1.10 最後の一手
何かが割れるような轟音、頑強な壁に激突したかのような全身を震わす衝撃に体を持っていかれそうになるが、ここで負けるわけにはいかない。
全身を押し込んで左腕の盾でどうにか槌を抑えつつ、右手に握る剣を振りかぶる。
この距離で斬りを見せれば、避けるなりさらに攻めるなりなにか行動をせざるを得ない。
ガードからの斬撃は読まれていたらしく、男の伸ばすように突かれた槌で後方に弾かれ、隙だらけに見える空いた俺の前方へと踏み込んでくる。
ここからが正念場だ。
少しの時間でいい、男の目線をそらすべく、唯一の武器であった右手の剣を突っ込んでくる男めがけて投擲する。
不安定な体勢で投げたこともあり歪な弧の軌道を描いたが、男の視線がそちらに取られたことを確認する。
その一瞬で左手に仕込んでいた拳銃を右手に持ち替える。握ることすら初めてのはずなのに、妙に馴染むその形に懐かしさを覚えた。
試し半分で放った片手剣は、柄が槌使いの左肩にぶつかり鈍い音を立てる。有効打になることはなかったが、少し体勢を崩す結果となった。
「無駄なことをしやがって、素直に観念しな!」
男は抵抗する手段を失ったと信じ込み、この勝負を決める一打を踏み込んでくる。
使い方なんて知らないはずだが、滑らかに引き金に指が導かれ、銃口の先に近づく男の足を据える。
その重さをゆっくりと感じながらトリガーを引いた。
再び響き渡る銃声。
そこから放たれた鉛玉は狙いをすませたとおり、男の大腿部に直撃し、黒槌は眼前の地面に叩きつけられる。さらに崩した足に向けてトリガーを引くが、追撃の弾丸はそこにはなかった。
「ハハハ、やってくれるじゃねえかよ!」
血走った目でこちらを睨む男の顔には、殺意というものが溢れ出していた。
男の足を止めるには、まだ足りない。
手元にあるのは残弾のない拳銃と、盾の二つ。
考えろ、なにか手段は……ある。先に男が取った方法。遠くにあった武器をどうして手元に引き寄せられたのか。
その答えは考えれば思ったよりも簡単なものだった。
武器を創ることができるなら、消すことも出来る。ならば遠くに飛んだ武器を消して、手元に創り直せばいいのだ。
男は素早く体制を立て直し、またもや突進で距離を詰めてくる。大傷を負ったはずなのにその速さは先程よりも早い。
しかし、その攻撃はがむしゃらで冷静さを欠いたものだった。もう感覚が麻痺しつつある左腕の盾で撲りを確実に受け流す。
大丈夫、できるはずだ。
空の右手を掲げ、そこにあの片手直剣が宿ることを信じて振り下ろす。
想いは形になり、再び右腕にあの剣の重みを感じる。
男の目がカッと見開き、信じられないといった表情を見せた。
どうにか来たる斬撃を避けようと回避の姿勢を取ろうとしているが、もう間に合わない。
苦し紛れに何もない左腕を斬りを止めるためにかざしたが、それだけで斬撃は止まらない。
「いけぇぇぇぇぇぇえええ!!」
一瞬、腕に刃が食い込みその肉を斬る重さを感じるが、その速度は緩まることなく剣がすっと腕を通り抜けていく。
人間、自分が予想し得なかったことが起きた時は、その現実をすぐには理解できないのだろうか。それとも絶対強者だと信じ込んでいたが故に、自身の負けを直視することが出来ないのだろうか。
男の視線は足元に転がる左腕と、綺麗に切り落とされた先のない左腕を交互している。唇がわなわなと震え、状況を確認するためなのか虚ろに呟いている。
「ア、オレの腕、ウデ……。あ、お、お前、お前、お前、よくもやったなぁあああ!!」
「貴様ら、何をやっている!」
男の咆哮と共にさらに路地に鳴り渡る声。男の後方、路地の入口あたりに俺と同じような軍服を着た複数の影が目に入る。桜が呼んできたのだろうか。
「クソ、クソ、クソッ! この借りはいつか絶対にその生命を持って償わせてやる!!」
憎悪のこもった捨て台詞を吐き出し、男は満身創痍とは考えられない速さで、俺の横を駆け抜け路地の奥側へと逃げていく。
「おい、待て!」
軍人数名がその後を追いかけようとするが、カランという音とともに白い煙が路地の突き当り一帯に充満し、男の行方は瞬時に分からなくなる。
リーダーらしき軍服の男ははこちらを一瞥した後、部下たちに無理をして追いかけるなと指示を出しているようだった。
生きている。そして最後の結果はどうあれ、俺は守れたのだ。
何も分からない世界に突然投げ出され、必死にあがいて掴み取ったのだ。
この現実で生きていく道筋を見出だせたのだ。
また少し休んでもいいだろう。今までの無理のツケが来たようで、全身の力が抜けていき地面に転がる。
そして意識は暗転した。