1.13 怪異
何が起きたのか理解するのに時間はかからなかった。車窓から動画のように流れていた景色は、切り取られた風景画となり、ビデオカメラだった列車はその動きを止めたのだ。
すぐに状況を確認しに外へ出たいがそれは叶わない。というのも、俺の視界はあるものにジャックされていて真っ暗だった。代わりに得られるのといえば、なにか気持ち柔らかめの感触。
想像に難くない。つまりは急停止によって対面に座っていた桜を、こちらに覆い被さるような形で受け止めていたのだ。
なんの事前警告もなく、急停止する理由はなんだろうか。素直に考えるなら、線路に何かが飛び出したのだろうが、この世界はなんでもありだ。テロ組織なんかによる乗っ取り――この場合は電車ジャックとでも呼ぶのだろうか――、もしくは運転手による作為的な行動か、はたまた強靭な力を持った何かが押し止めたのか。
考えればいくらでも可能性は溢れてくる。百聞は一見にしかず。手っ取り早く外を確認するためにも声を出して離れてもらおうと試みるが、口を動かせる空間すらなく、モゴモゴと形にならない何かを漏らすだけとなる。それどころか鼻から吸えるはずの酸素を確保する空間すらない。さながら新鮮な空気を求めて水面で口をパクパクさせる金魚みたいだ。いや、あれは単に餌を求めているだけだったか。
そんなくだらない思考が妙に回る中、急に視界が明るくなり、まばゆい光に目をくらませる。世界の輪郭が掴めない中、桜の言葉だけが耳に届く。
「あ、その、すみません先輩。大丈夫……ですか?」
いつもより近い見上げるような位置に桜はいた。
「いや、俺は問題ない。どうなったんだ?」
そう言いつつ、二人一緒に外を覗くが表立った異常は見当たらない。列車が停止してから数十秒、周囲に変化はなく、何があったかのアナウンスも未だ行われない。こういう時は、考えるより動け、それに尽きる。
「とりあえず前の車両に行ってみよう」
座席の埋まり方はまばらで、特に誰かとすれ違うこともなく一番前方の車両へとたどり着いた。運転席まであと半分というところで、少し奥の通路で悲鳴が上がる。外、外に……!
外? 空いている座席に身を乗り出して、窓の外を覗く。見渡すこともなく、目立つ半透明な鉱石様の光る体が目に映る。大型犬よりさらに一回り大きくしたほどの塊はそう、数日前に見たアレだ。
――結晶獣。
どうやらこいつが急停車の原因であるらしい。しかし、先に戦った時ものより小型ではあるが、どうも様子がおかしい。記憶にある、あの好戦的な怪物たちとは打って変わって、ここに迷い込んできたかのような様子で、その場から大きく動きそうな気配もない。かと言って、そのまま放っておくわけにもいかないだろう。
「とにかく外に出よう」
桜に声をかけ、少し離れた自動扉の非常用コックを回し、車外へと降り立つ。粗い礫で敷き詰められた地面はガタガタだが、幸いバランスを崩すことはない。怪異との距離は約二十メートル。未だこちらに気づく様子はない。
近くで見るとよりその異様さを感じ取る。どこかであんな形状をした動物を見た気がしないわけでもないが、いったい何なのか、喉まで出かかって言葉にすることはできなかった。
「やっぱり何か変ですね」
囁くような声で桜は呟いた。
「ああいった種を見た事はないのか?」
「形は個体差ありますが、ここまで敵意の感じられない結晶獣は初めてですね」
なるほど。イレギュラー的存在であることは間違いない。予想外の攻撃手段が存在するかもしれず、油断は禁物だ。目を離さないようにしつつ、右手に武器を実体化させて構える。同じように大剣を準備している桜に目配せして、突撃のタイミングを図った。
二人同時に踏み込もうと一歩目を踏み出すその直前、目の前の塊は灰燼に帰した。
奇妙な結晶獣が存在していたはず場所には、一人の男がおそらく彼の得物と推測される武器を肩に担いで立っていた。注視していなければ、それこそ怪物が彼に変身したかのように見えているだろう。
軌跡まではっきりと捉える事はできなかったが、斧に分類されるであろう武装で一閃、結晶獣はその欠片を残すことなく、燃えるように散っていた。
「これだから正規軍は当てにならんというか……」
そんなため息と共に、あっという間に目の前のソレを排除した男がこちらへやってくる。こちらもどうも見覚えのある輪郭だなあと、お互いに顔を見合わせた瞬間、お互い声を上げたのだった
「九頭!」
「正人!?」