若いの、おまえさんもこのリンゴ目当てできたのかい?」
目の前の巨体はリンゴをむしゃむしゃと食べながら尋ねた。
シュウは何も言わずに天津風を構えていた。
「おうおうおう、そう敵意むき出しだとおっかないだろう、・・・そうだ、自己紹介といこうや。俺様はアルバ。自分で言うのもなんだが、ウェアウルフのボスってやつよ。さぁ、俺様は答えたから次はおめぇさんだ。」
ボス!? シュウは更に緊張感を増した。相手の話が本当ならば、まさかこんな所で、いままで敵対していた親玉に遭遇するとは思っていなかったからである。
シュウが警備隊から聞いた情報では、ウェアウルフの中に突如、有能な個体が現れ、そこから、対処のしにくいやり方で人間を襲うようになったと聞いていた。
ずいぶん頭が回るやつなのだろう。
それが今、この目の前の個体だとしたら・・・、シュウは思い浮かべていた想像との落差を感じていた。
そんなことを考えていたら、ウェアウルフは待てない様子で
「・・・なんだぁ、しゃべれるだろ? これじゃあコミュニケーションにもなりゃしねぇ。もう一度聞く、名前はなんていうんだ?」
「・・・シュウだ」
「シュウ!! なんだぁ! 答えられるじゃあねぇか」
・・・なんなんだ、コイツ。
ハハハと笑いながら話すアルバと称したこのウェアウルフに対し、シュウはいつもとは違う何かを感じた。
こいつから、今まで立ち会ってきたウェアウルフからくるあの独特の負の感情を感じない・・・
アルバは笑い終わったあとで、急に目線を変え、何かに気づいたような素振りをした。鋭くシュウを睨みつけた。正確には、シュウが手に持っている天津風を見てだ。
「ところでシュウとやら、その刀、どこで手に入れたんだ?」
アルバは天津風を指さして言った。
「・・・教える筋合いはない」
シュウは端的に答えるとアルバは更に笑い出した。
「ダハハハハハ、教えてくれねぇか。・・・確かその刀は俺の知る限り、別の奴が使ってたような気がするんだがなぁ。」
シュウは元の持ち主と言われ、父の顔が思い出された。
「はぁ~~~、教えちゃくんねぇかよ。・・・・・・そうだシュウ君よ。いっちょ勝負といかねぇかな。チャンバラごっこってぇやつだ。」
なにを思ったのかアルバはそう言い、今まで、アルバが背中腰につけていた刀を取り出した。
「美しいだろう、名は《勿忘草》と言う」
その刀は鞘に納められており、鞘と柄は全身漆黒で青と白の鮮やかな模様が描かれている。全長は約1mも満たない、種類として小太刀に分類されるものだ。
アルバは鞘から刀身を抜いて片手で構えた。小太刀というのもあるが、アルバの巨体がそれを構えると、不相応に感じるほど小さく感じる。
「おまえさんが勝てば・・・そうさなぁ。俺様の首を持って帰れて、おまえさんは一躍ヒーローだな。だが、俺が勝てば、その刀の持ち主のこと、しゃべってもらおうか。どうだ?」
シュウは揺らいでいた。相手の挑発もあるが、これは千載一遇のチャンスという考えと、今すぐここから逃げるという考えだ。
まず、ここには敵の親玉しかいない、それも一対一を自分で申し込もうとしている。このような討伐に打ってつけの機会はもう訪れないかもしれない。
もう一つの考えは、相手の力量をシュウは測りかねていた。あの巨体は確かに今まで戦ってきたウェアウルフの中にはいなかった。その膂力はかなりのものだろう。しかしウェアウルフが刀をもつなんて聞いたこともなかった。不確定な要素が多すぎる。力量を見誤ると、必ず死ぬ。ここは逃げるが一番ではないのか。
・・・逃げるべきだ。
シュウは返事をしないでいるとアルバは更に挑発をしてきた。
「ああ、思い出した。その刀の元の持ち主の名前はカイ・・・だったな。奴はおまえさんのようなタマの持ち主じゃなく俺様に挑んできたっけな」
・・・言ってくれる。
シュウは相手の安い挑発に乗ってしまった。刀を構えた。それは無言の申し入れだった。
アルバはシュウの申し入れに、高揚感が隠し切れないように口角をあげ、ニヤッと笑った。
「よっしゃ、決まりだな、ではいっちょ・・・・・・お相手願おうか!!」
◇ ◇ ◇
天気は段々雲模様となっていた。しばらくしたら一雨来そうな雰囲気であった。
アルバは構えなど知らないように、両腕を広げるような形で刀をかざしている。口角を上げ、嬉しそうにシュウを睨んでいる。
暫くお互いにらみ合ったまま、時間が経過した。しびれを切らしたのか、アルバは雄叫びを上げながら鋭い踏み込み、そしてその巨体から考えられない速度でシュウに向かって飛び込んできた。
振り下ろされた勿忘草を、天津風で受ける。
「おおおぉ!!!?」
重すぎる!
