19 オタリア(1)
「ちょっと家の仕事手伝ってくれない?」
その日も朝早くにシュウの元にサニーがひょっこり現れた。後ろにはオルフェとヴィダルもいる。
今日は学校も休みであり、警護隊の謹慎も明けていない。特に早起きする理由もなかったシュウは突然朝早くにサニーに叩き起こされた。
「今日くらい寝かせてくれよ・・・」
「もー、年を食った中年のセリフじゃないの。 ま、うちのおじいちゃんはそんな事言わないけどね」
「オーランドさんは一周回ってなにかを超越していると思う」
この時代の人間はとても働きものだった。というのも働かなければ生きていくことができなかった。
働かざる者食うべからず。
レナトスの町の法律で成人したらなにかしらの職に就かねばならなかったし、高額の税金を払わなければならなかった。収入のほとんどは税金に消え、自由に使えるお金としてはほとんどの町民は持ち合わせていない。
税金といっても貨幣もあまり流通しておらず、物で納めることがほとんどであった。
警備隊は壁内外の安全の確保、オーランド達漁師は収獲物といった具合に。
逆に仕事さえしていれば衣食住はある程度約束はされていた。各地にある食堂での一定の量の食糧供給であったり、市場での衣服の譲渡、病院や温泉等のサービス、成人するまでの保育、教育であったりするものである。
不満を出すものもいたり、犯罪も少なからずあったがそれに対しては重い刑罰があった。
町の為に働けなくなったりした者・・・重篤な病気や怪我がした者、高齢者等に対してはあまり援助が与えられなかった。町はそういう者を容赦なく切り捨てる方針だった。
亜人からの襲来、天災、疫病の発生等、この時代の人間の生活の安定、安全の保障などほとんどなかった。
そんな中、町を存続させる為、若い層の育成や町の活動を豊かにすることを優先させた。
ある面では一種の社会統制をこの町では敷いていた。
しかし、一方で援助が切れた者に対してはなるべく親族、親友や近隣住民が助け合うことも活発に行った。人は生きていく事に精一杯であったが、人と人とのつながりを大事にしていた。
町の至る所ではコミュニティがあり、自分の損得勘定だけではなくみんなの幸せを考えて互いに生きていくという面も持ち合わせていた。町の法で埋められない穴は人の思いやりで均されていた。
「で、仕事というのはなにをするんだ?船に乗って漁を手伝うってのならちょっと簡便な。胃の中が調子の悪い時のナマコの内臓みたいにひっくり返っちまうぜ」
「どういう例えよ・・・・・・ええ、大丈夫よ、以前のおじいちゃんの話で船上でのシュウは全く役に立たなかったって聞いてたから!」
はっきり言われてシュウは内心傷ついてしまった。
「そういやぁ俺たちも何にも聞かされねぇでとりあえず連れてこられたから教えてくれよ」
とアコギを今日も形見外さず手に持ったオルフェが言った。
「そういえばオルフェにもヴィダルにも今回の仕事の話しをしていなかったわね。今回の仕事は帆船での漁業ではないわ・・・地引網よ!!」
「地引網・・・」
3人は馴染みのない言葉を聞くと
そうしてシュウはサニーに支度を催促されて、家を出るのであった。
サニー言われるがままに家を出た4人はレナトス北東の浜辺にやってきていた。
「渚停」や港にも近い。
レナトス沿岸の海は非常に透明度が高く奇麗である。
空は晴天、降り注ぐさんさんとした日光が海を照らし出し、美しさをより際立たせていた。
浜辺には既に300人程度の人数が集まっていた。
わいわい騒ぎ、中には酒を飲みながら談笑している姿も見えた。
サニーは3人に今回の地引網の説明をした。
「地引網ってのはね、簡単に言うと沖合に沈めた網をみんなで岸まで引っ張って網に掛かった魚を一網打尽にする漁法なのよ」
へーと3人は話を聞いていた。
「町のルールであんまり頻繁に地引網をすると漁獲量が下がる恐れがあるから数か月に1度程度に行っているんだけど今回、漁師の人手が足りなくなったからあなた達にも協力をお願いしたワケ。2日前に船で網を沖合に流してあるから、ぶっちゃけると力自慢のアンタたちは砂浜から網の両端を岸に向かって力一杯引っ張ってくれればいいだけよ」
「えっ、俺力にはそこまで自信ないんだけど・・・」
「僕も・・・」
とオルフェとヴィダルはぼそっと呟いた。
「いいから!男は度胸っていうじゃない、さっさと行く行く!」
へーいと3人は網の片端に向かって行った。
片端に向かっていく途中、シュウはオルフェに聞いた。
「なあ、オルフェ、どれくらい獲れると思う?」
するとオルフェは手を耳に当てて耳を澄ませた。
「うーん、あまり聞いたことはなかったけど海の中、この魚が動く音は大量だね。・・・漁は初めてだけどこれは期待できるんじゃないかな?」
「そうか、それならがんばらなくちゃあな、しかし、相変わらずの耳の良さだな」
まあな、とオルフェが呟くと3人は再び網に向かって歩き始めた。
オルフェは海中の魚の音が聞こえていたが、その中で、妙に大きな音が混じっていたのが気になったが、気のせいだろうと思い、海中の音を聞くのをやめた。