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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第三章
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5.神殿の動静 ~つまみ食い~

 

 ティオとリムはシアンが腕を無くした際、それぞれ恐怖を抱いた。音楽を奏でる、料理を作ってくれる、自分たちを撫でてくれる腕が、なかった。

 ティオはアダレードにいた頃、ティオの翼を寄こせと年老いた人間の男に言われたことがあった。何でも吸い込む変な物でティオたちを捕まえようとした。でも、シアンは決然と勝手な要求を斥けた。

 シアンは自分たちを守ろうとしてくれるし、自分たちのために何かをしてくれようとする。


 例えば、クレソンだ。

 ティオはシアンと出会う前は獲物を狩ってそのまま肉を食べていた。肉を焼いたり、色んな素材で味付けすることで複雑で豊潤な味があるということを知った。クレソンもそんな素材の一つで、それだけでは食べようなんて思わない。けれど、シアンが肉に付け合わせで出してくれるのを合間に食べると、肉の味が引き立つし、口の中の脂分をさっぱりさせてくれ、どれだけ食べても肉が美味しい。そういった気遣いをシアンはしてくれる。その気持ちが嬉しい。


 だから、彼がたまに言う「人間は一人一人が弱くても色んなことをできる者たちが手を取り合って、大きな力となる」「だから人間社会で暮らすにはルールを守る必要がある」「力だけが全てではない」「敵対よりも協力し合うことを選ぼう。その方がティオとリムのためになる」というようなことが実感となって分かるのだ。

 だって、力がないシアンには不思議な魅力がある。してあげたい、守りたい、一緒にいたいと思わせる何かがある。


 それは彼から音楽を教わったということが大きい。彼の奏でるリュートはものすごく精緻な音ではないけれど、どうしても気を惹かれる。音楽を一緒にしながら笑いかけられると、心が弾んだ。聞いたことのない旋律、感じたことのないリズム、心を震わせる和音、全てがきらきらしていて、体の奥からこみ上げてくるものがある。

 ピアノとバイオリンからは複雑でたおやかできらびやかで、世界中の色んなものが詰まった音や律動やハーモニーが生み出される。

 できるだけ長くシアンと一緒にいたい。

 そう、リムと話し合った。


 ティオはもともと種族として強く、一撃で敵を屠ってきた。

 魔獣の群れと相対した際もそこから同族が出てきた際も、簡単に倒せた。

 大地の精霊の加護を受けてさらに強くなった。その頃には敵を倒す優越感よりも、シアンを背に乗せて、あちこち色んな場所へ連れて行き、喜ばせることができることが殊の外嬉しかった。そして、リムも一緒にいるようになった。

 一頭で好き勝手気ままに生きることが性に合っていると思っていた。

 けれど、弱くても色んな観点を教えてくれ共有してくれる人や、強くて自分をはるかに超えた力があるものの、慕ってくれ心を預けてくれる他種族の幻獣と共に在ることが、とても大切で重要なことだ。

 その、シアンの、腕が、千切れた!

 これまで感じたことのない、シアンとリムに会わなければ先々も感じることのなかった恐怖を強く覚えた。

 自分の翼に対してはあんなに大切にしてくれたシアンは何でもない風だった。シアンが大切にしないのであれば、自分がしなくては。



 リムもまた恐怖を感じた。

 卵から出る前から優しい気持ちを乗せた音楽を聴いていた。

 生まれてからもずっと一緒で、その異能のせいで四六時中一緒というわけにはいかなかったけれど、やりくりしてくれて傍にいてくれるシアン。その彼の腕がなくなるなんて。

 リムは切実に力を欲した。

 もともと、種族的に強かったので、力がないと深刻に嘆くことはついぞなかった。

 でも、あんな恐怖を二度と味わいたくないと思った。心に刻み込まれた。

 強くなりたい。

 シアンと一緒にいるために。優しい笑顔を守るために。

 シアンはいつだってリムやティオのために精一杯のことをしてくれた。

 リムもそうしたい。ティオだってきっとそうだ。

 シアンはリムから色んなことを教わっていると礼を言う。

 歯がゆかった。もっと役に立ちたい。

 腕がなくなることなんて、あんな恐怖が二度と起こらないように。



 その日、ログインすると、トリスのフラッシュ宅に九尾がいた。フラッシュは集まれるメンバーでパーティを組み、しばらくはコラ周辺で活動すると言っていた。そそのため、そちらの宿泊施設を利用するとも。

