2 レナトス北壁(2)
見えた。
時刻は夕方、西方に沈みゆく夕日に広大な草原の周囲は紅色に染まる。
数キロ先に見える限り、馬車が10台程度停車しており、周りでは馬車を守るために雇われていると思われる数名の軽装備の兵士達が「敵」と戦っている。
ここレナトスの町より遥か北、大陸中央部にはレナトスの町よりも遥かに大きい規模の町であるアスンシオンがある。
馬車はここレナトスの町に商品を売りにきた中央アスンシオンからの商人達といったところだろうか…無防備な姿で無残にも血にまみれて倒れている人が多い。
レナトスの町と中央アスンシオンからはある程度の道が整備されているがこの場所は道から大分外れていた。
……どうやら待ち伏せに合い、否応なくこの草原へと追い立てられたのだろう。
戦い、というよりはもはや一方的に襲われているといったほうがいいか、兵士達は戦い慣れていないようで、持っている槍を必死に前に振り回し、周りからの「敵」を牽制するかのような動きしかできておらず、防戦一方であった。
兵士達は、無防備な商人を守るよりももはや自分の身を守る事に徹していた。
いつから襲われているか分からないが、いまや立っている兵士よりも倒れている数のほうが多かった。
「敵」は見えるだけで約15から20・・・・・・シュウは呼吸を落ち着かせる。
草原を赤く染めるこの惨状を目にし、心が動かされないほうがおかしい。
あと数分後には自分もあのような状態になっているかもしれない。
そこにあるのは死という恐怖でしかない。
ましてやシュウはまだ17歳の少年である。 約3,4年前からであろうか、北壁の警備の手伝いをやるようになってからこのような惨状を見ることは少なからずあった。
シュウの恐怖がフラムに伝わったのであろうか、フラムが鳴き声を上げながら首を振り上げた。それはシュウに向けてだった。それはシュウを励ますかのようであった。
「・・・ありがとうな」
シュウはフラムの頭に手を当て撫でた。フラムから僅かながらも勇気を貰った気がした。
人を守る。これは自分で決めたことじゃないか、数十分前にオルフェからの報告を受け、飛び出したのは自分の意思じゃないか。
そうシュウは自分に言い聞かせる。
後ろを振り向くとウェインが目でサインを送る。心配するなと言っているような気がした。
シュウは小さく頷く。
シュウの心は決まった。
「いくぞ、フラム。」
シュウはフラムに呟くと意思が伝わり、フラムはより速度を上げるように地面を強く蹴り上げ駆けた。
馬車の集団は壁から見て北方面だったがシュウ達は西からやや回り込むように迂回した。
もはや『敵』は目前である。
シュウは手綱から手を放し、背中の長刀に手をやる。
「おまえもいくぞ、天津風!!!」
シュウは背中の長刀『天津風』に声を懸け、片手でしっかりと握ると、いままで紅を基調とした錦の美しい長刀の鞘は瞬時に燃えるように焼失し、赤い布状になり柄に取り巻かれた。
シュウの身長ほどある長く、そして分厚い刀身がその姿を現した。
夕日を背に片手で天津風を天に掲げる。
恐怖を燃やすように心臓の鼓動が高まるのを感じた。
シュウは手綱を放したまま天津風を両手で構え、鐙に体重をかけて立った状態となった。
風のようにフラムは駆け、正面の『敵』に突撃する。
まだ「敵」は周囲の兵士に気を取られており、シュウが近接するまで気付づいていない。
「敵」は近接したシュウの存在にやっと気付くが、夕日の光に目がくらみ、隙が生まれた。
「敵」と交差した間際、シュウは天津風を横薙ぎで振る。
「うらァアアアアアアアアアアアア!!」
一閃、瞬間、「敵」は血飛沫を上げ、地に伏した。