1.2.5 幕間
歓声が耳に飛び込んでくる。
鈍い痛みを発する頭を抱えながら、顔をあげるとついさっき俺を大剣で殴打した桜が立っていた。どうやら気を失っていたのは、ほんの少しの間だったようだ。
「大丈夫ですか、中尉?」
「……ああ」
桜の差し出した手を借りて、立ち上がる。
観客は思い思いの感想を挙げているようで、様々な声が入り混じり喧騒となって届く。聞いたことのない単語が聞き取れるが、俺が過去そう呼ばれていたのだろうか?
どのみち、負けであることには変わりない。持てる限りの力を出したつもりだったが、桜にはあと一歩どころか何十歩も離されてしまった。大佐の言う、『身の振り方』がどのようなものになるかは分からないが、それはおそらく芳しくないだろう。
「中尉、私が勝ったのでいう事聞いてもらいますよ」
少し楽しそうに宣言する桜は、先程の雰囲気とは打って変わって柔らかい物言いだった。表情豊かなところは、何年経っても変わらないものなのだろうか。
男に二言はない。何を言われるか少し覚悟して、桜に問う。
「……で、俺は何をすればいい?」
「……えぇと、そのですね。中尉」
桜は気持ち頬を赤らめ、それを口にするのを逡巡している様子だった。言うのも躊躇うぐらいを辱めを俺は受けるのか? まさか桜がとは思うが、よりいっそう覚悟して続きを問う。
「出来ることなら、なんでもするよ」
桜はそれでももじもじと言う事をためらっていたが、「よし」と小声で呟き、俺をじっと見据える。どうやら意を決したらしい。
「……中尉。今度、私とお出かけしませんか?」
『お出かけ』。その言葉が、一体どんな種類の辱めなのかたっぷり三秒ほど考えてしまったが、程なくその真意を理解する。
「そんなことでいいのか……?」
つい思ったことを口に出してしまう。
「そんなことじゃないです! 私にとっては大事なことなんです!」
桜は語気を荒らげる。
「どこかに出かけることぐらい休日になればいつでも――」
いつでも行けない世界なのではないか? この世界で目覚めてから、まだ数日しか経っていないが、基地から外に出たことはない。軍人としての責務がある以上、あまり自由に行動できないのだろう。それに休みが合う機会もそう多くなかったのかもしれない。
桜のその一つの願いだけで、この世界が想像以上に不自由で、苛酷なものであることを感じずにはいられなかった。
「――分かった。どこにでも連れてってくれ」
「ありがとうございます、中尉」
その時見せた笑顔は、この世界に来てから桜が見せた最高の笑顔だった。