「きゅうちゃん、今日はフラッシュさんたちと一緒じゃないの?」

 白い獣二頭が居間ではなく厨房にいることを、真っ先に疑問に思うべきだった。

 頭を寄せ合うようにしてこちらに背を向けているのに声をかけると、飛び上がらんばかりに驚く。九尾が振り返るとその口元がジャムで汚れている。

 姿を見せれば飛びついて来るリムがそうしようと思い、けれど、前足で掴んだジャムをたっぷり乗せたパンに視線を落とし、シアンと見比べる。

『これはつまみ食いではなくて、味見というか、その』

 九尾が口の中のものを飲み込んで、言い繕おうとする。驚きのあまり、うまくいっていない。


「二人ともおやつ中だった? お茶を淹れようか?」

「きゅっ……!」

 女神……!、と聞こえる。以前も言われたことがあるが、シアンは男だ。かと言って、神様、と言われても困るが。

 湯を沸かして茶の準備をしながら、それら食料はシアンが来ることができない時のために用意しているのだから食べても良いことを告げる。

 日持ちするクッキーなどの焼き菓子を常備してある。肉は自分たちで狩ってくるが、菓子ともなればそうもいかない。

 本来の食料を自前で手に入れることができると言えばそうだが、シアン不在を時折残念がる姿を見ると、食を豊かにすることくらい気を配っておきたい。それに、ティオもリムもシアンの料理を手伝うのを楽しんでくれる。

「ティオの分は残しておいて。みんなで分けて食べてね。それと、他の人が後で食べようと思って取っておいたやつは食べちゃ駄目だよ?」

 楽しみにしていたのがなくなったら悲しくなるからね、と言うと、二頭は神妙な顔つきになって頷いた。口元をジャムで汚しながら。

 布を少し湿らせて拭ってやり、茶を器に淹れてやる。


 喉を潤したリムに何故そう尋ねたか分からない。虫の知らせというほど確実な直感があったわけでもなく、たまたま質問しただけだ。

「リム、もう他に隠していることはないよね?」

『うん!』

 元気よく返答するが少し視線が泳いだのを見逃さなかった。

「本当? 何か忘れていない? ああ、でも、ちょっとくらい隠し事があるのが普通だよね」

 後半は追及してはいけないか、と独り言になる。

『う、うん』

 リムが躊躇する素振りを見せる。

『シアンに嫌われたくないもの』

 小さく呟いた言葉を拾い上げ、驚く。

「え? 嫌わないよ?」

『だって、ぼく、シアンが寝ている時に、部屋に入っちゃったんだもの。ティオやきゅうちゃんがね、異界の眠りに入っている人にはあまり近寄っちゃいけないって言っていたのに』

 後ろ脚立ちする格好で中空で浮きながら、小首を傾げ、両前足を胸の前で力なく垂れさせる。

「あれ? 駄目なの?」

 思わず問い返すと、リムは戸惑った顔つきになる。


『シアンちゃん、異界の眠りに入っている人間は無防備だから、あまり近寄らないこととされているんですよ』

 九尾が口を挟む。

『宿屋でも先払いで貰っている以上の日数、起きてこない場合があっても、無碍にはできないんです。冒険者ギルドでギルド費を払っている中にその保証金も含まれているんですよ』

 つまりは異界の眠り持ちの冒険者の粗相は、ギルドがある程度被ることがあるということだ。

 あまりの安宿の場合、その限りではないけれど、と九尾が補足する。

「ああ、そうか。無防備だものね。多分、害そうとしてもできないんだろうけれど。それに部屋に入っても近づけなかったでしょう?」

 その辺りのことを保障する、とゲーム運営会社がシステム説明していた。

『うん。でも、ごめんね、シアン。ぼく、何もしてな————』

 不自然に途中で言葉を切った。何をしたのか。余計に気に掛かる。

「くすぐったりとか悪戯してみたりしたくなった?」

 システム上、できない。それで無用に不安にさせてしまってやしないだろうか。

『ううん、何とか近寄れないかと思って稀輝にお願いしたの。でも、稀輝もできなくて、深遠や雄大の君を呼びに行こうと言われたんだけど、英知の王に止められたの。稀輝、英知にすっごく怒られていたよ!』

 リムがどんぐり眼を更に見開いて訴える。

「ああ、何だか大変だったんだねえ」

 ログアウトしていれば隣で騒がれていても気づかない。

『ごめんなさい……』

 うなだれるリムの頭を撫でた。

「いいよ、寂しかったんだね」

 シアンの肩に乗って、思う様に顔を擦りつけてくる。大分くすぐったい。シアンが思わず微笑むと、リムも笑った。



 風の神殿はその内部を、多くの束ね柱が支えている。

 その名の通り、風の属性魔法を得意とする者が多い為、太い円柱の周りに細い柱を束ねた高い柱の隙間の掃除も、難なく行える。

 奥行きのある半円筒天井も掃除が行き届いている。

 精緻な透かし彫りの狭間をきちんと清掃できるようになることが、見習い聖教司の務めである。

 エディスの風の神殿は塵ひとつなく浄められていた。

 この修行のお陰で、聖教司になる頃には命中も魔力調整もお手のものとなる。世界を構成する精の粋が魔力となる。もともと人は様々なもので構成されている。だからこそ、一属性を突出して扱うのは困難だ。修行によってそれを可能にした。

