32 エクローグ (3)
「いやあーーーーーーーー!はなしてーーーーーー!」
「るせぇ!ガキィ! こうやって担いでいるだけでも不快なのによぉ!暴れるんじゃねぇ!!」
ベルタは年相応に恐怖のあまり泣きながら暴れていた。ベルタの手に持っているクルークを何度も振り回し、それがウェアウルフの顔に当たっていた。
暴れまわるベルタを他所に、若い他の二人より明らかに、雰囲気が違う1匹のウェアウルフがシュウの前に立った。
「クロア様、こいつを人質に、さっさとやっちまいましょう」
クロアと呼ばれたウェアウルフはシュウが持っている天津風を見た。
「・・・貴様が、最近、バカでかい刀を持って俺たちの同胞を殺しまくっている“大刀持ち“だな?」
「・・・こいつがバカでかい刀っていうならそうだな・・・そもそもお前たちウェアウルフが人を襲うからだろ」
シュウは初めて、亜人と話を交わしたと思った。
シュウの言葉を聞き、クロアは逆上した。
「うるさい。《人間もどき》が!! お前達は残らず、殺しつくさないと気が済まないんだよ! しかも、お前たちが俺達の住処を奪い、今の生活をのうのうと過ごしているのも気に要らない!ああ、憎い憎い!!」
あいつは今なんといった? 人間もどき? 住処を奪った?
クロアの言葉から、様々な思考が飛び交う中、シュウは素早く、目の前の敵に対し天津風を構えた。クロアのほうが今にもシュウの方に飛び込みそうな体制を取っていたからだ。
クロアはやや冷静になり、ベルタを指さした。
「“大刀持ち“、分かっているな、お前が抵抗するならこのガキの喉をすぐさま俺の部下が切り裂くからな。・・・お前を安全に仕留めるために数週間ここで身を隠しておいてよかったよ」
「卑怯だぞ!」
「卑怯で俺達の無念が晴らせるならいいだろう!」
二人の怒号が飛んだ。
相変わらずベルタは暴れまわり、担いでいたウェアウルフの顔はぼこぼこになっていた。
その振動で、クルークの鐘の固定が外れて音が鳴った。
「このガキ、いい加減にしろ!」
ベルタを首が担いでいるウェアウルフの腕によりきつく締められる。圧迫される苦しみで、ベルタは動けなくなった。
「やめろっ!その子に手を出すな!」
シュウは叫ぶ。ゆっくりと、クロアはシュウの前に近づいてくる。
どうする、ここで俺の命を差し出したとしても、そのあとベルタは殺される!!
じりじりと距離を縮まっていく。
シュウの額に嫌な汗が流れる。思考が目まぐるしく巡る。視界が時が止まったようにゆっくり動く。どうする。どうする。
そこにクロアの後方にいる二人のウェアウルフの近くに静かにソレは近づいていた。ウェアウルフは気が付いていない。
シュウはソレが視界に入ると一瞬で判断を決めた、叫びながら一気にクロアに斬りかかった。
「フラム!!ポーラ!モモォーーーーーーーーー!!」
その叫び声で忍び寄っていたソレ・・・フラムが後ろ脚で思いっきり人質を取っていないほうのウェアウルフを蹴り飛ばす。
モモとポーラが全速力でベルタを人質に取っているウェアウルフの頭部の背中に向かって後方から飛びこみながら頭突きをした。ウェアウルフは衝撃で思わず、抱えていたベルタを離した。
シュウは一足飛びで距離を詰めての横なぎの一線。
「ぐぅうううあああああああ!!」
いきなりの周囲の出来事もあり、クロアは反応が遅れ、腕を構えることで精一杯だった。腕は斬り飛ばされなかったが、衝撃で激しく吹き飛ばされた。
クロア以外の二人のウェアウルフは態勢を立て直し、すぐにベルタの姿を血眼になって探した。ベルタの姿はすぐに見つけたが、そこにはすでに、ベルタを囲うように大量の羊の群れに覆われていた。あれでは、ベルタを捕まえるのに時間が掛かることは明白であった。
