1.15 学生生活:破
「はじめまして、桜美琴です。こちらは、桐島正人ちゅ、先輩です」
「桐島です、どうぞよろしく」
これからの学生生活を共にする訓練小隊の初顔合わせであった。
「ご、五箇晴翔です。よろしくお願いします」
「もうシャキッとしなさいよ。桜庭一花です、桜さんと混ざりそうだから一花って呼んで。晴翔とは幼馴染なの。よろしく」
ドンと背中を叩かれる弱気そうな少年と対照的に強気そうな少女。
「まあ、仲が良さそうなことで……」
「ほんとに先輩後輩ってだけなの? なーんかそれ以上に見えるんだけどなあ……?」
先ほど桜が言い間違いかけたからなのか、一花は訝しげな視線をこちらに送ってくる。
なるほど変に察しも良い。実際、俺たちは記憶喪失によって先輩後輩関係が逆転しているわけで、普通の関係性とは随分と違うわけだ。
「そんなんじゃないよ」
「そ、そんなのじゃないですから!」
俺と桜ではなぜか妙に温度差が違う気もするが、一応否定はしておくべきだろう。
小隊を模した四人での班分けを経て、班員と挨拶した後、今季初の実習訓練が始まる。
既視感のある長方形の広場に俺は再び立っている。四方をコンクリート造りの壁に囲まれた、体育館のような施設はどこにでもある共通の設備らしい。
初の実習訓練ということで今季入隊の訓練生たちが一堂に集められているが、やはりその顔ぶれは様々だ。さらには実戦形式として、小隊を模して班分けが行われていたが、挨拶をした限り班員となったのはまともそうな人たちであった。
「能力初解禁って緊張するなあ」
「……緊張しすぎて失敗とかしないでよね」
「だ、大丈夫だって……」
どちらかというと弱気そうでひょろっとした小柄な少年――と言っても今の自身より多少若い程度だったのだが――は五箇晴翔、対して強気で自身に満ち溢れている少女、桜庭一花と名乗ってくれた。会話からもそれぞれの性格が分かりやすく伝わってくるが、この距離の近さは二人が幼馴染であるということも起因しているのだろう。
「さて、挨拶はすんだか。今日は班員の顔合わせとオリエンテーションだ。自身の能力を把握するためのものだから、気負う必要はない。武器制作までできれば十分、できたものは時間内の武器維持を目標に」
教官からの指示は初っ端から投げやりなような気もするが、これだけの集団の合同訓練となればその程度であろう。
しかし初訓練だからといって、自身の武器を出すだけなのか? さらには時間内の維持が追加目標として挙げられているが、戦う上でそれは当たり前の技術ではないのだろうか、といった疑問が訓練内容を事前に聞いた時、俺にもあった。
自身の持つ能力がいかに特別なもので、稀有であるのか俺もついこの前の講義で実際に再確認したのだった。
そもそもの話、軍の適性検査は制有者として覚醒できるか否かを判断するのみであり、能力を実際に行使できるかは試験の合否に関係していない。つまりは入学時点で制有者と言えるのかは、それぞれの能力の覚醒具合によることになる。
その内訳は、武器制作を完成できない者が半数、完成させるがその後の維持を行えないものが半数、即戦力レベルは両手で数えられるほど、というのが実情らしい。
つまり、世間一般で呼ばれている制有者にあたるのは現時点で数名しかいないことになる。
そう聞かされると、いかに全世界で制有者育成が急務であるというのもうなずける。
「訓練開始!」
教官の野太い一声と共に、一同が一斉に武器制作を始める。
あっという間に自身の武器と初対面し、その殺戮兵器としての重さを感じ取り苦い表情を浮かべている者もいれば、憧れた自分だけの軍器に恍惚としている者もいる。
ただしそれも束の間のことで、この世に瞬間的に存在した残滓一つ残さず、光の粒のようにして空気へと溶けていく。
「で、できた!」
一際大きな声で喜びの音を上げる、その方向へ目を向けると、どうやら一花が自身の獲物を手にしたらしい。
形状は槍、それもハルバードといった少し特殊な恰好ではなく一般的、つまりは先端が円錐状になっている刺突武器であった。
そもそも何を持ってこの武具たちは形取られるのか。自身の武器は、時たまに起こる強い感情を伴った心象風景に存在するものだが、それが未だに実際に起こったことなのかは確かめていない。
さらに言えば、先の片手を切り落とした男との戦闘で創り出した『盾』は、何に起因するものなのか全くの不明なのだ。
「み、みんなはどう?」
半数がそもそも作り出せないと事前に聞かされている状況下で、それを聞いてしまう彼女に少し苦笑いしてしまうが、こうもずっと観察しているのもあれだろう。
無から有を創り出す、そんな超常現象に慣れてしまったのか、半ば無意識で出現させた自身の氷剣を右手でぐっと握る。桜も未だに体躯に似合わない大剣を、脇に構えていた。
「ほら、晴翔も頑張りなって」
俺たちも武器制作に成功したからなのか、一花は輝いた目付きで五箇に声をかけているがその表情は非常に対照的だった。
自分以外の班員が、希少価値とされる維持まで行えているプレッシャーは想像に耐え難い。苦虫を噛み潰したような顔をして、必死に事を行おうとはしているが、彼の空間に武器の片影一つ見えることはない。
結局、タイムオーバーとなる直前に一花は武器の維持に失敗し、「二人に負けた」と相当に悔しがっていたが、五箇はただ静かに落ち込んでいた。
その姿に一抹の不安を覚えたが、かけるべき言葉は見つからず、桜庭・五箇の二人を天と地に分けた初訓練は幕を閉じたのだった。