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夢の先の戦場  作者: かえるんるん
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プロローグ

「……い、……てください、中尉……」


 黒いもやがかかったようなぼんやりした頭に、一閃の光のように飛び越んでくる声。それと同時に嗅ぎなれた臭い――実際には初めてのように感じたのだが――を吸い込み、本能で目を覚ます。


「中尉! 大丈夫ですか?」


 聞き慣れた声に聞き慣れない『中尉』という言葉。意識を取り戻していくにつれ、周りの状況が否が応にも理解出来てきた。一言でいえば、俺は戦場にいる。


 多分、これは何かの夢なのだろう。目の前で俺を中尉を呼び、平静を装いながらも心配の二文字が顔から読み取れるのは桜美琴(さくらみこと)――記憶より大人びた容姿をしているが、一つ下の後輩――であるし、奥に見える二人のうち一人も関わりはあまりなかったはずだが、学校で会話を交わしたことのある後輩のはずだ。


「中尉、お怪我はありませんか?」


 これだけ鮮明な夢というのは目覚めが近い。いつ眠りについたのだろうか。確か、部活が始まるまで中途半端に時間があったからひと眠りしようと思ったのではなかったか。そう考えると、現実で誰かが起こしに来るのは時間の問題のような気がする。


 それはともかく、目の前で心配を溢れさせている彼女を安心させたほうが良いだろう。


「いや、特には……」


 そう言って言葉に詰まった。ひやりと背筋が寒くなる。手足の先で血の巡るくすぐったい感触が、徐々に体の芯へと近づいてくる。


「はぁっ、はっ……」

「ち、中尉!? どこか怪我なされてるんですね!?」


 浮ついていた意識を覚醒させるには十分すぎる痛みだった。それどころか逆に意識を飛ばしかねないほどの激痛。鉛をぶら下げたかのように体が重い。どこか骨折したレベルの話ではない、全身どこかしこにもで警鐘が鳴り響いている。これは夢ではない――いや夢であってほしい。理解は願望へと形を変えた。


「はぁっ、骨を何本か……、やった気が……」

「……そうですよね。中尉はまだこのまま休んでいてください」

「一体どうなっているんだ?」


 笑ってこんな夢を見たんだと言えるように――そうであればいいが、少なくとも楽観視できる状況ではなくなった。


「覚えていませんか? 中隊半壊の状況で、超大型結晶獣が出現。その攻撃を全て中尉お一人で受け切って殲滅したんです」

「はは、そうか……」

「笑い事じゃないです! 死んじゃったんじゃないかってすごく心配したんですからね!」


 いつもの桜だ。目頭に涙を浮かべ必死の糾弾をする彼女はそう、いつの日か命を引き換えにしても守ると決めたあの時の面影と重なって――。これはいつの記憶だろうか。体が動かない分、頭はフル回転しているのだがその記憶の断片はすっとどこかへ消えてしまう。


「正人中尉、ご報告いたします」


 見覚えのない青年――大学生ぐらいの顔立ちではあるから俺より年上のはずだ――も俺を中尉と呼びつつ声をかけてきた。


「現況報告致します。我が中隊はほぼ壊滅状態です。中隊長も残念ながら……、戦闘可能なのは私と秋満准尉、それに桜少尉の四名だけです……」

「そうか、報告ありがとう」

「はっ! 自分は周辺警戒に戻ります」


 そう言い去って行く彼の顔も疲労困憊していた。それからも周りの惨状からも先の戦闘の激しさがうかがえるが、当の俺自身はぽっかり抜け落ちたかのように断片すら思い出すことができない。別段、これが夢であるならば不思議なことではないのだが。


「中尉、お優しいですね。あんな顔してたらいつもなら一喝するのに……」


 この世界での俺はそんなにも冷酷無慈悲な設定なのだろうか。クールヒーローに憧れがないと言ったら嘘になるが、それではただの鬼軍曹――どうやら中尉らしいが――ではないか。もしかしたら寝る前はそんな映画でも見ていたのかもしれない。


 それにしても醒めない夢だ――そう思った刹那、先ほどの聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。


「新たな敵影を確認! あと六十秒で接敵します、数は七! 全て通常型の結晶獣です」


 動ける者が少ない時の襲撃、いわゆるピンチというやつだ。


「中尉はここで休んでいてください、何とかしてきます」

「何とかって……、どうにかできる数なのか?」


 桜は答えない。その顔には覚悟と、少なからず死への恐怖心が垣間見えた。簡単にいく相手ではない、それどころか全滅もありうるのだろう。しかし自分の体は鎖で縛りつけられた囚人のごとくまともに動かせない。


「先輩は……、中尉は命に代えても守ります」


 桜は立ち上がり、その手から自身の体にも迫る大きさの剣を実体化させた――これはそう言い表すしかない、何もないところからそれは出てきたのだから。


 離れたところで悲鳴が聞こえる。勝ち目がないことは分かっている、でも皆死にたくないのだ。残酷な夢から目をそらすために瞳を閉じる。起きた先はいつも通りの日常だ。一場面としては絵に残るようなそんな夢だった。ハッピーエンドではないけれど。


 ――本当にそれでいいのか。近くで重厚な衝撃音に加え桜たちの荒い息、肉が切られていく音、消耗していく彼らの命が感じられる。ここで死んで夢の終わりでいいのか? それはただ逃げているだけではないのか? 夢でくらい、小さいころに憧れた正義のヒーローのような諦めない心を持てないのか? ――命を引き換えにしても守るんじゃなかったのか。先の欠片のような記憶が脳裏によみがえる。


 ふっと体が軽くなる。戦闘の也なんて分からない。立ち上がり、自分の思いを形作る。桜のものとは程遠いぐらい小さな一般的な大きさの剣だった。ただ勝てる自信はそこにあった。


「中尉!? その武器は……」


 別にこの世界のヒーローになろうっていうんじゃない。このひと時だけの、桜だけのヒーローでいられればいいだろう。初めて見た結晶獣、初めての戦闘。しかし足取りは軽い。体が全てを覚えている。鋭い爪が顔をかすめていく。その間に奴の懐に潜り込み急所を一突き。


 まずは一体。地面に手をつきながら剣を抜く反動で回転し、後ろに迫るもう一体の腕を飛ばす。ひるんだ隙に桜がそれごと大剣で薙ぎ払う。


 残り数は三。無我夢中に一瞬で片を付けるために持てる限りの力でもう一体を体重を乗せ切りかかる。


 あと二。全身が焼ききれるほど痛い。考えている暇はない。獣のごとく地面を蹴り、突進を図る。多少の傷は気にしていられない。左腕の肉がえぐれていく鈍痛を感じてもその速度を緩めず突きを入れる。


 あと一。剣を抜くが足が動かない。あと一歩のところ、ここで終わりなのか? いや大丈夫だ。後ろから気配を感じる。


「せいやっ!」


 視界の端に桜を捉えたのと同時、最後の結晶獣は跡形もなく消え去っていた。


 残り数は零。やりきった。


 全身の感覚が薄れていく。なぜここまで必死に戦ったんだろうか。まともに理由を探し当てられる思考力は残っていない。不思議な達成感に包まれながら、桜が俺を呼ぶ声が聞こえる。大丈夫、また起きた先で会えるから。視界が闇に溶けていく。夢の終わりだ。薄れていく意識の中、俺はゆっくりと瞳を閉じた。

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