それは重い岩を受け止めるような感覚だった。
アルバの一撃がシュウの刀身に重くのしかかる。アルバは片手の力に対し、シュウは両手で力を込めているが押し負けてしまう。
なんとかいなしてシュウは後方に下がるが、休む暇なく、アルバは次から次にやたらめったらと斬りかかってくる。
太刀筋や型なんてまるでない!! 出ためだ!!
単純に腕力に任せた大振りの繰り返し。だが、単純こそあるが、その巨体から繰り出される非常に重い一撃一撃に、シュウは防戦一方だった。
シュウは幼いころ、カイの剣道道場で剣の扱いは一通り手ほどきを受けていた。
しかし、カイは最後に、模擬と実戦は違う。実際には自分に合ったスタイルを身につけろと身も蓋もない教えを受けていた。
そんなこともあった為、警備の手伝いを行っていく中で、シュウは自己流ではあるが実際の戦闘を通して、天津風ありきの自分なりの剣術を構築していった。また、繰り返し同じことができるよう、鍛錬も怠らなかった。
しかし、これはどうだ。自分のこれまでの経験が全く通じない。今まで、命を危機を感じることも何度かあったが、これほどの絶望的な実力差は初めてだった。
このままではダメだ、無理矢理にでも自分の方から攻勢に出ないと負ける!!
なんとかアルバの振り切りに合わせてシュウも反撃を狙う。しかし踏み込みを利かせた横なぎもアルバの懐に届かない。小太刀の取り回しのしやすさもありあっさりと受けられてしまう。
ニヤニヤと、アルバのほうは終始余裕をみせていた。シュウは必至だがアルバのほうは戦うことが楽しいと言わんばかりの表情であった。
何合打ち合っただろう、遂にシュウはアルバの力に押し負け刀を手から弾かれてしまった。
シュウは倒され、首元に刀を向けられた。
「さあ、俺様の勝ちだな。約束を守ってもらおうか。」
ぬっとアルバは顔をシュウに顔に近づけた。シュウはダメかと思い、重い口を開いた。
「カイは…俺の父だ。親父の刀を俺が持っていて何が悪い!!」
「ほう、おまえさん、アイツの息子か! ハッハー!!! こりゃ驚いたな。・・・じゃあ、カイはどうした? アイツは蒐集家だからな、自分は他の武器にでも持ち替えたのか?」
「親父は・・・」
シュウはあの日のことを思い出しながら言った。
「親父は、死んだ」
◇ ◇ ◇
雨がパラパラと降りだした。
アルバはシュウの一言に少しの間動かなくなり、目を細めた。
「死んだ。か」
そう言うと、アルバはシュウに向けた刃を戻し、鞘に納めた。
シュウを背に向け、アルバは少しの間考えると、
「ふん、所詮はあいつも、弱い人間だったのだな」
そう言うとアルバはシュウから離れるようにゆっくりと歩いて行った。
「待て! なんで殺さない!? それに、なんでおまえが親父のことを知っている!?」
涸れそうなシュウの声に、アルバは振り返った。
「まあ死に急ぐな。俺様は今回おまえさんに勝負を挑んだだけだ。俺様は勝って聞きたいことを聞いただけだ。・・・あとはお前がカイの息子っていうのも興味が湧いた。・・・いいことを教えてやる」
アルバは小太刀《勿忘草》を手に握り、言った。
「この刀は昔、カイの野郎が俺様に自信満々に調子に乗って勝負を挑んできやがった。俺様は余裕でアイツを負かしてやって、アイツは逃げやがった。この刀を身代わりのように置いてなぁ! あの時のあいつはお笑いものだったぜ」
ガハハハハと笑いながら、アルバは森の中に消えていった。
雨脚が強くなり、やがて倒れたシュウを容赦なく打ち付けていった。
シュウは暫く立てなかった。疲労からではない。倒れたまま雨粒が落ちてくる空を仰いだ。
負けた。完敗だった。そして、今日死なずに済んだことに安心したのか涙が溢れて止まらなかった。




