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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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6.懐かしい顔ぶれ2 ~イケメンポーズ~


 フラッシュはしばらくパーティーメンバーの都合がつくので、ここいらで一気にコラからエディスへと移動しようと頑張っているらしい。

 そのせいで、九尾はトリスで留守番が続いているそうだ。

 何の話題でそうなったか、その場にいたシアンですらもはや覚えていない。突拍子もないことばかり言う九尾なので、度肝を抜かれて前後が分からなくなることは多い。

『大丈夫、シアンちゃんは地味な姿は仮の姿で、本当はイケメンだから』

 身も蓋もないことを言う九尾に、シアンはプレイヤーでも現実世界でのことは話さないのがエチケットなのに、AIに言われてしまう不条理を感じた。


『イケメンってなあに?』

『恰好いいひとのことですよ。こういう感じ』

 リムの疑問に、素早く九尾が答える。しかも、前足の短い指を二本揃えて立て、こめかみ辺りにかざしてから、素早くちゃっ、と振る。

「……イケメンだ」

 シアンが真顔で低く言う。

 何かしら、心の琴線に触れたらしい。

『きゅっ⁈ まさかの高評価!』

『ぼくもイケメン! する!』

 シアンに評価されたことに触発され、ぴっとリムが前脚を上げた。そのまま斜めに振る。

『リム……それじゃあ、ばいばいだよ。こうだよ、こう』

 即席で九尾とリムの愉快な特訓が開催された。

「こうやって、リムはきゅうちゃんから色々教わっているんだろうなあ」

 できればこういう可愛らしいことだけを覚えていってほしいが、それはシアンの我儘というものだろう。

『また、尻尾を踏んでおこうか?』

 ティオが首を差し伸べてくるのに、喉を撫でながら微笑む。嘴の縁を指の関節をたてて、やや強めにこすってやると気持ち良さげに目を細める。

「大丈夫だよ、多分ね」

『リムは十分格好良いのにね』

「おまけに可愛いしね」

 シアンとティオに取って、リムは格好良い上に可愛いという不思議な存在だ。こうやって元気に楽しそうにしてくれているだけで、十分なのだった。



 ようやく、街のあちこちで四六時中噂に興ずることもなくなった頃、プレイヤーがエディスへやって来た。

「シアン!」

 声を掛けられて驚いた。エディスでプレイヤーネームを人に呼ばれることはあまりない。大仰な二つ名を呼ばれるからだ。

「ウィルさん! ザドクさんも!」

 アダレードの密林の遺跡前で出会い、共にスタンピードに立ち向かったプレイヤーパーティたちだ。

「やっぱり、先に着いていたんだなあ!」

 剣士であるウィルを先頭に、六人がやって来る。

「元気にしていたかい?」

 気さくに話しかけてくるのは、フラッシュと仲が良いだけあってさっぱりした気性の女性剣士、テレサだ。

「いやあ、ようやっと着いた!」

「あの異類っての、何とかならないの⁈」

 へたり込みそうな二人のうち、男性は魔法職のソールで、女性は密偵で弓使いのヴェラだ。魔法職は総じて体力が乏しいとされ、密偵は新たな土地で先頭に立って警戒するのに気苦労が多かったのだろう。

 盾職の男性ロシュは余裕の笑顔で軽く腕を上げて見せる。

「お久しぶりですね」

 パーティのリーダーであるザドクが穏やかに言う。こちらは魔法職でも、周囲の戦力を把握するのに定評のあるザドクだ。自分の体力魔力配分も完璧な様子で、余剰が多いわけではないにしろ、まだ余裕はありそうだ。


「ご無事で何よりです」

「まあな。しかし、何はなくとも無事を喜んでくれる人間が迎えてくれるってのはいいな!」

「あれ、口が悪いソールにしちゃ、珍しく素直だね」

「何せ、敵が厄介だったし、もう体力が底を突きそうだからな。含みがない純粋な労いが身に染みる」

 混ぜっ返すヴェラにソールが返す言葉に、一同は頷いた。


「みなさん、お疲れですね。SPはどうですか? 宜しければ、美味しいゼナイド料理を出すお店を知っていますので、ご案内しますよ。ご馳走しますから、道中の話を聞かせてくれませんか?」

