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夢の先の戦場  作者: かえるんるん
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1.14 再会

「いやあ、まさかこんな偶然もあるもんなんだなあ、ほんと」


 いやにニコニコしながら九頭(くず)は背中をバシバシと叩いてくる。昔から一言で言えば「いい奴」だったが、こんなにもフレンドリーに接してくる人間だっただろうか。


 あの場所でお互い、驚きの再会の後、俺たちは九頭に連れられ、行きつけだという店――見るからにはバーというべきなのだろうか――の奥の席で丸机を囲んでいる。昼間まっさかりの店はランチもしているようで、ずいぶんと人で溢れているが、それとは少し離れたこの広めの落ち着いた空間を待たずに手に入られる辺り、常連であることは間違いないだろう。


「再会の祝いということでここは俺が持つから、好きなもの頼んでくれ」

「……随分と気前がいいな」


 二つ折りのメニューを手渡され、写真はついていないので文字列で料理を想像しながらメニューと睨めっこしていると、桜が耳打ちしてきた。


「その……言いにくいんですけど、先輩。九頭さんはうちの軍人じゃないってことだけ気をつけておいてくださいね」


 果たしてそれはどういうことなのか。聞き返したくもあったが、再会した友人を目の前にひそひそと話をするわけにもいかず、首を縦に振り理解を示す。


 結局のところ、苦手なものもないし、またこれも慣れたように店員を呼んだ九頭おすすめのメニューを食することとなったのだが。

 

「で、本当はどういう任務でこっちへ来たんだ?」


 一通りの食事が揃った後、トーンを落とした声で九頭は尋ねてきた。その声色は今までの友好的なものとは打って変わって、猜疑(さいぎ)を含んだ相手の真意を探るためのものだ。その(すご)みについ気圧され、口が開く。


「あーっと、実は……」

「先輩! ダメですよ。九頭さんも、そういうのはやめてください」


 桜が九頭との会話に割り込み、助け舟を出してくれた。


「ははは、冗談だよ、冗談。まさか正規軍の中尉様が昔なじみの友人に会ったからって、ポロッと重大任務を漏らすなんて思っちゃいないさ、なあ」


 俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。わざわざ学生と身分を偽り、失踪事件の捜査をする……なんてこと、普通に口に出したらアウトな話だろう。それを分かっていたとしても、九頭の喋りに誘導されかけたのは、少し心が甘えているところがあるかもしれない。経緯がどうであれ、今は軍人だ。忘れてはいけない。


「詳しくは話せないのは許してくれ。それこそ九頭は今は何してるんだ?」

「ああ、俺か? 今はこういう仕事についてるんだ、どうぞご贔屓に」


 慣れた手付きで胸元から黒いポーチから取り出されたそう言って渡されて一枚の名刺だった。


「ラトパ・インダストリー……?」


 名前から予想される業種は何かしらの製造会社なのだろうが、それ以上のことは読み取れない。はて、と目線を下に滑らしていくと名前の後に続く『中尉』という二文字。室長だとか課長だという役職ではなく、そこに書かれているのは紛れもなく階級だった。


「桜は聞いたことがあるだろう?」

「……まさかそんなところにいたとは驚きです」


 九頭は自分で説明するのではなく、説明を桜に投げ渡したようだ。唐突にパスを受け取ったからなのか、それとも何か思うところがあるのか含みのある言い方で返す桜の表情は、どちらかというと不満げだ。


「九頭さんはどうも自分で説明する気がないそうなので。ラトパ・インダストリーはそうですね……。軍需産業、この言葉が一番合うというかその通りで、大災害という未曾有(みぞう)の事件で急激に必要となった軍事力補強により、急成長した企業の一つですね」

「その通り! 優等生らしいまとまった回答だな」


 手を叩きながら九頭は褒めるが、端正な桜の顔はさらに歪むばかりで……。というか、九頭は本当にこんな人間だっただろうか。その姿、声は年相応に変わっているのはしょうがない、当たり前なのだが立ち振舞いに加え、性格に何か引っかからないわけでもない。


「まあ成長した原因が原因なので、あまり良い目で見られていないのも事実ですけどね!」


 せめてもの反抗なのか。桜のこの企業に対する反応はそれ以上のものが含まれているようにも感じるが。


「で、制有者(メイカー)のために武器を卸すなら、自社で抱えてたほうが色々やりやすいだろっていうことで、俺みたいなのが雇われてるわけだな。ま、正規軍みたいに変に規律はないし、金払いもいいし、生活にも自由がきくからなあ。それこそ、ここの食事も経費落としにできるわけだ」


 さっきの大口叩きはなるほど、こういうわけだったのか。桜が食事前に言った忠告も納得がいく。九頭は俺達と同じ軍人ではあるが、敵とまでは言えなくとも、民間軍事会社(PMC)――いわば正規軍からすればライバル会社の社員というわけだ。


「ま、そういうことなんで、どうぞこれからも仲良く」


 よろしくと右手を振りながら、九頭は立ち上がる。


「……どこか行くのか?」

「まあこれから仕事がね。ああ、お代は言った通り、気にしなくて大丈夫だから」


 そのまま出ていくのかと思いきや、際になって振り返った。


「ああと、そうだ。制有者にする必要がある忠告かは分からんが……。さっきのはまだ街外れだったが、どうもああいった妙な結晶獣が街中で出没することがあってな。気をつけろって言ってどうにかなるものとも言えんがな……」


 後腐れの残るような物言いを残し人混みへと消えていく。なんとなく黙ったまま桜と見つめ合い、首を傾げてしまった。


 一言で表すと、嵐のように現れて去って行った。学生時代の九頭も、たしかに掴めないところがあったし、そういう意味ではあまり変わっていないのかもしれない、が。 


「なあ桜、九頭ってあんな奴だったっけ?」

「そうですね……、九頭さんのことも、覚えてないですよね」


 自分の周囲の人間がどのような道をたどったのか、それを知るのは《大災害》を体験した記憶のない自身にとってはあまりにも(はばか)られるものであった。情報を補完するために、資料を読めば読むほど、この事件が世に残した爪痕は大きく、変わってしまった現実をさらに受け入れられる自信がないというのが本音なのかもしれない。


 だからこそ意図的に親しかった他人のことを知ろうとしていなかった。


「九頭さんも先輩を追って軍には入ったんですが、配属先は私達とは違って、先輩も先輩でしたのであまり関わるってこともなくて……。PMCに鞍替えしてたのは知ってましたけど、あのラトパにいるのは私も初めて知りました」


 この世界に生きる以上、他人と関わらずに、知らずにはいられない。


「なあ桜、ラトパって」


「先輩、私たちも急ぎましょう! 現地担当官との約束の時間まであまりありませんから」


 質問は不自然な遮られる形で急かされる。時間を確認すれば、たしかにそこまで余裕はない。立ち止まって話すわけでもないしとも思うのだが、道順も桜に任していることもあるし、ここで変に機嫌を悪くされるのも困る。またの機会に聞けばいいか、そう頭の片隅において、先を歩き出す桜を追いかけた。

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