27 オタリア(9)
――5年前
カイは何日か出かけるとシュウに告げて家を後にした。
この父親は数日家を空けることはしばしばあったので、シュウにとってはまたか、くらいの感覚でいた。
シュウはそんな環境で幼小期を過ごしていたので、元々あまり家事をしない父親もあり、それなりに一人で生活する術を自ずと体得していった。
仲のよいコスターラ家との繋がりもあり、特に世話好きのサニーがシュウと仲が確立した時期でもあった。
しかし、何日、と曖昧な連絡から1か月経ってやっとのカイの帰宅は、流石に子供のシュウでも呆れ返っていた。
「今帰ったぞぉ~。ちょっと長くなっちまったが、しっかり飯食ってたかシュウ?」
「・・・・・・」
相も変わらずいつものはつらつとした挨拶にシュウは怒る気力もなかった。なにか文句を言っても、それで効果があった試しがなかったからだ。
父親に対しては帰ってこないことに心配などはしていなかった・・・それはシュウにとってもこの父親は遅くなりはしろ、何があっても帰ってくるという信頼の裏返しでもあった。
「んん~シュウ君、元気がないねぇ? せっかくの親父の数日ぶりの帰宅だろうに?」
「いや。数日ってレベルじゃないでしょ」
シュウは不愛想に返す。
「すまんすまん、悪かった。ちょっと出先でおもしろいところに立ち会ってさ、つい長居してしまったんだ」
カイは手のひらを合わせて、シュウに適当な謝りをした。
「でもな、そのお陰で今日は君にすげぇプレゼントがある!」
謝った途端、カイはシュウの肩に手を置き、うきうきとした様子で話した。
「プレゼント・・・・・・」
その様子で聞いていたシュウはいままでカイが旅先等で手に入れた、シュウにとってガラクタにしか見えない物が家の倉庫に山のようになっているのを想像して、あまり期待できない様子で聞いていた。
ちょっと待ってろよと、カイは家の外に出てなにやら準備をしている。準備が終わったのかシュウを呼ぶ声がしたので外に出ると、そこにはシュウの思いもよらぬ物・・・生き物がいた。
それは生まれてからそれほど日数は経っていない思われる、しかし4本脚でしっかりと歩いている。暴れる様子もなく、静かな佇まいで輝くように艶がある赤毛の仔馬がしっかりとシュウを見ていた。
一瞬言葉を失った様子のシュウは仔馬に近づき、頭を撫でた。頭部の頭頂から鼻のラインまで白い毛になっているのが印象的だった。仔馬の頭長はちょうどシュウの背丈と同じくらいだった。
「どうだ? びっくりしただろ? 丁度出かけた先で出産に出くわしてな、双子が生まれたのも珍しいが、その片方が赤毛ってのもとても珍しくてな。 色々手伝っていたら、これまでの礼も兼ねて譲ってもらえることになってよ! 乳離れが案外早くて、それまで待ってから一緒に帰ってきたってわけよ」
ふふんと鼻息を荒くしてカイは自慢げに話した。
「それでだ、情操教育ってヤツだ。こいつ、おまえに任せる!ちゃんと世話しろよ」
カイのその言葉に、相変わらずの放任主義と目の前の感動で複雑な表情になった。
ひと段落着き、仔馬は特に落ち着いた様子で周囲に生えている草を食べ始め、のんびりと自由にしていた。それを二人はしばらく眺めていた。
ふと、カイはつぶやいた。
「ああ、そうだ、こいつにはまだ名前を付けていない。 おまえが考えて名付けてやってくれ」
少しびっくりとした様子でシュウは聞いて頷いたあと、しばらく仔馬の様子を見ていた。日の光が奇麗な毛並みを照らしてシュウにはとても眩しく見えた。
「そうだな・・・よし、お前の名前は・・・・・・」
◇ ◇ ◇
門にたどり着いたシュウは次々と崖に落ちていくオタリア達の集団を厳しい目で見た。
崖に先に落ちた集団はあとから落ちてくる巨体の重さで動けなくなっていた。
その重みで息絶えるものがほとんどであった。
あとから落ちてきて動けるオタリア達もその崖の勾配と深さで上がってこれるものはいなかった。
急な歓声が響きわたり、シュウは驚いた。北壁側から警備隊、そして見たことがある漁師団が大勢出てきて、各々、生き残ったオタリアに対し、矢を射たり、銛を投げ込み、息の根を止めていった。
辛うじて崖に落ちなかったオタリアも数体いたが、これについても北壁側からの矢の掃射であったり、縄を使って崖に落とされていった。
こうして、突如海から現れたオタリアの集団は、出現の初めに周囲の人への被害、周囲の建物を破壊の末、沈静化された。
オタリア達の末路を見ていたシュウは、初めての光景を目にした。
息絶えたオタリアはやがて、虹色の粒状の光となって消えていった。
その輝き美しさと、生物の死という残酷さを目のあたりにし、シュウは驚き、言葉に表すことができない儚さを感じた。
その光景を見ているシュウの傍に北壁警備隊のゴーリキ隊長が姿を現した。
「シュウは初めて見るのか? なんとも言えないよなこいつは」
ゴーリキ隊長はおもむろに説明した。
「例外も多いが、俺たちが亜人、幻獣を脅威によるクラス分けの中で、クラスB以上のやつは殺すとこういう現象が現れる。倒すと光と共に跡形もなく消えちまうんだ。簡単に言うと恐ろしく強い奴を、だ。おまえさんが今までこれに出くわさなかったのは例えばウェアウルフなんかはこいつらより弱いってことなんだろうな。
・・・奇麗だ。といっちまえばそれまでなんだが、見ているとなんだか不思議な感覚になっちまうんだよな。」
シュウと隊長は暫くその虹色の眺めが落ち着くまで見ていた。周囲はシュウを称える歓声が響き渡っていた。
シュウ、よくやったと、ゴーリキはシュウの胸を優しく叩いた。後の処理はこちらでやるのでおまえはゆっくり休めという言葉を投げたのち、手を振りながらゴーリキは後を去った。
あれ、と手紙の最後の文章がふいに記憶から蘇ったが、シュウはあまり考えないようにした。
いままでの疲労感が不意に感じたシュウはふいに横にいたフラムと顔を合わせた。
やっと終わったと感じ、フラムの頭と自分の頭をすり合わせた。今回の一番の功労者への感謝を胸に。