 シアンは空を飛んでやって来た。自分の足でたどり着いた人間の話を聞くのは、身になるだろう。

「おお、料理人が上手いと言う店!」

「ぜひ、お願いします!」

「やった、太っ腹!」

 途端に歓声が上がる。

「宜しいのですか?」

 ザドクがわずかに心配そうな表情になる。プレイヤーは良く食べる。SPが満たされても食べることができる。

「ティオやリムが狩りを頑張ってくれていますから。それに、こう言っては何なのですが、僕は国境からエディスまでの地上の道のことをあまり知らないので」

 皆一様に得心が行った顔つきになる。

「そうだよなあ」

「ひとっ飛びだものねえ」

「よしよし、お兄さんが色々教えてやるからな!」

 ウィルが肩に腕を掛けようとして、リムに威嚇される。ティオの背中の上でパーティとのやり取りに気がない風情だったのに、縄張りには敏感だ。

「おっと」

「すみません、ええと、肩はリムの縄張りでして」

 我ながら、もっと上手い言い様はないものかとも思わないでもない。

「それはウィルが悪いな」

「うん、テレサの言う通り」

「こんなに懐いているんだから、領有権は主張するだろうな」

 テレサにヴェラ、ロシュが次々に頷いた。

「おお、悪いな、リム!」

 ウィルは気を悪くした風でもなく、軽く顔の前に手刀を切って見せる。

「キュア!」

「許してくれたのか?」

 リムの鳴き声に、ウィルがシアンに聞いて来る。

「あまり気にしていないみたいですよ」

 リムの言葉を翻訳すると、「もう行こうよ」だ。直訳するまでもないだろう。

 リムに腕を差し伸べると、掌に小さな足の感触が降りる。くすぐったいリズミカルな振動が腕を伝って、肩に陣取る。

「いやあ、癒されますね」

「本当に。異類って気持ち悪いのばっかりだったものね!」

 リムの姿を見てしみじみ言うザドクに、ヴェラが力強く同意する。


 ザドクのパーティを連れて行ったのは、イレーヌが働いていた料理店だ。しもべ団の時といい、歓待してくれるのでつい足を向けてしまう。

「おや、翼の冒険者! いらっしゃい。今日はこの前のお仲間とは違うんですな」

 客商売をしているせいか、しもべ団のメンバーが一人も入っていないことを目ざとく認め、席へ案内してくれる。

 今回も外で待ってもらっているティオのために食器を取り出すと、嫌な顔をせずに料理を盛り付けてくれる。店側としても外で噂のグリフォンが美味しそうに食べていると集客に繋がるのだそうだ。

 ザドクたちには先に着席してもらい、ティオに料理を渡してくる。


「で? 翼の冒険者って?」

「まさか、もう二つ名が付いたの?」

「しかも、それが定着しているっぽいな!」

 戻ってきた途端、質問攻めにされる。

 乾いた笑いを漏らしながら、料理の注文を勧める。

「湖の氷もすっかり溶けたので、そろそろ魚料理も出てくる頃合いですよ」

「いいですねえ」

 シアンの勧めにザドクが目を細めて頷く。

「確かに、肉ばかりじゃ、飽きるからな!」

 肉好きという印象があるウィルが、珍しくそう言う。

「もう、動植物の毒知識が面倒だったら! 戦闘だけじゃなく、食べる分もよ⁈」

 ヴェラがテーブルに突っ伏す。

「本当にこの世界は厄介だよなあ」

 ロシュが後頭部で手を組む。

「スキルがいくつあっても足りない! 戦闘用に取っておけば干からびる!」

「だから、手分けして動植物に関するスキルを取得しているんですよ」

 顔を上げないまま、ヴェラが悲鳴じみた声を上げ、ザドクがシアンに向けて説明してくれる。


「以前から思っていたけど、これ、絶対この世界って地球規模だよな。スケールが違うわ。ダチはゲームらしくないっつって止めちまったのもいるが、俺はこれはこれで楽しい。世界を自分の足で歩きまわって戦闘して食べるものを手に入れて、ってなかなかできることじゃあないからなあ」

「そこはまあ、スキル様々だよね」

 ウィルが待ちきれないのか、時折厨房の方を見やりながら言うのに、テレサが返す。

「本当に。マップも遠話も言語スキルも便利すぎる。動植物知識もスキルが育ったら脳裏で説明が浮かぶんだもん。現実世界じゃあ、こうはいかないわね」

 ようやく浮上したヴェラが顔を上げる。

「シアンは大丈夫だったのか? ティオはグリフォンとはいえ、そういった知識はないんだろう?」

「僕は元々、料理人なので、動植物知識は増えやすいんです。それに、ティオもリムも幻獣のせいか、毒の耐性は高いみたいです。彼らは強いからこそ、弱い僕に対して過保護になっているみたいで。僕は何かあったらすぐにやられちゃうでしょうし」