 自由を愛する風の神を祀る神殿であるがゆえに、他の属性の神殿よりも堅苦しくはない。特に、今は常にない熱気をはらんでいる。


 風の神殿と大地の神殿に降りた神託は、後に水の神殿にもなされた。

 同時に降りた二つの神託でも絶後のことであるのに、水の神からもお告げがあった。

 「ある特定の存在と彼が連れた幻獣たちに手出しをしてはならない」

 具体的に誰それとは明かされていなかった。

 何故ならば、その必要はなかったからだ。

 一目で、その人だと分かった。グリフォンと小さい白い幻獣を連れた翼の冒険者だ。白い方の幻獣の正体は不明だが、グリフォンを手懐けられる者が世に二人といるはずもなく、それ以上の存在があるとは思えない。

 そんな存在が、神託が降りてほどなく当のかの君がこのゼナイドに、しかもこのエディスに顕現したというのにも関わらず、王室、しかも第二王子という中枢の者が償いきれない罪を犯した。

 転移陣を初めて用いる際、登録する魔力計測器の反応で聖教司たちは確信を得ていた。

 石が虹色に輝いたかと思うと、光を発し、長くその手を伸ばした。その有様を見た聖教司たちは神威に全身を打たれ、跪かずにはおれなかった、と語った。かの方が他言無用を願ったので、もちろん、神殿の外には漏らしていない。

 かの方だけではなく、連れている幻獣二頭もそれぞれ稀な現象を引き起こした。

 かくも強大な幻獣を従えているにも関わらず、聖教司が転移料を断ると喜捨をなさる、謙虚で神に仕える者のことを考えてくれる人柄だ。何せ、転移料は彼らにとってなくてはならない貴重な収入源である。これによって、神殿を頼ってくるものを救うことができるのだから。


 三つの属性の神殿では、かの君の人柄の素晴らしさ、エディスへ来て以来の討伐を始めとしたその徳の高い行動、そして、自国の王族が仕出かした罪の重さなどを、寄ると触ると囁き合った。

 ある意味、神殿はかつてないほど活性化していたとも言える。

 普段から他の属性の神殿同士が交流を持つことはそうそうない。上位属性である光と闇の属性はその特異性から、基本四属性の神殿とは隔たりが大きい。その基本属性のうち、三属性の神殿ではそれぞれに同じ神託が下りたことを知った時、沸き立った。


「わたくしの知人が街中でかの方が幻獣たちと楽器の演奏をなさったのを拝聴したそうです」

「なんと!」

 羨ましい。

 その場にいた者たちの心は揃った。

「我らもぜひ、拝聴したいものですな」

「余計な干渉を否定されたのだ。不敬だぞ」

「ですが」

 咎めた者も本心では聴きたいのだ。だから、折よく上がった提案に乗った。

「孤児たちに聴かせていただくというのは? かの方は市井の子供たちと交流があるとか」

「何と心優しい」

「しかし、お手を煩わせるのも気が引ける」

「ディルス家の者に頼むのはどうでしょうか」

「ディルス家の者に?」

 ディルス家は古くからエディスで活躍する商家で、各属性の神殿を支援している心強い味方だ。

「はい、かの家の者の子息がかの方と親しく話しているのを見かけたとか」

「おお!」

「それはいい!」

 子息と話していたくらいで依頼するのもおかしな話ではあるが、人は自分が見たいようにしか見ない。聖教司たちは早速、エディスでも名うての商人を呼び出すことにした。


 街の商人や職人たちがその職種ごとにあるとも言われるギルドには、もちろん、吟遊詩人ギルドもあり、それぞれ演奏をいつどの場所でするか届け出る必要があった。聖教司たちがそんな調子だったので、シアンが幻獣たちと共に気が向いたら街の広場で演奏しても黙認されていくこととなる。それよりも、彼らが奏でた演目を覚えて、他で披露した方が実入りが良いのだ。商魂たくましいのはいつの時代、どの国でも変わらないものである。

 そして、話は膨らんでいき、複数属性の神殿が参加するイベントへと変遷していった。滅多に交流することのない他属性の神殿の聖教司たちが協力して行う催しはエディスでも注目を集めた。



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