形勢は一気に逆転した。この場で、一番の重症はクロアで意識はなかった。二人のウェアウルフは分が悪いと判断し、クロアを背負って逃げ去っていった。
シュウはウェアウルフが立ち去るのを見て、急いで、羊の群れをかき分けてベルタの元に駆け寄った。
ベルタはすでに意識を取り戻していた。
「すまん、大丈夫か」
「うん」
言葉少なく、シュウはベルタを背負い、安全な北壁のほうまで歩いた。
警備隊の助けもあり、その後は改めて、羊達の群れは町の中に全て入った。
シュウは事のあらましを警備隊に説明すると《御庭番》を呼んだ。
なぜ御庭番を? とシュウは疑問に思った。―――御庭番、たしか、町長直属の警護隊だよな・・・
すぐさま、あからさまに異様な雰囲気、全員が黒装束の人達が数人現れた。
この人達が・・・御庭番か。シュウはその姿を通りすがりに見たが、御庭番達は大門からすぐさま外へ出ていった。
警備隊からシュウに対し、御庭番の説明があった。
「今、テオ町長はウェアウルフ殲滅を目標に掲げている。報告ではシュウはウェアウルフ達を手負いにしたそうだな。・・・まだ、日が落ちるまで時間がある。御庭番は特殊な訓練を受けていて、追跡も得意らしい。そういう訳で、今回、3匹のウェアウルフを追いかけてやつらの住処を突き止める、もしくは手負いのやつら捕まえて尋問ができないかやってみるそうだ」
テオ町長・・・御庭番・・・シュウは警備隊の説明を聞いたあと、考え込みながら、ベルタのほうに歩いて行った。
歩きながら、クロアとの邂逅を思い出す。
『人間もどき?』『住処を奪われた?』どういうことだろう、俺は、自分を人間であることを疑っていない。住処を奪われた? 住処というのはこのレナトスの町のことを言ってるいるのだろうか・・・
そんなことをシュウは歩きながら考えながら、周りの羊達の鳴き声も頭に響いて考えは纏まらなかった。
北門内側に大勢の羊の群れ・・・その群れの中にベルタはいた。
「あっ! 先輩!」
ベルタはシュウに気が付くと元気に歩いてきた。ウェアウルフに襲われたケガもほとんどなかったそうだ。
「改めてごめん、俺がちょっと目を離したのが悪かった!!」
シュウは頭を下げた。ベルタは頭を上げてくださいと、シュウの頭を掴んで顔を上げさせた。
「私のほうこそ、気を付けるべきでした。あまりに安心しきっていたのが悪かったですね。両方落ち度があったということで。
今日は先輩と一緒に楽しかったですよ。先輩のかっこいいところも見れてよかったです。」
そう言うとベルタはシュウに握手をした後、一緒にいた、ポーラ、モモちゃん、フラムにも感謝の言葉を伝えた。
北壁内側に入った羊達は一晩ここで過ごした後、別の羊飼いが明日の朝、移動するらしい。
シュウは家に帰ったあと、今日あったことを色々考えながら眠りについた。夢に羊が出てきたことは言うまでもない。
羊は大昔、人工的な繁殖によって、羊毛を人が活用できるような交配を行ってきて今がある。人に定期的に毛を刈ってもらわないと、暑さでなくなってしまう種類もいる。
人間は羊から羊毛、乳、肉をもらう為に、羊はその対価として日々の暮らしの保証をされている。
その共存関係を羊自身が求めているものではないのかもしれない、人間が勝手に結んだ関係なのかもしれない。彼らとも、もし意思疎通が取れるとしたら、この関係も変わっていくのかもしれない。
レナトスに住む羊達はこれからも、羊飼いと共に町を回りながら暮らす。死んでいくものもいれば、新たに生まれる命もある。この循環が続く限り、いつかまた、この北壁にもやってくるだろう。