 ロシュが心配してくれるのにそう説明すると、リムが不安げに鳴く。

「大丈夫だよ。みんなが守ってくれるから、何ともないよ」

 囁きながら、落ち着かせるように白い毛並みの顔を撫でる。急角度になったへの字口が緩む。

 皆にはもちろん、精霊たちが含まれる。ロシュを始めとするパーティメンバーが懸念する危険はシアンにはない。

「済まんな、心配させちまったか」

「本当に過保護だな!」

 水を向けたロシュがばつが悪そうな表情を浮かべ、ソールが混ぜっ返す。

「幻獣からしてみれば、ほとんどの人間は弱く見えるでしょうね」

「なのに、その幻獣にきっちり付いて行っているんだ。料理人で吟遊詩人なのによ! すげえじゃん」

「その料理や音楽でそれほど好かれているんだ。君たちはしっかり役割分担をしているパーティだよ」

 ザドクが取りなすように言い、ウィルやテレサがシアンを認める言葉をくれる。

「ありがとうございます」


 ザドクたちもマウロたちと同じくふんだんに肉や魚、野菜に調味料を使った料理に驚いていた。そして、カトラリーを器用に操るリムにも。

「凄いな、ちゃんとナイフで切ってフォークで口に運んでいるよ」

「力が強いのは知っていましたが、加減が上手いんでしょうね」

「いや、俺、何か、人として負けているような……」

 リムがテーブルの上に乗ることを快く許してくれた店主やザドクらパーティメンバーの注目も何のそので、当の幻獣は顔を大きく動かして咀嚼している。

 以前、ともに戦ったザドクたちパーティにも、それなりに気を許しているのだろう。

「美味しい?」

「キュア!」

「可愛い!」

 リム専用の食器に新たな料理を盛って渡してやりながら問うと、元気よく応えが返って来る。それをパーティメンバーだけでなく、料理店の主や他の客が微笑ましい笑顔で見守っている。


「流石は国都、物流が行き届いていますね」

「コラはこれほどじゃあなかったよな」

 国境に近い街だけあって大きいが、やはり春先は物資が乏しいと言う。それだけに、盗難や詐欺、強盗といった物騒な事件が目立つ。街で話しかけてきた初対面の人間と食事を共にして、睡眠薬を盛られて荷物を奪われたプレイヤーもいるのだそうだ。

「もちろん、声を掛けてきたのは美人だったらしいぜ」

 ソールが言うのに、ウィルがげらげら笑う。

 ザドクのパーティメンバーは口々にコラの街のことやプレイヤーのこと、街道のこと、セーフティエリアのこと、遍歴商人のこと、そして何より非人型異類のことを様々に語ってくれた。

 彼らは行き会った旅人からも色んな話を仕入れていた。

 アダレードとの国境は険しい山脈だったので大分文化も違うが、陸続きの他国とはさほど文化の違いはないそうだ。政策の違いから手続きの違いはあるかもしれない。夜間の門の出入りの時間の違いなどだ。

「国境線を跨いでも同じ民族が暮らしていることがあるそうですよ」

 だから、国が違っても文化はそう違わない地域もある。

 逆に、豊かな国からそうでない国へ行くとがらりと変わることがある。国民性もゆったりしているところからせっかちなところへ変化することもある。また、雑然とした活気みなぎる街並みから整然としたそれへと変わることもある。


「やはり、異類はあの異能が厄介ですね。どこからどういう攻撃がくるのか思いもよらない、というのは殊の外、面倒です」

 戦闘の連携を緻密な読みで支えることに定評があるパーティリーダーであるザドクがどこか疲れを滲ませる。

「初見殺しも多かったな」

「遠距離から魔法が飛んでくることもある」

 ウィルの言葉に魔法職らしいソールが付け加える。

「知能が高くて、別種の異類と手を組んだり、不意打ちしたりしてくるのにも苦労させられたね」

「結構な攻撃力があるしな」

 接近戦を受け持つ剣士のテレサが嘆息すれば、敵を引きつける盾職のロシュが補足する。

「後はやっぱりあの気味の悪い姿!」

 ヴェラが顔を顰める。

 全員が何がしらかの意見を持っている様子だ。


「シアンはどうだ? 異類と戦ってみたのか?」

「僕が、というよりはティオとリムが、ですが。ただ、大抵、一撃必殺、といった様子で……」

「あれを一撃かよ……」

 シアンに水を向けたウィルが遠い目をする。

「そりゃあ、早々にエディスにたどり着いているわな」

 ソールがさもありなん、と肩を竦める。

「そう言えば、プレイヤーが異類のいる地域に大挙したせいか、システムが変更になったそうだね」

「確か、ログイン後の不干渉システム解除のアナウンスやログアウト前にプレイヤーを害する存在が近くに留まっている場合、ログイン時には隔離してくれるとか」

「まあなあ、気味の悪い異類から逃れるためにログアウトしたってのに、ログインしてもまだいるってのはぞっとする」

 テレサが言いだしたことをザドクが補足し、ソールが薄気味悪そうに自分の両腕をこする。

 システム変更があったことをプレイヤーがそういう風に受け止めているのだと、シアンは興味深く聞いていた。そのことを知ることができただけでも、ザドクたちパーティを誘った甲斐があった。

 シアンの本意ではないとは言え、関わり合いのないプレイヤーを巻き込んでしまったことに、様々に思うところがあった。彼らがどうなったかをシアンは知る由もなかったが、元気に回復してくれることを願うばかりだ。

「そういえば、他の動物や魔獣は冬の間、南へ下りていきますが、異類はそうでもないんですね」

「ふむ、そう言われてみるとそうですね」

 ふと思いついたことを口に登らせると、ザドクが頷く。

「寒さに強いのも異能の一部なのだろうさ」

 ウィルが豪快に笑って締めくくった。

 彼らは異類によってプレイヤーが害されたことを知らない様子だった。気の良い彼らが知らないままでプレイし続けることができるように、関わった者として早々に決着をつけたいと願うシアンだった。


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